88.チュー
その後も、リィザと二人で噴水の縁に腰かけ、あれやこれやと他愛のない話をしたり、噴水に入って勇者様達の像を撫でる人を観察しながらククを待っていたのだが、
「遅いっスね」
僕達がここに着いて二十分ほど経った今も、狐娘は待ち合わせ場所に来ていなかった。
「うん」
リィザが周りに目を向けるが、ククを見つけることはできないようだ。
「迷子になってるんじゃないですか?」
「それはない」
「なして?」
「ククは方向音痴じゃないし」
なるほど。
「じゃあ、どっかで揉め事起こしてるとか?」
「それもない」
「なして?」
「理由はない」
なるほど。
「それにしても、カップルの数が増えてきましたね」
広場でいちゃつくカップル共が幅きかせ始めた。
「……だな」
リィザは、目のやり場に困っている様子。
「周りの人には、僕達もカップルに見えるんでしょうね」
「んなアホな」
んなアホな……。
「あ! 姐さんっ、あそこ!」
「やっと来たか」
「あそこのカップルチューしそう」
「んにゃっ!?」
「もうちょい近くで見ましょう」
「見ない!」
「んじゃ、あっしは」
「やめろ!」
「いいじゃないっスか。やっこさん達も見られたいからこんな公共の場で乳繰り合って」
「おーーーいっ!」
甲高い声が広場に響き渡った。
その声を聞いて顔を離すカップル。
「やっと来たか」
「もう来たか」
チューするとこ見れそうだったのに。
声の主に目をやれば、思った通り羽織姿の白銀髪娘だった。
満面の笑みを浮かべ、こちらへ走ってきた。
表情から察するに、ビニール傘は高値で売れたようだ。
僕もリィザも噴水の縁から腰を上げ、ククを迎えた。
「はぁっ、はぁっ、お、お待たせ」
息を弾ませ僕達の前で止まるクク。
「遅いぞクク」
「ごめんごめん」
「遅いぞポメ」
「めんごめんご」
「どうしてこんなに遅かったんだ?」
聞きながら、乱れた羽織の合わせ目を直してあげるリィザ。
長い距離を走ったのか、ククのアゴから汗が滴ってる。
「そりゃ少しでも高く買ってくれるところを探して、あっちこっちのお店に行ったかんね」
リィザの想像通り。
「ちょっち待ってね」
ククが噴水に近づき、しゃがんで、両手で水を掬って顔をザブザブ洗い、ついでにゴクゴク飲み出した。
こういうところの水って飲めるもんなんだろうか?
しかも、顔洗った水なのに。
で、口いっぱいに水を含んで立ち上がり、
「ぶぇー」
僕の靴に水を吐き、
「ポメ言うな」
仕返しされた。
「カス」
一言添えて。
「フー、スッキリ。さぁ二人とも!」
羽織の裾を捲って顔を拭いたククが、パンパンと手を打ち合わせた。
靴どうしよう。気温高めだし、ほっといたら乾くかな。
「バハムート! こっち注目!」
「ああ、はいはい」
「待たせて悪かったわね。でも喜びなさい。待ったかいはあったわよ」
腰に手を当てペッタンコの胸を張るクク。
「ということは、高額で売れたんだな?」
「いくらくらいになったの?」
リィザも僕も興味津々。
「フフ、いくらになったと思う? ちなみに、アタシの希望額を遥かに上回りました」
ククは、金貨一枚で売ってみせると言っていた。それ以上か。
「そうだな…………サン金貨二枚、とか?」
「金貨三枚」
「はっずれ~。違いま~す。全然違いま~す」
言い方がムカツク。
「答えは……じゃーん!」
ククが羽織の袂から小袋を出し、僕達に中を見せた。
「なんと! サン金貨二十枚でーーーーーっす!」
「ほほう」
「すげえ」
円にすると約二百万円。
あんなボロボロのビニール傘が、これほどの大金に化けるとは。しかし、
「……あれ? なんか反応薄くない?」
ククは、僕達のリアクションが不満そう。
「バハムートなんて、ビックリしてウ◯コ漏らすと思ったのに」
驚きを排便で表現したりしない。
「ちゃんと聞いてた、リィザ? サン金貨二十枚よ?」
「うん、わかってる」
でも、表情はあまり変わらない。
「聞いてるバハムート? 漏らしなさいよ」
「見たいの?」
「見たくないわよ!」
どうしろってんだ。
金貨二十枚という結果に驚く気持ちはあるんだけど、セイヴズで金貨百二十枚を見た後だから、どうしても反応がしょぼくなってしまう。
しかも、ククの持っている小袋は、セイヴズでパティーヌさんに渡された小袋と同じサイズで、あちらで見たものは、もぎたてリンゴのようにパンパンだった。
でも、ククが持っている小袋は、干からびたリンゴのようにシワシワ。
どうしても、もぎたて新鮮リンゴのような小袋を思い出し、本当なら金貨百二十枚が手に入っていたのにと考え、驚きも小さくなるってもんだ。
「本当にどうしたの二人とも? まるでサン金貨二十枚が少ないみたいな反応…………あ」
何か気づいたか?
「あそこのカップルチューしてる」
「え!? マジ!? どこ!?」
「もう離れちゃった」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
また見れなかったよ。
「……何でそんなに他人のチューが見たいんだ」
「自分には一生縁がないからでしょ」
思春期だからだよ。
「こっちの稼ぎは、ご覧の通りサン金貨二十枚よ。そっちはどうだったの? クロア見つかりそう?」
金貨の入った小袋を袂に戻しつつ、ククがリィザに尋ねる。
「まだ何とも言えない。とりあえず依頼を出して、報酬はサン金貨一枚にした」
最初金貨百二十枚にしようとしてたけど。
「そっか。いいんじゃない。人捜しの報酬にしては多めだけど。その一枚は今から渡しに行く? それとも後?」
「いや、私達の儲けからすでに出した」
「あら、そうなの? グリードワームの情報っていくらで売れたの?」
ククの瞳が期待に輝いている。
「私達の儲けはこれだ」
リィザがコートのポケットから金貨二枚を取り出した。
この人、何でもコートのポケットに入れてる気がする。
「え? てことは、サン金貨三枚の報酬ってこと? 少なくない? もっともらえるもんだと…………あれ?」
クリンと首を捻るクク。
「……魔物の弱点の情報料って、後日渡されるはずよね」
「だな」
「んじゃあ、それ何?」
「バハムートが倒したグリードワームに討伐依頼が出ていたんだ。これはその報酬だ」
「ホントに!? 超ツイてるじゃない!」
「うむ」
「てことは、もらったのはサン金貨三枚で、セイヴズが二割持っていくから、元の報奨金は…………………………いくら?」
「その計算だと、サン金貨三枚、サン銀貨七十五枚だな」
「あら、ずい分中途半端な金額ね」
「だが、実際の報奨金は、サン金貨百五十枚だ」
「は?」
「でも、バハムートが暴れて、色々壊して、全額修理費に当てた」
「は?」
「けど、パティーヌさんがサン金貨三枚くれた」
「は?」
「以上」
「……」
口を開けたままククが固まってる。
「……あのさ、よくわかんないから、最初から説明してくれる?」
「うむ。えーとだな――」
~説明中~
「――てことで、私達が得たお金は、後日もらえる情報料のサン金貨十枚と、パティーヌさんがくれたサン金貨三枚だ」
「……」
話を聞いていたククの表情は、驚き、怒り、あきれ、悲しみと多彩に変化していき、今は泣きそうな顔になっていた。なのでひとまず、
「わり」
謝っといた。




