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94.僕だ!

「お待たせっス」


「うむ。問題なく穿けたようだな」


「そうですね」


「……ふむ。やはり、アップリケが効いてるな」


 何に?

 穿いてる人のメンタルに?


「バハムート、ズボン貸して。変化してくるから」


「あ、うん」


「リィザ、荷物持ってて」


「うん」


 ククが僕からズボンを受け取り、荷袋をリィザへ渡し、


「それじゃ、行ってくるわね」


 僕が着替えた所と同じ場所へ移動した。


 ククの変身が完了するまでしばしの待ち時間。

 今のうちに、クロアズボンを穿いてるときに気になったことを、リィザに聞いておくとするか。


「姐さん」


「ん?」


「このズボンって、間違いなくクロさんのものっスか?」


「ああ」


「どっかいじったりしてない?」


「破けたところを補修しただけだ」


「そっスか……」


「何だ? 何か変なところでもあったか?」


「クロさんって、膝下長族とかじゃないっスよね?」


「……そんな族聞いたことない」


 そっか。じゃあ、あいつって実は……


「『変化』!」


 パンッという、おそらく手を打ち合わせた音の後、ククの声が響いてきた。

 本当に僕に変身できたのか、僕もリィザも路地の奥に目を向け、ククが姿を見せるのを待っていると、


「やほー」


 曲がり角から、僕がひょっこりと顔を覗かせた。


「うわっ! ぼ、僕だ!」


「おお、見事にバハムートだ」


 驚く僕とリィザ。


「へっへーん」


 僕達の反応を見た、羽織姿に黒いスラックスを穿いた僕が、笑顔でこちらへやってきた。


「すっげぇっ! ククの変身やっぱすげぇっ!」


「フッフッフッ、さすがアタシ。大成功のようね」


 自画自賛した僕……というか、僕に変身したククが、僕達の前で止まり、腰に手を当て決めポーズ。


「ほぇ~、声も男になってるよ」


 僕ってこんな声してたんだな。

 得意顔の僕が僕を見ている。

 こっちが驚いてるのに、向こうはドヤ顔。

 ちゃんと自分を映してくれない鏡みたいで面白い。


「リィザ、これも持っといて」


「うむ」


 ククからショーパンを預かるリィザ。


「どう? どっか変なとこない?」


 ククがゆっくりとその場でターンしながら聞いてきた。


「大丈夫だ」


「うん、大丈夫」


 リィザも僕も気になるところはなし。


「そう。だったらこれで、バハムートの世界へちゃんと行けそうね」


 そういやそのために変身したんだったな。


「えーと、他に必要なものは……」


 腕を組み、アゴに手を添えるようにして考える僕の姿をしたクク。

 鏡でいつも自分を見てるけど、それとはまた違った印象だ。

 こうやって真面目な顔で考え事をしているところなんて、けっこうイケてない?

 今度教室で、意味もなくこのポーズを取ってみよう。

 それに、特別何かを気にしてるわけじゃないけれど、髪はフサフサのもっさりでボーボーだ。素晴らしい。


「あ、そうそう。バハムート」


「何?」


「あんたの髪の毛ちょうだい」


「へぎょっ!?」


「え、何?」


「何って、何?」


「今、『へぎょっ』って言ったでしょ?」


「そ? 気のせいじゃない?」


「じゃないと思うけど」


「で、髪の毛もらってどうすんの?」


「んっとね……」


 ククが羽織の袂に手を入れ、これまでも見た護符のような紙を取り出した。


「この紙にあんたの毛をくっつけて身に付けとくと、あんたの使う言語を話せて、理解もできるようになるの」


「そりゃ便利だね。確かに必要だ。ちょっと待っててね。今一本抜くから」


「一本だと失くしたときに困るから、二本ちょーだい」


「にににににに二本も!?」


「そんなに驚くこと?」


「驚いてないよ。気のせいじゃない?」


「じゃないと思うけど」


「しゃべれなくてもいいんじゃないかな?」


「確かに必要だって言ったばっかでしょ。そういやあんた、気にしてんだっけ。若ハ」


「二本ね? 二本でいいんだね? 二本でも千本でもどんと来いってなもんだけど?」


「気持ち悪いからそんなにいらない」


「じゃあ二本ってことで。たったの二本ってことで。僕にとっては髪の毛二本なんて全然たいしたことがない余裕の数字だよ」


「みんなそうでしょ」


「よっしゃっ! 抜くぞっ! 二本抜くぞっ! 髪の毛を二本抜くぞっ! ふぅー、ふぅー、二本だぞぉ、がんばれ僕ぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、二本だからなぁ、イケるぞ僕ぅ、僕ならイケるぞぉ、ふっ、ふっ、ふっ、全てをかけろぉ、この一瞬に全てをかけろぉ」


「命がけの戦いに挑む戦士みたいね。あ、でも」


「そりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 プチ プチ


「………………………………………………………………………………はい」


「一気にテンション下がったわね。あんがと」


「……幸せにしてやってくれ」


「幸せかどうかはわかんないけど、大事にするわ。でも、わざわざ抜かなくても良かったのに」


「と言うと?」


「切ったやつで良かったのよ」


「言えよ!」


「言う前に抜いちゃったんじゃない」


「うわぁぁぁぁぁんっ! ね、根っこだぞ! 根っこはダメなんだぞ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


「ちょっ、危ない! 腕を振り回すな!」


「返して! 返してよ! 二人を返して!」


「擬人化すんな! ちょっとリィザ! こいつなんとかして!」


「コラッ、やめろバハムート!」


「だってだって!」


「そんなに泣きわめくなんて、お前よっぽど髪を気にして」


「もうこれで用は済んだかな? ではリィザさん、ククを向こうへ送りましょう」


「……一瞬で落ち着いたな」


「……こいつ、突発性の変な病気なんじゃないの?」


 病気じゃないよ。

 自分で自分の髪の毛を抜くなんてオウンゴールみたいなマネをしたら、誰だって取り乱すってもんだよ。


 ククは、僕から受け取った二人を紙にはさんで、羽織の袂にしまった。

 ……達者でな。


「これでよし。フー。たった髪の毛二本のことでこんなにわめくなんて、まったく」


「二本はたったじゃない」


「自分でも言ってたでしょうが。準備するものは次で最後よ。バハムート、あんたん家どこ?」


 ……は?


「向こうの世界だけど。知ってるでしょ?」


「知ってるわよ」


 ならなぜ聞く。


「そうじゃなくて、アタシが向こうへ行ってから、どうやってあんたの家まで行くのか教えなさいって言ってんの。道が複雑なら紙渡すから、地図書いて」


 地図も何もあなた、


「行きつく先は、僕の家だよ」


「え? そうなの?」


「うん。より正確に言うなら、僕の部屋」


「ホントに?」


「うん。もっと言うなら、喚ばれるときはどこにいても喚ばれるのに、還りつく先は必ず僕の部屋なんだよね。なんで?」


 リィザを見た。


「私に聞くな」


 他に誰に聞けと?


「なーんだ。あんたの家の、あんたの部屋に着くのか」


 とたんに気の抜けた声を出すクク。

 知らない世界の野山にでもほっぽり出されると思って、多少は緊張してたのかもな。

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