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93.ズボン

「……んじゃあ、お願いしようかな」


「そうこなくちゃ」


「そんでさ、ククに頼みがあるんだけどいい?」


「何?」


「僕、親に異世界へ召喚されてるって言ったんだけど、信じてもらえてないんだよね」


「そうなの? で?」


「僕の代わりに説明しといてくれない? ククが狐の姿で喋ったら、一発で理解してもらえると思うから」


「それだけでわかるかしら?」


 十分わかる。


「お願いできる?」


「良いわよそれくらい。じゃ、話は決まりね。フフ、あんたっていつも血色のいい顔してるから、さぞかし美味しいもん食べてるんだろうなぁって気になってたのよね」


 目的は食事か。

 今ご飯食べ終わったばっかなのに。

 食い意地はってるなぁ。


「じゃあアタシ変化するから、あっち行きましょ」


 そう言って、ククが暗くて細い脇道へ入って行き、僕とリィザが付いていく。

 少し歩いて、街灯の光が届かないところまできたところで、


「ねぇ、バハムート」


 ククがくるりとターンを決めて、こちらを見た。


「何?」


「あんたのズボンちょーだい」


「やん、ククちんのスケベ」


「早く」


「僕のズボンどうすんの?」


「穿くに決まってんでしょ。ショーパン穿いたままあんたのサイズに変化したら破けちゃうかもだから、脱いであんたのズボン穿くの」


「そしたら、僕がパンツ一丁の恥ずかしい姿になっちゃうんだけど」


「『旅の恥はかき捨て』でしょ?」


 その恥はかきたくない。


「ほら」


 手を出してくるクク。

 ほらって言われても、簡単に渡せるかっての。


「姐さん」


「ん?」


「なんか、代わりに穿くもん持ってないっスか?」


「代わりに? そんな急に言われても……」


 リィザが荷袋を背中から降ろし、中を調べ始めた。


「ん〜……穿くもの穿くもの……」


 月の灯りを頼りに、荷袋の中をガサゴソガサゴソ漁り、


「……あ」


 黒い布を取り出したところで動きを止めた。


「どしたんスか? それズボン?」


「あ、いや、これは……」


「?」


「うわ。あんた、それ持ってきたの?」


 ククにはわかったらしく、驚きと呆れのない交ぜになった顔だ。


「何? ズボンじゃないの?」


「クロアが穿いてたズボンよ。クロアの部屋に置きっぱになってたの」


「クロアの?」


「そ。もう穴が開いてボロボロだから、クロアも捨ててったんだろうってアタシらは言ってたんだけど、リィザは、『持っていくの忘れただけかもしれない』って言って取っておいたのよ」


「……実際、忘れただけかもしれないし」


「はいはい、そうね」


「むー」


 おざなりなククの返事に唇をとがらせるリィザ。

 子供っぽい。


「んで、そのズボン貸してもらえるんスか?」


「……仕方ない。ほら」


 超渋々って感じに渡された。


「どもっス」


 で、受け取ったクロアズボンを、


「はい」


 ククに渡そうとしたら、


「待て」


 リィザに止められた。


「何です?」


「クロアのズボンは、バハムートが穿け」


「僕が? 何で?」


「ククが穿いてったら、クロアが見つかってもすぐに渡せないだろ。だから、お前がクロアのズボンを穿いて、お前のズボンをククに渡せ」


「そんな早く見つかんないと思いますよ?」


「見つかるかもしれないだろ」


「それに、もしクロさん見つかってズボン返したら、僕がパンイチになるんスけど」


「『旅の恥はかき捨て』だろ?」


 その恥はかきたくないんだって。

 まぁ、自分でも言ったけど、クロアがすぐに見つかることはないだろうから、僕が穿くってことでいいか。


「んじゃあ、僕がクロさんズボン穿くっス」


「うむ。汚すなよ」


 汚すなも何も、すでにボロボロなんじゃ?

 リィザが持っていたにしては、綺麗にたたまれていたズボンを広げてみた。

 何の変哲もない、ただの黒いズボン。だが、かなり丈が長い。やっぱクロアって足長いな。穿いたら泣きそう。あ、でも、


「穴は開いてないっスね。繕ってある」


 お世辞にも上手とは言えないが、穴は塞がっていた。


「あら、ホントね」


 僕とは反対の、ズボンのお尻側を見ているクク。

 そちらも補修されているようだ。


「あんたこれ、繕ったの?」


「うん」


「へぇ~」


 リィザの返事に感心したような声を出すクク。


「よくもまぁ、あんな穴だらけだったズボンを……」


「毎日ちょっとづつ縫ったんだ」


 なんつー健気な。


「健気ねぇ」


 僕が思っていたことを、ククがしみじみと口にした。

 穴が開いていたと思しき箇所はかなりある。

 これ繕うの大変だったろうに。

 クロアって物に執着しないタイプらしいから、これなら穿くんじゃないだろうか。

 ただ、一箇所気になるところがあるけれど。


「姐さん」


「ん?」


「これって狼ですか?」


 左太ももの前側に、青みがかった銀色の毛並みの、デフォルメされた狼が刺繍してある、手の平くらいのアップリケが縫い付けられていた。


「良く気づいたな」


 こんだけ目立ってれば、そりゃね。


「カッコイイだろ。前に、街の服屋さんで見つけて買ったんだ。いつ使おうかなぁって大事に取っておいたものなんだぞ」


「……そっスか。カッチョイイっスね」


「だろだろ。クフフフ」


 クロアもカッコイイと言ってくれることを想像しているのか、あどけない笑顔を見せるリィザ。

 個人的には、このアップリケが自分のズボンについてると恥ずかしいが、このズボンはクロアのものだし、クロアは喜ぶかもしれないので、僕がどうこう言うことではない。


「それじゃ、向こうに行って穿き替えてきます」


「破くなよ。あと、ちゃんと返せよ。カッコイイ狼さんがついてるからってあげないからな」


「……うス。破かないっス。返すっス。いらな……欲しいけど我慢するっス」


「うむ。クフフフ」


 また嬉しそうに笑うリィザとその様子を温かい目で見ているククを置いて、細い路地をさらに奥へ進み、角を曲がって二人から見えないところで着替えることにした。

 靴を脱いで、ベルトを緩めて制服のスラックスを脱ぎ、クロアズボンを穿いて腰の紐を締めて完了。

 横のサイズは、穿いていたスラックスと変わらないが、縦はかなり長い。涙が出そうなほどに。


「裾を折りまくらないとな……」


 どうしてこんなに足が長いんだろう?

 クロアって何頭身くらいに…………あれ? なんだこりゃ?


「バハムートー。着替え終わったかー?」


 リィザの声だ。


「終わったっスー。すぐ戻りますー」


 クロアズボンに気になるところがあったが、ひとまずおいといて、学生ズボンのポケットの中身を穿いているズボンへ移してから、二人のところへ戻った。

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