84.ニョーン
「おお、そのくらいお安い御用ってもんだ。へへ」
ダールが僕に向かって、お釣りを受け取るように手を出した。
「……」
「……」
「……」
「……おい」
「何?」
「早く寄越せよ」
ダールが出した手の指をワキワキと動かす。
「寄越せよ?」
「……チッ。その袋を貸してくれよ」
「貸してくれよ?」
「貸して下さい!」
「貸して下さい?」
「どう言えってんだ!?」
「僕今、スプリットの投げすぎでヒジが痛くてこれ以上伸ばせないんだよね」
「すぷりっとって何だ?」
「もっと腕伸ばして取ってくれる?」
「じゃあ逆の手で渡せよ」
「逆の手はジャイロボールの投げすぎで」
「ああもうっ、わかったよ! ほらっ、寄越せ!」
ダールが椅子から腰を上げ、腕を伸ばし、小袋を掴もうとした。
袋を持った手をヒョイと引いてかわした。
「……テメェ、何で手を引いた」
「引いてないよ?」
「このガキ……。おら! 寄越せ!」
ヒョイ
「クソガキ……! おらぁ!」
ヒョイ
「テメェ死にてぇのか! さっさと寄越せ!」
額に青筋浮かべたダールが、テーブルに乗っかって小袋を奪いにきた。
ということで、
「姐さん、パス」
「へ?」
小袋をリィザへ渡し、
「あ! 何やってんだガキ!」
両手でテーブルの縁を掴み、
「死ぬのはテメェだタケノコ野郎ぉぉぉぉぉっ!」
力一杯持ち上げた。
「おわぁぁぁぁぁっ」
ダールはテーブルから滑り落ち、
ゴンッ
「ふごっ」
後ろの壁に勢いよく頭をぶつけて倒れた。
「ぐおおぉぉぉぉぉ~」
横倒しになったテーブルの向こう側でうめくダールに歩み寄る。
「ぐっ、ぎぎぎっ……テ、テメェ〜! 何してくれてんだゴラァッ!」
「テーブルの縁を掴んで持ち上げて」
「誰が説明しろって言った!」
「お前」
「こ、このクソガキッ、ふざけやがって!」
「ふざけてんのはお前だろうが皮付きタケノコ!」
「ま、またテメェ、タケノコって」
「人の仲間にさんざん好き放題言って、あげくにテーブルをぶつけやがってこの腐れタケノコが……」
壁に飾ってある湖が描かれた絵画を、額縁を掴んで外した。
サイズは、学校机の板ほど。
その絵を頭上高く掲げ、
「僕の仲間をバカにしてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ダールの頭に叩きつけた。
バリッ
「ぐへっ」
てっきり、タケノコヘアーがペシャンコになると思っていたが、タケノコは絵を突き破り、ニョッキリと湖から生えてきた。
「ブハハハハハハハハハハッ! タ、タケノコがっ、タケノコが湖からニョーンて! ニョーンて! ブハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「ぐぅ……クソッ! テメェ! 何笑ってやがる!」
「タケノコが湖からニョーンて」
「誰がそんなこと聞いてんだよ!」
「お前」
「クソガキィィィッ!」
「やんのかタケノコォォォっ!」
「ぐ……何度も何度もタケノコと……もう許さねぇ!」
ダールが、背中側に持っていたらしいゴツいナイフを手に取った。
「こちとら最初から許す気なんてサラサラ無いんだよ! かかってこいやタケノコ星人! そのナイフを床に置いて!」
「……ブッ殺す!」
こちらへ飛びかかる気か、元々猫背だったダールが、さらに背を丸めた。だが、
「動くな」
倒れたテーブルの向こう側から、リィザがレイピアの切っ先を、ダールの喉にピタリと当てた。
「うっ」
静止するダール。
リィザは、ダールの横顔を見つめ、視線を徐々に上げていき、絵画が挿さったままのタケノコヘアーを見て、
「プフッ」
吹き出した。
「ぐっ……こ、このボケ共が~……!」
動けないダールが、歯を食いしばってリィザを睨む。
「バハムート、今のうちにこっちへ来い」
「はい!」
素早くリィザの後ろへ隠れた。
「……勇ましかった姿が幻のような隠れっぷりだな」
だって、ゴツいナイフ持ってるし。
「だがまぁ……フフ、愛い奴よのう」
リィザが微笑み、戦国エロ大名みたいなセリフを吐きながら、僕の頭をなでなでしてきた。
自分のために僕が怒ったことが嬉しいんだと思う。
「オラァッ!」
リィザが顔を僕へ向けているスキに、横になっていたテーブルをダールが蹴った。
リィザは、ダールの喉に当てていたレイピアを引いて、テーブルを避けるために数歩下がり、僕も同様に逃げた。
ドスンッという音を響かせテーブルが元の状態に戻り、ダールがテーブルの上に乗って僕達を見下ろしてきた。
「……おい、クソガキ。テメェ、よくも俺をダマしやがったな」
「何が?」
「スッとぼけてんじゃねぇっ! 金を貸すっつったろうが!」
ああ、それか。
「僕、貸すとは一言も言ってないし」
「はぁ?」
「そもそもタケノコ人間なんかに貸すわけないでしょ。ベロベロベー」
「テンメェ……」
「自分のタケノコでも売ってろタケノコマン」
「クソガキがぁっ!」
ダールが自分の頭に挿さったままの絵画を外し、僕めがけて投げてきた。しかし、
「ふっ」
僕の前にいるリィザが、飛んできた絵画をレイピアではじいた。
「どけリィザ! テメェも死にてぇのか!」
「お前こそ引け。私はお前に負い目がある。ゆえに大人しくしていたが、バハムートに手を出すというなら話は別だ。容赦はしない」
「……リィザごときかデケェ口叩きやがって」
レスリングの選手のように前傾姿勢になって構えるダール。
リィザも、右足、レイピアを持った右腕を前に出し、半身の体勢になって腰を落とし構えた。
今さらだけど、リィザの剣の腕前ってどの程度なんだろう?
前に、剣も少しは扱えるって言ってたけど……。
「リィザさん、大丈夫っスか? あのタケノコ、ナイフ持ってますけど」
「フッ、心配するな。タケノコナイフの一本や二本、恐るるに足らん」
「普通のナイフだよ!」
「それに、ダールって弱いし」
「(ブチッ)……まとめて殺す」
何かがキレた様子のダールが目をすわらせ、これまでと違い静かに言葉を吐いて、一歩踏み出した。その時、
バンッ
大きな音を立てて建物出入り口の扉が開き、
「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
パティーヌさんが帰ってきた。
手に骨つき肉を持って。
「ひひゃまりゃぁぁぁっ!」
口の中にも入っているようだ。
お肉をパクつきながら、こちらへやってくるパティーヌさん。それを見て、
「うげっ」
「わっ」
ダールとリィザがあわてて武器を仕舞った。
僕の隣で立ち止まったパティーヌさんが怒鳴る。
「ひひゃまりゃいいひゃへんひひりょっ!」
まったく理解不能な言葉を。
「パク、ムシャムシャムシャ、ほほほほひょはほほほっへふんりゃっ! ひゃひゃひょひょひょひょひゃっ!」
「あの、パティーヌさん」
「はんひゃひゃひゃひゅーひょ!」
「……こっち向いて喋んないで下さい。食べカスすっごい飛んでくるんで」
「ひょー、ひゅひゃんひゅひゃん」
「とりあえず、ゴックンしてから喋りましょ?」
「ひょへひょひょーひゃひゃ。パクリ、ムシャムシャムシャ、ゴックン」
何か言った後、お肉を一口かじってから飲み込んだ。
「美味い。貴様らいい加減にしろ! ここをどこだと思ってるんだ! バカ者どもが!」
そう言っていたようだ。
「いい加減にって、僕達のこと見てたんですか?」
「ああ。ここの向かいの店で食べていたからな」
窓から様子が見えていたのか。
「だったらすぐに来れたのでは?」
「料理が出来立てだったのでな」
「なるほど」
出来立てが一番だ。理由にはなってないけど。
「バハムート」
「はい」
「状況を説明しろ」
「はっ。お金を返さないことで有名なほぼ他人のタケノコが、僕達をバカにした挙句、恐喝まがいにお金を貸せとのたまいやがりました」
「あ、テメェ!」
ダールがこっちを睨んで指を差した。
「こいつの言ってることはウソだ! 俺は普通に金を借りようとしただけだっての! そしたらこいつがケンカ売ってきたんだよ!」
「このホラふきタケノコ! ホラふくなタケノコ!」
「ホラふいてんのはテメェだろうが! タケノコって呼ぶな!」
「まぁ待て。……おい!」
パティーヌさんが受付へ声をかけた。
すると、いつの間にやら戻っていた、韓流スターなお兄さんが、
「タケノコさんがウソをついています」
落ち着いた口調で答えを言ってくれた。
今気づいたけど、職員の人達、僕らがケンカしてる間まったくのノーリアクションだったな。
これくらいの揉め事、慣れっこなんだろうか。
「ぐっ、くうぅぅぅっ……」
本当のことを言われたからか、タケノコ言われたからか、ダールが下唇を噛み、恨みがましい視線を韓流スターな受付さんへ送った。




