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89.名言

「あ、あんたぁ~……あんたぁ~」


 ククの震える手が、僕のカッターシャツの胸の辺りを掴む。


「あんたぁ~、どうして……どうしてよぉ~」


「仕方なかったんだ。僕もまさか、あんなことになるなんて……」


「い、言うことはそれだけなの? も、もっと他に、何かあるでしょ?」


「……許してくれなんて言えない。だって、僕の責任なんだから」


「……目を離すんじゃなかった。ずっと傍にいれば良かった……」


「クク……」


「触らないで!」


 頼りなげな肩に触れようとしたが、ククは僕を突き飛ばして離れ、


「こ、こんなのってあんまりよ……」


 その場に膝をついてうずくまり、


「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ」


 泣き出してしまった。

 こんなにショックをうけるとは。


「おーーーいおいおい! おーーーーーいおいおい!」


 泣きじゃくるククを見て、改めてやっちまったなぁなんて思っていると、


「うわ、何?」


「男が浮気したっぽい」


「泣いてるの子供じゃない?」


「ロリコン?」


「色んな意味でサイテー」


 などなど、周りにいるカップルから冷たい視線と声が……。


「え!? い、いやいや! ち、違います! 誤解です! 僕が大金を必要とする事態を引き起こしちゃって、お金が無くなったんで泣いてるだけです!」


 周囲に向かって説明した。

 別れ話っぽい会話ではあったけど、そういうのじゃないから。だが、


「え? 何かのトラブル?」


「大金だって」


「衛兵呼んだほうが良くない?」


 と、さらに変な誤解に発展。

 衛兵ってお巡りさんみたいな人のことだよね。

 どうしよう。話がよけいに変な方向へそれてる。

 こんな時は、御主人様を頼ろう。


「リ、リィザさん、どうしうおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!」


 隣にいたはずのリィザが、すっごく遠くにいた。

 こちらに背を向けて知らんぷりしてる。

 逃げやがった……。

 しゃーない。とにかくククを慰めるか。


「ちょっとクク、いつまでも泣いてないで」


「……」


 顔を少し上げ、こっちの様子を伺うように見てるククと目が合った。

 このポメラニアン娘、ウソ泣きしてやがったな。

 しかしククは、すぐにまた顔を伏せ、


「うわーーーーーーーーーーんっ」


 泣いてるふり再開。


「もうウソ泣きはいいって!」


 立たせようと腕を掴むと、


「お腹の子供はどうすんのよバハムート!? この子はどうすればいいのよバハムート!? 答えなさいよバハムート!? あんたの名前はバハムート! バハムートったらバハムート! もひとつオマケにバハムートーーーッ!」


 有りもしないことを大声で言って、僕の名前を連呼しやがった。さらにざわつくカップル達。


「ウ、ウソです! こいつの言ってることはウソなんです! だって……だって僕童貞だもの! キッスすらしたことがないチェリーボーイなんだもの!」


 真実を告げるも、カップル達の危ない人を見る目は変わらない。


「し、信じてよ! 僕本当に童貞なんだって!」


 美男美女カップルに近づこうとすると、


「イ、イヤッ!」


「こ、こっち来んな!」


 と、拒絶され、同年代くらいのカップルに近づくと、


「ヒィッ!」


「こ、こいつヤベー!」


 と、気味悪がられる始末。


「どうして誰も信じてくれないのさ!? 僕ウソなんて言ってないのに! 証明だってできるよ! お姉さんおっぱい見せてよ! 僕すぐにビンビンになるからさ! なんならパンツでもいいよ! すぐにカチコチにしてみせるよ! ほらっ、その短いスカートめくってパンツ見せろ! わかってんだからな! お前ら全員人に見られて興奮する変態なんだろ! だったら僕が見てやるよ! ハグとかチューとか常識人ぶったまだるっこしいことしてないでさっさと股ぐらおっぴろげてチンごはあああぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 後ろから誰かに背中を蹴り飛ばされ、前のめりにズザザザザー。


「このバカムート! 本当に衛兵呼ばれたらどうするんだ!」


「いたたた、あれ? リィザさん?」


 背中を蹴ったのは、戻ってきたリィザのようだ。

 こちらへ近寄り、僕を仰向けにひっくり返し、右腕をがっしり掴んだ。


「このアホムート!」


 そして、左腕をウソ泣きをやめたククに掴まれた。


「行くぞ!」


「行くわよ!」


 二人が僕を引きずり、噴水から離れていく。

 周りにいた変態カップルどもは、戦場で被弾した兵士のようにズルズル引きずられていく僕を、ホッとした顔で見送っていた。



 ◇◆



 そのままの状態で噴水広場を後にして、南への街道を進み、しばらく行ったところで、


 ゴンッ


「あだっ」


 二人が手を離した。


「いつつ。もそっとゆっくり離してよ」


 パカッ


「あいたっ」


 ククに頭はたかれた。


「あんたアホなの!? いや、アホね!」


 断言された。


「むかついたから腹いせに恥ずかしい思いさせてやろうとしたのに、どうしてこっちが恥ずかしい思いしなきゃなんないのよ!」


 ひどいことをするやつだ。


「ククがウソ泣きしてウソまでつくから悪いんでしょ」


「それでどうしてパンツ見せろって話になるのよ!」


「僕が見たいんじゃない。あいつらが見せたいのだ」


「名言っぽく言うな! あんたの勝手な想像でしょうが! しかも自分のこと童貞って大声で叫んで恥ずかしくないの!?」


「童貞が恥ずかしいのではない。隠すことが恥ずかしいのだ」


「だから名言っぽく言うな! カップルに自分は童貞だって叫んでる時点で恥ずかしいのよ! あんた本当にアホね!」


「僕がアホなのではない。君がポメラニアンなのだ」


「やんのかコラァァァァァッ!」


「やったらぁオラァァァァァッ!」


「やめろ」


 コツン


「あた」


 バチンッ


「ぶべらっ」


 ククに頭コツン、僕にビンタするリィザ。


「な、なぜ僕だけビンタ?」


「ケンカ両成敗」


 両成敗……。


「クク、もう気は晴れただろう? バハムートを許してやれ」


「……あんた、バハムートに甘くない? ちゃんと叱ったの?」


「何を?」


「サン金貨百二十枚払ったことをよ。こいつ全然反省してるように見えないんだけど」


「叱ってない」


「え!? 叱ってないの!?」


「うん」


「ちゃんと躾けなさいよ!」


 躾け……。


「まぁまぁ落ち着け。今回のことは、私がいじめられているのを見たバハムートが、『リィザさんをいじめるなぁ』と言って私を守ろうとした末の結果だ。仕方がないだろう」


 僕、そんなセリフ言ってないけど。


「そこは褒めたげるわよ。よくぞアホタケノコをブッ叩いたって。でも、代償がサン金貨百二十枚は、大きすぎるでしょ」


「確かに大金だ。だが、それ以上の価値あるものを得た」


「何よ? 美味いもん?」


「仲間だ! バハムートが命を張ってでも私達のために戦うという仲間意識を持っていることがわかったのだ! その覚悟を知るためにかかったお金だと考えれば安いものだ! そうだろう!?」


「高いと思う」


 何て冷静なポメラニアンガール。

 僕も高いと思うけどさ。


 しかし、リィザはそんな風に考えてたのか。

 だから僕を怒らなかったんだな。

 妙に機嫌が良かったのも、その考え方ゆえだろう。


「それに、そもそもグリードワームを倒せたのは、私の大きなアドバイスとバハムートの少しの頑張りがあったからだ。言わば、私達が稼いだお金だろ?」


 アドバイスじゃないし、少しでもない。


「……まぁ、それはそうだけど」


「だから、今回の件は大目に見てやってくれ。サン金貨百二十枚がなくても、情報料のサン金貨十枚と傘を売ったお金があるんだしいいだろ? その二つもバハムートがいればこそなんだし。な?」


「……はぁ、わかった。もういいわよ」


 やっとこさ落ち着いたクク。


「ちょっと、あんた」


 ククが僕のカッターシャツの裾を引っ張った。


「何?」


「次からは気をつけなさいよ」


「もち、わかってるって」


「まったく。サン金貨百二十枚あったら豪遊できたのに」


 この狐娘、金遣い荒いタイプかもしれない。

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