87.封印
すっかり日が暮れた街中を、トレアドールのシンボルと言っていい光の塔がある北へ向かって歩くこと十五分ほど。
街の入り口と光の塔の中間地点くらいと思われる、ククとの待ち合わせ場所、噴水広場とやらに到着した。
「ほわぁ~……。ここもまた、いい感じの場所ですねぇ~」
直径百メートルくらいのだだっ広い円形広場。
東西南北へ抜ける道以外を建物がぐるりと囲んでいて、所々には木製のベンチと黄色い光を放つアンティークな街灯が設置されている。
街灯の光源は、『光鉱石』という強く擦ると光る石だ。
道すがら、リィザに教えてもらった。
カップルの姿がチラホラ見られるちょいとオシャレなこの空間の中央には、広場の名前の通り噴水があり、水溜めの中には四体の像が建っていた。
「街道にも屋台があったが、ここにも昼間はたくさんの屋台が出ていて、たくさんの人で賑わっているんだ」
「へぇ~。美味しい物とかたくさんあるんでしょうね」
「うむ。前に来た時に食べたハチミツパンなんて絶品だった」
「ハチミツパンですか。美味しそうですね」
「明日案内してやる」
「おお、あざス」
「たらふく食べていいぞ。フフフ」
頭をなでなでしてくるリィザ。
なぜかセイヴズを出てからというもの上機嫌。
金貨百二十枚手に入れそこなったってのに。
ちょっと気持ち悪い。
「ククは、まだ来てないみたいっスね」
辺りを見渡すも、それらしい姿はない。
「ふむ、少しでも高く買ってくれるお店を探しているのかもな」
ボロボロの傘だから、どこでもたいして変わらないと思うけど。
「とりあえず、噴水の側で待つとしよう」
「オス。あの噴水のとこに建ってる四つの像は何ですか? 有名人?」
「あれこそは、勇者様達四英傑の像だ」
「勇者様!? ホントに!? ちょっと姐さんっ、見に行こ見に行こ! 早く!」
石畳の広場を走って向かった。
「おいおい、走って転ぶなよ。フフフ」
我が子を見守る母親のようなセリフを吐いて、後ろからゆっくりついてくるリィザ。
やっぱりちょっとキモい。
そんなリィザを置いて、一足先に噴水へ駆け寄り、水溜めの手前で足を止め、
「お~、これが……」
四体の像を見上げ、
「これが……」
じっくりと眺め、
「……」
眺め、
「……なんじゃこれ?」
首を傾げた。
円状に、僕の膝の高さくらいまでレンガを組んで作られた、土俵より一回り大きいくらいの水溜め。
その中に、北側の街並みや光の塔をバックにして、横並びに台座の上に建つ勇者様一行の石像があるのだが、この四体、全身が溶けかかったソフトクリームのように丸みを帯びていた。
「どうだ、素晴らしい像だろう」
遅れてやってきたリィザが僕の隣に立ち、誇らしげに言った。
「……そっスね。みなさん、ずいぶんと凹凸のない方達だったんスね」
「アホか。これは、みんなが撫でるから凹凸がなくなっただけだ」
「撫でるから?」
「うむ。誰が言い出したのか知らないが、勇者様を撫でると勇ましくなり、聖女様を撫でると美しくなり、大賢人様を撫でると賢くなり、剣聖様を撫でるとたくましくなる、ということでな」
「へぇ〜」
ビ◯ケンさんの石像版みたいなもんか。
「どなたがどなたなんです?」
「向かって右側が、太陽の勇者アシュリー・アストレイ様」
目を凝らして見てみると、マントを着ていて、髪が耳にかかる長さというくらいはわかる。
四体の中で一番丸い。
「お隣が、光の聖女ラララ・トレアドール様」
ローブを着た髪の長い人。顔面が軽くへこんでる。美しくなりたいと願う女性の執念のようなものを感じる。
「さらにお隣が、星の大賢人ディノ・クライハーツ様」
コート姿の、肩くらいまで髪がある人。頭頂部が真っ平。
「最後に、火の剣聖セト・カトル様だ」
短い髪の、上半身の筋肉のカットがわずかに残る人。なぜか股間がえぐれてる。
「これって直さないんですか? 修復魔法士でしたっけ? その人達なら直せるんでしょ?」
「何を言うか。これが良いんじゃないか。今でもみんなに愛されているということがよくわかる、この状態が素晴らしいんだ」
「……そんなもんスか」
人間がいかに強欲かということがよくわかる状態の間違いじゃないだろうか。
「でもこれじゃあ、初めて見た人は、誰が誰だかわからないと思うんスけど?」
「台座に名前が彫ってあるから大丈夫だ」
「ああ」
確かに、四つ全てに字が彫ってある。
「それに、字が読めずとも、この世界の者なら像を見ればわかる」
すり減ってる部分で判断してる気がする。
「ん? 聖女様の台座だけたくさん字が彫ってありますね?」
「聖女様が残したお言葉だな」
「お言葉?」
「『唯一無二の光よ、世界を照らせ。我が目覚めを誘え』と彫ってある」
「どゆ意味?」
「世界が平和の光で包まれた時、聖女様が復活するという意味だ。と考えられている」
「え!? 聖女様、生き返るんスか!?」
「いや、聖女様は今、眠りについておられるだけだ。生き返るというニュアンスは違う」
「へ? 眠りに? どういうこと?」
「勇者様達は、魔人と呼ばれたルベール帝国の元皇帝グリネオ・グリン・デ・ルベールを倒したというのは憶えてるな?」
「ええ」
「だが、それですぐにこの世が完全な平和になったわけではなく、世界各地でグリネオの部下や魔物がまだ暴れていたんだ」
「ああ、言われてみるとそうですよね」
グリネオを倒したからって、他のやつらが大人しくはならないよな。
「光の聖女ラララ・トレアドール様は、世界に真の平和をもたらすため日々戦っていた。しかし、願いは叶わず命が尽きようとしていた」
「さぞかし無念だったでしょうね」
「うむ……。だが、封印を護る覚悟を決めた時、万物の生命を司る神ゼーリアと『不朽』の契約を交わしていた聖女様は、お亡くなりになる前に、力を残したまま眠りにつかれたのだ」
「ふむふむ」
神様に、コールドスリープ状態にしてもらえる契約なんだろう。
「そして、眠りにつかれる前に残したのが台座に彫られている言葉で、願っていた平和な世界が訪れた時、その世界を見るためにつかの間、生命神ゼーリアに復活させてもらえるんじゃないか、と考えられている」
「ほえ~」
こりゃまた壮大な話だ。
「ちなみに、眠っている聖女様から魔力が流れ出ているので、魔物はその力を恐れてこの盆地には近づかないんだ」
「そりゃすごい。猫よけのペットボトルみたいっスね」
「ぺっとぼとるって何?」
「お気になさらず。一旦眠りについてから復活なんてできるんですね」
「聖女様の功績があったればこそだ。『不朽』の契約など、普通の人ができるわけないだろう」
神様からもその働きを認めてもらえるなんてたいしたお人だ。世界を救ったんだから当然か。
「で、真の平和な世界はまだなんですか?」
「未だ見つかっていないグリネオの側近などがいるからまだだな」
三百年経っても生きてるってことは、側近ってのは魔物かな?
魔物の寿命がどのくらいかは知らないけど。
相変わらず非現実的な内容ではあったが、とりあえずはわかった。ただひとつ、気になるワードが。
「『封印を護る覚悟を決めた時』って言ってましたけど、封印って何の封印なんです?」
「それはもちろん、グリネオから払った悪魔の封印だ」
「…………は?」
「どうした? モジャモジャガエルがヘイヘイモンモンと鉢合わせたような顔をして」
たとえがわからん。
「悪魔の封印ってここにあるの?」
「うん」
「光の塔に?」
「うん」
「聖女様のもとに?」
「うん」
「……」
そんな危険なもんが、こんな近くに……。
「普通、悪魔の封印なんてとんでもないものなら、国が管理するんじゃないんですか?」
「それはそうだろうな。しかしこれは、聖女様たっての頼み事でもあるんだ」
「頼み事と言うと?」
「封印の管理は自分に任せてほしい、と仰られたのだ」
「どうして?」
「そこまでは知らない。だが、その言葉を聞いた世界の王達とパルティア教の大聖教様は、皆一様に頷いたという。もともと、勇者様か聖女様に頼むつもりだったらしい」
「そうなんスか? 危なくない? 一人だけに任せるなんて」
「一人というわけじゃない。パルティア教も国も優秀な騎士団や兵をトレアドールに派兵してるし、セイヴズだってパティーヌさんを支部長に置いている」
「でも、超強いやつが封印解きに来たらマズくないっスか?」
「フフフ。おいおい、誰が誰の封印を解くって?」
リィザ、不敵な笑み。
「封印を管理しているのは、四英傑のお一人、光の聖女ラララ・トレアドール様だぞ? 騎士団や他の兵を排除するだけでも大変なのに、聖女様から封印を奪い、解くなんて無理無理」
「そうなの?」
「ああ。今でも聖女様は、眠りにつく前と変わらぬお力をもって封印を守っておられるのだ。そんなこと不可能に決まっている」
「言い切りますね」
「当たり前だ。それほど聖女様はお強いのだ」
だったら大丈夫なのかな。
「もし聖女様から封印を奪って解こうと思ったら、聖女様以上のお力を持っていたと言われている勇者様か、魔人グリネオでもない限り無理だな」
とんでもない力の持ち主でないとできないってことか。
勇者様はもうこの世にいないだろうし、そもそも奪うなんてありえない。
グリネオは生きてるけど魔人じゃないから、誰にも封印は解けないと考えていいな。




