86.南無
死んでもおかしくないくらいのダメージだったろうに、もう目を覚ましたのか。
「き、貴様、あ、あれほど痛めつけたというのに……」
パティーヌさんも驚き、声を震わせた。
「確かにすごいですね……」
「ああ……タケノコ頭がまったく乱れていない」
「あ、ホントだ。確かにすごいっスね」
顔は腫れて血が出てるのに、タケノコは無傷だった。
どうなってんだこいつのタケノコは。
「テメェら、舐めやがって……」
ダールがふらつきながらも立ち上がった。
まだやる気なんだろうか。
「おいおい、おとなしくしていろ。命まで取るつもりはない」
「私としても、一応とはいえ見知った顔がこれ以上痛い目に合うのを見たくはない。じっとしてろ」
ダールを気遣うパティーヌさんとリィザ。
「うるせぇ! クソババア! 乳なし!」
「……命まではと思っていたが」
「……トドメは私に任せてくれないか?」
黒いオーラをまとったお二人さん。
死んだな、こいつ。
南無。
「やれるもんならやってみやがれ!」
ダールが強気に言って、ズボンのポケットから単一電池くらいの小瓶を取り出した。中には赤い粉が入っているのが見える。
「……ヒヒヒ、動くなよ。動いたらコイツをぶちまけてやる」
危ない目をしたダールが、小瓶を見せ脅してきた。
「それは何だ?」
目をすがめて小瓶の中身を見つめるパティーヌさん。
「フヒヒヒヒ、さぁて何だと思」
「ちょっと貸してみろ」
ビュッと、パティーヌさんの口から何かが伸びて、ダールの持った小瓶に絡みつき、そのまま縮み、空中で小瓶を放して口の中へ戻った。
で、パティーヌさんは、自分の前に落ちてきた小瓶をキャッチ。
この間約一秒。
ダールとパティーヌさんの距離、約六メートル。
伸びたのは、パティーヌさんの妙に色鮮やかなピンク色の舌、だと思う。
今の出来事を見たリィザは、「おお」と驚いているような感心しているような声を上げ、小瓶を奪われたダールは呆然とし、僕も同じような状態。
……何だ、今の?
「ふむ。濃い赤色の粉か」
パティーヌさんが小瓶の中身を確認し、コルクの栓を抜いて瓶の口をあおぎ、中の匂いを嗅いだ。
その際、僕のほうにもバラのような甘い香りが漂ってきた。
この粉は何だろう? とは思うが、それ以上に気になることがある。
「パ、パティーヌさん」
「む? 目を見開いてどうした?」
「ど、どうしたって……パ、パティーヌさんこそ、どうして……舌? が、あんなに伸びるんですか?」
「一度しか言わん。よく聞け」
「はい」
「忘れろ」
「……はい」
目が聞くなと言っている。忘れよう。
パティーヌさんが小瓶に蓋をし直してダールを見た。
「おい、タケノコ」
「……」
「タケノコ!」
「は、はい!」
パティーヌさんの声で意識を取り戻したように、ダールがタケノコと呼ばれて返事をした。
「この瓶の中身は何だ?」
「あ、え、え~と……何でしょうね?」
反抗手段がなくなったからか、一気にヘタレるダール。
「知らんわけがないだろう。さっさと言え」
「……健康食品です」
「……リィザ、バハムート」
「何だ?」
「何でしょう?」
「瓶の中身をダールに飲ませる。押さえつけて、口を開かせろ」
「わかった」
「御意」
「すみません。『眠り紅毒蛾の鱗粉』です。眠り薬です。少し吸い込んだだけでも効果絶大なのにそんなに飲んだら死んだように眠り続けてしまいます。ごめんなさい」
きれいに全部吐いた。
眠り薬か。
みんなを眠らせてから仕返ししようと考えていたのだろう。
「ふん、やはりそうか」
パティーヌさんは、わかっていたようだ。
リィザは、言われて気づいたのか、「ああ」とこぼしたあとコクコク頷いた。
「貴様、運が良かったな」
パティーヌさんが小瓶をタイトスカートのポケットにしまい、ダールへ鋭い目を向けた。
「し、正直に言ったんで助けてもらえるんでしょうか?」
「毒なら喰い殺していた」
「……」
ダール、顔面蒼白。
食い殺すってのは比喩表現だろうけど、どんな恐ろしい目に合わされていたことやら。タケノコ君、命拾いしたな。
「だが貴様には、先ほどよりも厳しいお仕置きが必要なようだ」
ストレッチをするように、首をグルグル回しながらダールへ近づいていくパティーヌさん。
先ほど以上となると、あっさり死ぬんじゃないだろうか。
「き、厳しいってのは、その、もしかして……アレを使うんですかね?」
「……体の中までお仕置きしてやる。クックックッ」
「ヒィィィィィィィィィィッ」
パティーヌさんのどこか楽しそうな笑みに、悲鳴を上げ、異常なほど身体を震わせるダール。何が始まるんだろう?
「あ、あの、パティーヌさん」
リィザが慌てたように声をかけた。
「む? どうした?」
「わ、私達はそろそろお暇しようと思う」
え?
「おお、そうだな。では、二日後にな」
「う、うん。い、色々とありがとう」
「え? お仕置き見ていかぐぇっ」
僕のカッターシャツの襟首をつかんで、そそくさと扉へと歩き出すリィザ。
何をそんなに急いでんだか。
「パティーヌさん、ご迷惑おかけしました。それと、ありがとうございました」
「ああ、またな」
「受付のお兄さんもありがとうございました」
「こちらこそ。またいつでもどうぞ」
リィザにキャリーバッグのように引きずられながら、お二人にお礼を言い、そのままセイヴズの外へ出た。
リィザが開けた扉を僕がパタンと静かに閉めた。直後、
「ギャアアアァァァァァァァァァァッ!」
中からダールの悲鳴が聞こえてきた。
「な、なななな何で!? 何でそんなもんがそんなとこから……ヒィィィィィィィッ! ま、待ってくれ! デ、デカすぎるだろ! マ、マジで! マジで待っ……ギャアァァァァァァァァァァッ! ムリムリムリムリムリムリムリムリ! そこはそんなもん入れるところじゃないって! 入らない! 入らないから! ヒィィィィィィィィィィィッ! 助けて! お願いします! もう悪いことしません! お願いだから近づかないでっ! 近づかないでぇぇぇっ! キャアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめ………………」
ラジオのスイッチを切ったように、プッツリと声が途切れた。
「……死んだの?」
「……死んではいない、と思う」
「何されてるかわかるんスか?」
「だいたいは」
「一体何が?」
「さぁ?」
わかるんじゃないの?
「一つ言えるとすれば、パティーヌさんの異名が関係してる」
「異名っスか」
その異名とやらは一体何だったんだろう。
聞く人みんな教えてくれないから、結局わからなかった。
パティーヌさんは超有名人みたいだし、今度そのへん歩いてる人に聞いてみるか。
「それにしても、すごい悲鳴でしたね。何されてるのか知らないけど、大の男があんな悲鳴上げるなんて、情けないったらありゃしない。僕なら絶対あんな声出しませんよ。ハハハハ」
「……だな」
「あれ? なんで悲しそうな目?」
「さぁ、行くぞ」
「ねぇ? なんで悲しそうな眼差し?」
「待ち合わせは噴水広場だ」
「ねぇ? なんで悲しそうな瞳で見ているの?」
「ククはもういるかな」
「ねぇ? なんで……」
……
いつもお読みいただきありがとうございます。
いきなりで申し訳ありませんが、しばらく書き溜め期間を取らせていただきたく思います。
再開予定日は八月一日です。
よろしければ今後ともお付き合いくださいませ。




