76.超ハズい
「む? 貴様等は確か…………ククとリィザだったか?」
二人の姿をじっくりと眺めた女社長さんが、確認するように名前を口にした。
「ひ、久しぶりね、パ、パティーヌ」
「ひ、ひひ久しぶりなのだ、パパパティーヌさん」
三人は、知り合いのようだ。
ただ、ククとリィザは怖がってるように見える。
「扉の前でダベるな。それとも、今度はセイヴズで騒ぎを起こすつもりか?」
女社長さんの表情が険しくなっていく。
「ち、違う違う! そんなんじゃないわよ!」
「し、しししないのだ! ホントなのだ! 信じてほしいのだ!」
二人して首と手を、音がしそうなほどブンブン左右に振っている。
「ならば散れ。用があるなら入れ。わかったな?」
「うんうんうんうん」
「わ、わかったのだ、そ、そうするのだ」
今度は首を上下にブンブンブン。
女社長さんが厳しそうな人だというのはわかるがビビりすぎじゃない?
「……」
女社長さんは、首を痛めそうなほど頷いているリィザを、じーっと見つめてから室内へ戻り、
パタン
静かに扉を閉じた。
「……はぁ〜」
「……ふぅ〜」
扉が閉まるのを見たククとリィザが安堵の息を吐き、額の汗を拭った。
「今の人って知り合い?」
「知り合いというか、前に来た時ちょっとね……」
「……ここの支部長で、元有名セイヴィアのパティーヌ・ガスさんだ」
社長さんでなく支部長さんか。
「二人とも怯えてるように見えたけど何で?」
「……光の塔で暴れた時、たまたま居合わせたパティーヌに追い出されたのよ」
そういう関係ね。
「……私、何もしてないのに」
お可哀想に。
「でも、怖がりすぎじゃない?」
リィザなんて、喋り方がバ◯ボンのパパみたいになってたし。
「追い出された後に、『次やったらこれを食らわすぞ』って言われてね……」
「あわわわわわ」
『これ』とやらを思い出したのか、身体をバイブレーションさせるリィザ。
「食らわすって何を? 危険な技?」
「超危険なモノよ」
「い、異名の通りだった」
「おお、異名があるなんてカッコイイ。どんな異名なの?」
「あの人は、む……アレよ」
「ああ、アレだ」
どれ?
「全然わかんないんだけど」
「あんたは知らなくていいの」
「優しい私達に感謝しろ」
何で?
「あんた、パティーヌを怒らせないようにね」
別に怒らせるつもりはない。
「んじゃ、アタシ行くわ」
言って、ククがこちらに背を向けた。
「あ、うん、いってらっしゃい」
「噴水で待ち合わせな」
僕とリィザが小さく手を振る。
「うん。期待しててよね」
ククも手を振り返し、雑踏の中、光の塔の方向へと歩いていった。
しばしククの後ろ姿を見送り、
「……さぁ、行くぞ」
リィザが、僕へというより自分自身へ言い聞かせるようにつぶやいて、五段だけの短い階段を手すりを掴んで重い足取りで上り、セイヴズの扉と向き合い、緊張した面持ちで取っ手に震える手をかけた。
大丈夫なのかね、この人。
「リィザさんや」
後ろからチョイチョイと肩をつついた。
「何だ?」
「怖いんだったら、僕が扉を開けましょうか?」
「見くびるな」
いらぬ心配だったか。
「……中に入るのお前が先な」
面倒な人。
「スゥー……ハァー……スゥー……ハァー……」
深呼吸して緊張をほぐそうとするリィザ。
こんなに怖がるなんて、パティーヌさんの使う技って一体何なんだろう? あまりビビられると、こっちまで入るのをためらってしまいそうに……
「……ん?」
ふと視線を隣の建物に向けると、ちょうどそこから出てきた白いローブを着た人と目が合った……ように思う。
思う、というのはその人、ローブについているフードを深く被っていて顔が影で見えないから。
しかし、体の正面はこちらを向いているので、僕、もしくはリィザを見ているんだと思う。
……何だろう?
扉の取っ手を掴んで深呼吸している変な女がいる、とか思われてんのかな。
だとしたら超ハズい。
「ハァー……よし。では、開け」
「姐さん姐さん」
肩をトントンした。
「……チッ」
舌打ちされた。
せっかく心の準備ができたのに、って迷惑そうな顔でこっちを見てきた。
「んな邪魔くさそうな顔しなくても」
「してないし」
してるし。
「で、何だ? どんなしょーもない用事だ?」
しょーもなくないし。
「お隣の建物の前にこっちを見てる人が……いないんですよ」
顔を向けると、そこにはもう誰もいなかった。
「うん、いないな。私の人生において二番目にしょーもない用事だ」
一番が気になる。
「違うんですよ。さっき建物の前に白いローブを着た人がいて、こっちを見てたんですよ」
「顔は?」
「フード被ってて見えなかったっス。でも、体をこっちに向けたままじっと動かなかったんで、僕達を見てたと思うんですよ」
「ふむ。お隣は確か服屋さんだったはずだ」
「服屋さんですか」
「きっとその人は、あつらえたローブを着て店を出たところでお前と目が合ったから、『いいローブだろう』って具合に見せびらかしてきたんだろう」
「そうなんですかね……」
「もしくは、またお前がキョロキョロしてたから、『こいつわかりやすいくらい田舎もんだな』とか思われてたのかもな。だとしたら超ハズい」
してないし、ハズいのはこっちだっての。
結局何だったんだろうか。
リィザの言う通り服を見せびらかして
キィ
「オラァァァァァッ!」
「ほぎゃぁぁぁっ」
「ひぃぃぃっ」
またセイヴズの扉が開き、中からパティーヌさんが出てきた。
手に包丁を持って。
「リ、リリリィジャしゃん! こここの人っ、ほほ包丁! 包丁持ってる!」
「お、おお落ち着け! 落ち着くのだ!」
「お、落ち着けったって」
「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」
「姐さん落ち着いて!」
魔物じゃないんだから。
「貴様等ぁっ! 散れと言っただろうがぁっ!」
まなじりを吊り上げオーガのごとくお怒りのパティーヌさん。
僕、死ぬかもしれない。
「パ、パパパティーヌ・ガスさん! ぼぼ僕達用事あります!」
「そ、そそそうなのだ!」
「なな中に入るです! ぼぼ僕達中に入るです!」
「そ、そそそうなのだ!」
「ならばさっさと入れっ!」
「「はいっ」」
「……馬鹿共が」
パティーヌさんは、僕を見て、次にリィザをじっくりと見てから、手に持った包丁を「カモン」って具合に動かし、建物の中へ戻った。
「……殺されるかと思った」
「む……アレが出るかと思った」
だからどれ?
「……パティーヌさんが本気でキレる前に中へ入ろう」
扉が開いたままの入り口を、リィザが中を覗くようにしてくぐり、
「……了解っス」
僕もおそるおそる後に続いた。
静かに扉を閉めて中を見渡す。
「おお~。ここがセイヴズか」
ランタンのような照明器具が取り付けられた、温かみのある赤いレンガの壁の室内。
中は、三つの空間に分かれており、入って正面には市役所の窓口のようなカウンター、左側には剣や盾などの武器防具が壁に飾ってあり、ショーケースにも入れられている武器屋のような場所。
右側には、木製の椅子やテーブルがいくつか置かれている食堂っぽいスペース。こちらの壁には絵画が数点、それと貼り紙付きの掲示板のようなものが掛けてあった。そして、
「……リ、リィザさん」
「ん?」
「ガ、ガラの悪そうな人がいるっスね」
目つきの悪い男や女、ヒゲマッチョ、胸毛マッチョ、ムキムキマッチョなどなど、見るからに荒くれ者な方々がチラホラと椅子に座っていた。アメリカの片田舎のバーみたいだ。
「セイヴズだからな。危険な分稼ぎが良いという仕事柄、ああいった見た目の連中も集まってくる」
建物内に入ってパティーヌさんがいないとわかると、リィザは通常モードに戻った。ゴロツキのような風貌の人がいてもまったく気にすることなく、床板を小気味よく鳴らして正面のカウンターへ歩いていく。
「リィザさん、怖くないの?」
「うん」
なんて頼もしい。
「姐さんスゲーっス。そんけーっス」
「む? おいおい、何だこれしきの事で。こんなの私にとっては、すんごく普通のことなんだぞ。フフ、フフフ」
「リィザさんは昔、人見知りでオドオドした性格だったってのがウソみたいです」
「リーダーだからな」
「なるほど」
よくわからんが、人間変われば変わるもんだ。




