74.キモいムート
ゆるやかな坂を下っていくことしばらく、徐々に道の傾斜がなくなり左右が畑に挟まれるエリアに入った。
道の脇には用水路が流れていて空気を多少なりとも冷やしてくれるので、歩いて火照った体にとてもありがたい。
畑には人影が見られるがあまり多くはない。時間も時間だしすでに農作業を終えた後なのだろう。
しかし、畑の間を縫うようにして走る細い道が、僕達が歩く幅広い道に合流していて、そちらからやって来た人々が僕達の前後に見られるようになってきた。
ほとんどがシャツにズボン、またはスカートという簡素な服装の一般の人のようだが、その中にチラホラ見える、剣を腰に下げている人、槍を持っている人、弓を持っている人、顔に刺青を入れている人、体中キズだらけの人、防具をつけている人、獣の皮を着ている人、白いローブ、黒いローブ姿の人、ビキニアーマーの女の人、ガーターベルト&ストッキングの女の人、サラシみたいなものを胸に巻いている女の人、はだけた服の隙間から下着がチラ見えしてる女の人、スケスケショールの女の人、スケスケパレオの女の人、色んな色んなエロい格好の女の人……
「……ここはパラダイスですか?」
「いや、畑だ」
「お腹空いてんの?」
普通に返す金髪の人、狐の人。
畑なのはわかってるけど、そうでなく。
思春期男子にとっては、この世界パラダイスすぎる。
今度カメラを持って来よう。
心のメモ帳にしっかりと書いた後、さらにあっちへこっちへ目を向けていると、前方から白銀色の甲冑に白いマント姿の、白馬に跨った三人がこちらへやって来る姿が見えた。
「わ!? わ!? あれって騎士様!? あれって騎士様じゃない!? ね!? ね!?」
興奮モロ出しでリィザの肩をペシペシ叩いた。
「痛い痛い。そうだ、騎士様だ。お前、騎士様も見たことないのか?」
「ないっス! 初めてっス!」
しかも兜を外しているその三人は、
「女の人!?」
女性の騎士様だった。
「あれは、『聖杖騎士団』だな」
「せーじょー騎士団っスか」
「トレアドールの街に常駐しているパルティア教所属の、女性だけで構成された騎士団だ」
「ほへ~、女性だけで」
正面からこちらへ並足で馬を進めてくる女騎士様。
堂々とした騎乗姿がしびれるほどカッコイイ。
「ほらバハムート、端っこに寄っとけ」
「あ、はい」
女騎士様を観察する僕の腕をリィザが引っ張り、道の真ん中を開けた。
「あんた、言っとくけど馬車の時みたく『こんにちはー』って声かけちゃダメだかんね」
同じく端に寄ったククが前もって言ってきた。
「え、何で?」
「向こうは騎士よ? 一般人が用もないのに気やすく声をかけていい相手じゃないの」
「ふーん」
そんなもんか。
声かけるとこだった。
「でも、ククが人間の常識守るって意外」
狐なのに。
「今は人間の姿なんだから、人間の常識に従うのは当然でしょ」
光の塔で暴れてなかった?
その時は、ポメラニアンモードだったんだろうか。
「もうすぐすれ違うぞ。バハムート、いちいち立ち止まったりしなくていいけど、目があったら軽く頭を垂れておけよ」
「了解っス」
前からやって来た女騎士様との距離が詰まり、一列になって進む凛とした姿の、お三人の顔を近くから拝見してみれば、皆が皆美しい容姿をしており、目が合っているのにもかかわらず頭を下げることも忘れて、
「……ふあぁ~」
口をぽかんと開けたまま呆けた声を漏らしてしまった。
そのまま女騎士様に見惚れていると、
「フフ」
お三人からニッコリ微笑まれた。
そこでリィザの言葉を思い出し、慌ててペッコリと大きく頭を下げた。
そんな僕を見た女騎士様達は、
「ウフフフ」
またお上品な笑顔を見せてくれたので、こちらも笑ってニコニコペコペコ何度も頭を下げた。
お三人が通り過ぎその後ろ姿を眺めていると、白いマントに騎士団の紋章なのか、パルティア教の縦に並んだ四つの輪の聖印と杖が描かれた図柄を見ることができた。なるほど。聖杖騎士団ね。
ポカ、パカ
「あた、いた」
リィザとククから頭をはたかれた。
「え? 何で? 何ではたかれたの?」
「見すぎ」
「ガン見すんな」
気づいてたか。
「微笑まれちゃった。みなさん僕に一目惚れしちゃったとか? なんつって。エヘヘ」
「キモムート」
「キモいムート」
キモいムート……。
「お三人ともキレイだったなぁ。聖杖騎士団て顔で採用不採用決めてるの? それとも、あのお三人さんがたまたま美人だっただけ?」
顔で選んでるならリィザとククも即入団できそう。
「騎士団員を顔で選ぶわけないだろう。多分」
「言われてみれば、あの騎士団てみんな美人よね」
そうなんだ。
他の団員さんも見てみたい。
「だが、あの方達を見て驚いていたら、聖杖騎士団の団長なんてまともに見れないぞ」
「何で? 半透明で発見困難とか?」
「違う。美の化身と謳われた光の聖女様の生まれ変わりとまで言われるほどの美女だから、お前が見たら腰を抜かして、またお漏らしして気絶するぞってことだ」
「へぇ~」
なんだかすごそうな人だ。
ぜひともお会いしたい。
聖女様の顔も見てみたい。
二人の絵か写真はないのかな。
……でも、またお漏らしして気絶って何だろう?
僕が日本でお漏らししたことなんて知ってるわけないだろうし。
「確かにあれは、たまげるほどの美人だったわね」
狐もたまげるほどとは。
「ウチのママには敵わないけど」
ママさん超気になる。
「ククはその団長さんに変身できないの?」
「まだ一回しか見たことないから無理」
本人に会えるのを期待しよう。
「それよりこいつ大丈夫かしら?」
ククが心配そうな目でこっちを見る。
「僕絶好調」
「見りゃわかるわよ。街に連れてって大丈夫かなってことよ。今もアタシが注意しなかったら、普通に騎士団の連中に声かけてたわよ」
「ん~、言われてみれば……」
リィザも同じような目を僕へ向けた。
「常識ないから街で変なことやらかしそうじゃない?」
何もしないし。
「ありえるな」
ありえないし。
「あのねお二人さん、そんなのいらぬ心配ですよ」
「……本当か?」
「……本当に?」
疑わし気なリィザとクク。
「本当に。少なくともポメよりは常識あるし」
ゴスッ
「あだっ」
すね蹴られた。
「ポメ言うな」
「僕は光の塔で暴れたククみたく街で暴れたりしないし」
「あれはアタシの怒りに触れたあいつらが悪いのよ」
何様だよ。
「ま、行ってみればわかるよ。僕がどれだけ紳士的かつ心にゆとりある大人の男性として行動できるかってことがね」
「意味が微妙に重複しているところに不安を覚えるが、ここまで来たんだ、中へ入ってそれから考えよう」
な? と言ってリィザがククの肩を軽く叩いた。
「何か起こってからじゃ遅いわよ?」
お前が言うな。
「ククが言うな」
リィザにも言われてるし。
「む。そろそろ畑が途切れるな」
リィザの言う通り畑ゾーンはもうじき終わりで、人工的に作られたと思われる幅の狭い川が、街のエリアと畑のエリアを区切るように流れていて、川の向こう側では、建物が街を囲う壁のごとく軒を連ねていた。
短い橋を渡って、建物の間の道を通り抜ければトレアドールに到着だ。
「バハムート、私の後に」
「うっひょーーーーーーーーーーっ! 街だーーーーーーーーーーぶべっ」
駆け出そうとしたらリィザに足を引っ掛けられズッコケた。
「な、何すんのさ!?」
すぐに立って抗議した。
「お前、自分は心にゆとりある大人の男性だって言わなかったか?」
「ええ、言いましたが?」
「何で街見て走った?」
「心にゆとりある大人の男性としてはしゃごうとしたのでは?」
「なぜ聞く?」
「自分自身制御できぬ感情ゆえ」
「バハムート、街では私から離れるな。いいな?」
「ははっ、必ずや御主人様の五百歩以内に」
「それはただの自由な人だ。五歩以内だ。行くぞ」
行動制限を設けられてしまった。
こんなの子供の頃、親とお祭りに行って以来だ。
仕方なくリィザについて歩いていく。
橋を渡り、建物の間を抜け、そしてついに、こちらの世界へ来て初となる異世界の街に足を踏み入れた。
「ふおぉぉぉ~~~……」
リィザも言っていたように、そこは多くの人が行き交うとても賑やかな街だった。




