80.クロアだと?
「描けって言われても、羽ペンじゃ」
「いいから早く描け!」
バンッバンッバンッ
「わ、わかったっスよ。だからバンバンしないでください」
目を吊り上げてテーブルを叩くリィザをなだめて、パティーヌさんが使っていた羽ペンを手に取った。
まずはインクがあまりついていない状態の羽ペンで、頭部の輪郭を薄い線で下書きして、中に十字線を入れた。
で、インクをつけてから、きれいな二重の優しそうな、でもどこか陰のある目と瞳、長いまつ毛、鼻梁の高い鼻、小さい口に薄い唇、まぶたとの距離が近い眉、シャープなラインを描くアゴ、形の良い耳、男にしては長めのサラサラヘアーと描いていった。
あとは、顔の輪郭にしっかりとした線を入れ、細く長い首、肩、鎖骨を描いて、要所に陰影をつけて絵に凹凸感を出し、最後に『ドロボー』と書いて、
「ほい、完成」
正面から見たイケメン君のできあがり。
「これが捜してる僕達のリーダーっス」
描いた紙をテーブルの真ん中に置いた。
「……」
「……」
僕の描いた絵を無言で眺める二人。
「どうですか? 羽ペンにしては、なかなか上手く描けたと思うんですけど」
「……うむ、なかなか……いや、かなり上手いな。正直、驚いた」
似顔絵に目を向けたまま褒めてくれるパティーヌさん。
「絵にはちょっと自信があるんですよ」
美術は、昔から得意な分野だった。
最近は、妹にせがまれてよく描いてるので、腕前はアップしてると思う。
「やるな、貴様」
「ありがとうございます」
「顔の前面を削ぎ落として紙に貼り付けたようだ」
「例えが怖いけど、ありがとうございます」
パティーヌさんには高評価。
で、もう一人のお方はというと、
「……」
まだクロアの絵を黙って見つめていた。
「どうですか? 似てます?」
肩をチョイチョイとつついて聞いてみた。
「……ああ、似ている」
認めてもらえたようだ。
「ムカツクけど」
ムカツクようだ。
「お前、こんな才能があったんだな」
「バハムートっスから」
「関係ないけどな。これならすぐに見つかるだろう」
「だといいっスね」
「……鼻ってもうちょいとんがってなかった?」
「なかったっス」
何がリィザをとんがらせようとするのだろう。
「しかし、上手いもんだな」
パティーヌさんは、もう一度まじまじと絵を見て感心したように言って、
「ここに書いてあるのは文字か?」
絵の下に書いた、『ドロボー』の字を指差した。
「そうです」
「何と書いたんだ?」
「その人の名前を書きました。『クロア』って読みます」
胸を張ってウソをついた。
正直に言ったら百パーリィザにどつかれて『消せ!』って言われるだろうから。
「……クロアだと?」
眉根を寄せるパティーヌさん。
あれ? ウソがバレた?
「似ていると思ったが、クロア本人だったか……」
バレたわけではなかった。
ん? 本人?
「もしかしてクロアはトレアドールにいるのか!?」
リィザが椅子を倒す勢いで腰を上げ、テーブルに身を乗り出した。
「いや、この街では見てないな」
「……そうか」
リィザしょんぼり。
脱力したように椅子に座りなおした。
そもそも、「クロアはこの街に来ないだろうな」って自分で言ってたのに。
「クロア……さんと知り合いなんですか?」
元気がなくなったリィザに代わって質問。
「昔、レイアンカーという街で見かけただけだ。まだ私がセイヴィアだったころの話だな」
昔……。
「クロアは酒場にいたんだが、店の中の女どもが色めき立っていたな。『とんでもない美青年がいる』『クロアって名前らしいよ』『声かけましょう』ってな具合で」
いつでもどこでもイケメンだな、あいつって。
「だが、クロアは周りの声など気にも留めず、盛りのついた女どもが寄ってきてもそれを無視して、一人で酒を飲んでいた。その時の様子がやけに印象に残っている」
「こいつ酒飲む友達もいないのか、と?」
「だらしない顔を見せないことに感心したから、だ」
「うむ! さすが我らのリーダークロアだ!」
しょんぼりリィザはどこへやら、誇らしげに腕を組んで背を反らせている。
気分の浮き沈みが激しい人。
「リーダーということは、クロアは今、お前達の仲間なのか。どうしてクロアを捜して……いや、人様の事情を探るなど無粋だな」
パティーヌさん、大人だな。
「……恋バナ的な理由か?」
大人である前に女性だな。
「実はクロさん、仲間の荷物をパクってぶべらっ、理由は謎に満ち満ちているんですがいなくなりました」
「みんなで使っていた荷物やお金が無くなっていたことを考えると、盗人を追いかけて行ったか、急な用事ができて荷物とお金を借りて行ったんだと思う」
「ならば帰ってくるんじゃないか? もしくは連絡を寄越すだろう」
「それが、三日前に出て行ったきりなんだ。だから、どこかで身動きが取れない状態になっているかもしれないと思って……」
「それで、依頼を出しに来たというわけか。なるほどな」
パティーヌさんがテーブル上の紙、羽ペン、インク壺を集めて手に持ち、
「では、これはさっそく掲示板に貼って……書き直してから掲示板に貼っておこう」
リィザの黒の依頼届けを見て言い直し、
「少しの間そこで待っていろ。今、報酬を持ってくる」
椅子から立って、僕が描いた似顔絵をもう一度見て、
「しかし、あいつは変わらんなぁ……」
と、どこか羨ましそうにつぶやきながら、受付カウンターへと歩いていった。
……変わらない、か。
パティーヌさん、昔クロアを見たって言ってたよな。
「リィザさん」
「ん?」
「パティーヌさんがセイヴィアだったのって、何年くらい前の話っスか?」
「ん~……十年位前だったかな。凄腕セイヴィアのパティーヌ・ガスが引退したらしい、って街で噂になってた」
パティーヌさんって、引退が街で噂になるほどの人なんだな。
それはともかく、
「十年前か……」
ならば、パティーヌさんがクロアを見たのは、十年以上前ってことだ。
ククは、クロアは二十三歳だと言っていた。
ということは、パティーヌさんは十三歳かそれより下のクロアを見たってことで…………変わらない? 十三歳から?
しかも、十三歳なのに酒場でお酒を飲んで、寄ってきた女の人を無視してたって?
とんでもない美青年がいる、とも言われてたんだよな。
美青年? 十三歳で? どゆこと?
「う~ん……」
「お前、何か気になることでもあるのか?」
疲れたのか、テーブルに突っ伏していたリィザが、首だけを動かしこちらを見てきた。
「まぁ、そうっスね」
「何?」
「パティーヌさんが、セイヴィアをやってた頃にクロさんを見たって言ってたでしょ?」
「うん」
「だったらそれは十年以上前のはずなのに、似顔絵見て『変わらんなぁ』ってこぼしてたのが不思議だな、と思って」
「何で?」
「何でって……クロさんの年齢知ってます?」
「二十三」
「十年前だと?」
「十三」
「ね?」
「?」
キョトンとしたお顔。
テーブルに、ぐでんと顔を乗っけている状態なのでアホ可愛い。
「十三でお酒飲んで、しかも女の人が寄ってくるとかありえないでしょ、って言ってんですよ」
「世の中そんなやつもいるだろ」
「それに、クロさん十三歳なのに美青年って言われてたんですよ?」
「世の中そんなやつもいるだろ」
「……十三歳の人が二十三歳になっても見た目が変わってないなんてヘンでしょ?」
「世の中そんなやつもいるだろ」
「……」
ダメだこの人。
クロアのこととなると思考を放棄するというか、クロアは何もおかしくないって考えを核にして脳ミソ動かしてるよ。
よく言えば、それだけクロアに寄せる信頼が厚いってことなんだろうけど。




