92.還ったげる
ぐー
「……お腹空いた」
クロアのことを考えていた頭が、腹の虫の音で晩御飯のことを考え出す。
異世界のお魚料理とはどんなものなのか、早く味わいたい。
壁にもたれたまま、ずるずるとその場にしゃがみ、顔を上向けた。
夜空には、見慣れない配置の星々が瞬いており、見慣れない模様の満月が浮かんでいた。
今って、七時頃かな?
ご飯食べたら還してもら
「わっ!」
「うわぁっ」
突然の真横からの大声に、驚いて転んでしまった。
「アハハハハハハハハハッ、ビックリした? ビックリしたでしょ? アハハハハハハハハハハッ」
ククだった。
一応着替えたらしい、いつもと同じ白い羽織姿の白銀髪少女が、お腹を抱えて笑っていた。その後ろにいるリィザはあきれ顔だ。
まったく、このイタズラ狐娘は。
「アホなことやってないで、食事に行こう」
リィザが伸ばした手を掴み、立たせてもらった。
「そうね! もうお腹ペコペコだもんね! あのお店って美味しいだけじゃなくて珍しい料理も……あ、そうだ……グフフフ」
ククが面白いことを思いついたとばかりに、大きな目を細くして笑い、こっちを見てきた。
「ね、リィザ。こいつに、アレ食べさせましょ?」
「アレ? ……ああ、アレか」
「絶対面白い反応するわよ」
「確かにするかもな。フフフ」
その面白い反応とやらを想像したのか、リィザも目を細めた。
「アレって何スか?」
「珍しい料理のことだ」
「裸体に料理を盛り付けるとか?」
「そんなものがこの世に存在してたまるか」
「あんた絶対食べたことないからビックリするわよ」
ニヤニヤイヤらしい笑みを見せるクク。
「どんなの?」
「それを言ったらつまんないでしょ。お店で注文が来るまで秘密よ」
楽しみでありつつも怖いな。
「お腹空いてるから何でもいいや。とにかくお店に行こうよ」
「フフ、あんた、食べれるかしらね?」
「魚料理でしょ? 多分食べれると思うけど」
「魚料理は魚料理でも、調理の仕方がちょっと特殊なのよ」
鮒寿司系かな?
「そうね……もし食べれたら、今日の食事は、アタシがみんなの分おごるわ」
ゲテモノじゃなきゃいいけど。
「さぁ、行きましょ。フフフ、どんな反応するのか見ものね。いや、驚きすぎて顔から表情が消えちゃうかも。クフフフ……」
◇◆
食事終了。
「あ〜、美味しかった」
お店を出て、膨らんだお腹をポンポンと撫でた。満足。
「うむ。噂に違わぬ見事な料理だった」
リィザもご満悦。
「……」
ククは、顔から表情が消えていた。
「ククちん、ゴチ」
「クク、ありがとう」
料理は僕が美味しくいただいたので、お金はククが払った。
「……どーいたしまして」
AIみたいに抑揚のない声でクク。
「あんた、食べたことあったのね……」
ククが言ってた珍しい料理というのは、
「……生魚」
だった。
新鮮な海の幸も扱っているお店で、僕も知っているアジやタイなどの生の切り身が出てきた。
こちらの人は、ほとんど生魚を食べないようだ。
なのでククは、「こんなの食べられないよ〜」という僕のリアクションを期待してたんだろうが、ガッツリいただいた。日本人舐めんな。
「はふ〜〜〜……」
盛大なため息を吐くクク。
「ごめんね。驚いてあげれば良かったね」
「同情するなら金払え」
払わん。
「さて、食事もすんだし宿へ行こうか」
と言ってくるのはリィザ。
宿か。これまたどんなところか楽しみだ。
とはいえ、今は夜。
一度還らないと。
「姐さん」
「どうした?」
「僕、そろそろ還してもらっていいですか?」
我が家に門限はないが、玄関に鞄を置いて、ケルちゃんの散歩もほっぽっていなくなったわけだから、両親もそろそろ心配し始める頃だろう。
ちなみに、家族にも異世界へ喚ばれていることは言ったが、やはり信じてもらえなかった。
しかも、信じてもらえなかっただけでなく、「何か悩みがあるのか?」と真顔で心配された。なので、「今言ったことゲームの話だから」とごまかしておいた。
「うむ、いいだろう」
「んで、宿に着いたらまた喚んでもらえます? どんなとこなのか見たいんで」
「それはできん」
「へ? 何で?」
「お前を還したら、召喚するだけの魔力が残らないから」
「あらら」
僕を召喚するための魔力なんてほんの少しらしいのに、それすらないのか。
だったら、宿を見るのは明日以降でいいかな。
「あんた、宿が見たいの?」
「うん」
「そう……」
聞いた後、ククが僕の全身を眺めながら何事かを考え始め、
「……今ならいけるかも」
よくわからないことを言って、
「……よし」
何かを決心し、
「あんたの代わりにアタシが還ったげるわ」
変なことを言い出した。
「何言ってんの? ククが故郷に帰るの? 何で?」
「そうじゃないわよ。アタシがあんたの代わりに、あんたの世界に還るって言ってんの?」
「……は?」
本当の本当に何を言ってるんだろう。
「どうやって還るつもり?」
「もちろん、あんたに変化して」
「変化?」
「前に言ったでしょ? 変化するには、その変化する対象をじっくり観察する必要があるって」
「うん」
召喚初日。
僕に変身してと言ったら、そう返された。
「あんたとの付き合いも長くなってきたし、そろそろ変化できると思うの。だから、あんたになって、代わりにあんたの世界に還ったげる」
「還ったげるって……」
んなメチャクチャな。
近所にお出かけするんじゃないんだから。
色々言いたいこと、聞きたいことはあるが、とりあえず、
「そんなことできるの?」
基本的なことを聞いてみた。
「できるわよ。ね?」
「うむ」
ククに話を振られ、当たり前のように頷くリィザ。
「マジですか?」
「マジだ。一度プリンちゃんで試したし」
「プリンちゃんで? プリンちゃんに変身して、プリンちゃんの世界に行ったってこと?」
「うん」
ククってユニコーンにも変身できるんだな。
それはともかく、
「何でそんなことを試そうと思ったんスか?」
「ククが、プリンちゃんの住んでる世界を見たいって言うから試してみた。そしたら成功した」
子供にせがまれてケーキ作ったら上手くできたみたいに言われても。
召喚獣だよ?
そんなアホな理由で、そんなアホなことできていいの?
「ユニコーンめっさいた」
感想もアホみたいだし。
「てことで、リィザ」
「ん?」
「準備よろしく」
「心得た」
「いやいや、あっさり心得ないでよ」
「何よ? 何か問題でもあるの? あんた、宿見たいんでしょ? できれば、見るだけじゃなく、泊まってみたいでしょ?」
「そうだけどさ……ん~……」
……でもこれって良い機会か?
ククが本当に日本へ行けるなら、向こうでお父さんお母さんに、僕が異世界へ召喚されてるって説明してもらえるもんな。




