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73.ビニール傘

「私の言ってることわかったか?」


「わかったっス」


「フゥ。理解力のない僕を持つと、リーダーであり主人でもある私は大変だ」


 リィザが顔を左右に振ってヤレヤレのポーズ。

 いつかパワハラで訴えてやろう。


「生きてるのはわかりましたけど、どうして処刑されてないんです? 極悪人なわけだから極刑が妥当でしょ?」


「処刑されていない理由はよくわからない。いろんな噂があるけれど」


「例えば?」


「悪魔を身に宿した者を殺すと何かしらの災いが起きるからとか、パルティア教は三百年前すでにグリネオが支配していて守られてるとか、捕らえてすぐに逃げられたのでそもそも処刑できないとか」


「ふむふむ」


「だが、二つ目と三つ目はあり得ないな」


「理由があるんで?」


「グリネオの身柄は今もパルティア教が管理しているんだが、パルティア教が支配されていたら、今頃パルティア教は悪の宗教と成り果てているだろうがそんなことにはなっていない」


「なるほど」


「そして、グリネオは今から五十年ほど前、移送途中にトレアドールへ寄って、『光の塔』にも入ったんだ。その時グリネオを見た人がたくさんいる。だから逃げられたということもない」


「確かに」


「ということで、一つ目の理由で未だ処刑されずにいる可能性が高い」


 殺すと災いが起きるからってやつか。

 勇者様達がグリネオを殺さなかったのもそれが理由かな。

 悪魔を抜かれても面倒なやっちゃな。


「それで、『光の塔』ってのは何です? もしかしてあの白い塔の名称ですか?」


 塔を指差した。


「馬鹿者」


 ペチンッ


「あいた」


 その指をはたかれた。


「あれが光の塔というのは合っている。だが指を差すな。光の聖女ラララ・トレアドール様が眠っておられる場所なんだからな」


「おお、聖女様が」


 つまりお墓ってことか。


「右にある白い建物は、パルティア教の教会。左側には教会関係者の宿泊施設や修練場などがある。あの辺り一帯は、パルティア教の管理下にある土地だな」


「ふんふん」


 周りの建物と比べて一際高い、聖女様のお墓であるところの光の塔。その隣には教会か。

 どうりで厳かな雰囲気を醸してるはずだ。


「光の塔って僕でも入れるんですか?」


「うん」


「じゃあ入りたい」


「ただ、入るための条件を満たす必要がある」


「条件? 入場券購入して下さいとか?」


「私が一瞬で相手を葬り去る魔法を使えたらお前は死んでいた」


 使えなくてよかった。


「ある一定の金額分をパルティア教に寄付している者でないと入れない」


「寄付ですか」


 グリードワームの縄張りでも言ってたな。

 寄付をすれば、パルティア教の施設や伝統ある建物に入れるようになるって。光の塔もそのひとつってことか。


「それっておいくらくらいすればいいの?」


「一年間でサン金貨十枚分以上だ」


「十枚!?」


「うん」


「……って何円くらい?」


「エンって何?」


「僕の国は、一円二円ってお金を数えるんですよ」


「変なの」


「変じゃない」


「金貨十枚だから十エンくらいだろ」


「金貨が一枚一円ってことはないと思うんですけど」


「だってお前の国のお金のこと知らないもん」


「ん〜……お金の種類って同じ図柄の金貨と銀貨と銅貨だけですか?」


「うん」


「外で食事すると、一人前いくらくらいになります?」


「普通の食事なら、だいたい銀貨一枚だな」


 てことは、銀貨一枚が千円って考えりゃいいか。


「銀貨を銅貨に替えてもらえたりできます?」


「サン銀貨一枚でサン銅貨百枚、サン銀貨百枚あればサン金貨一枚に替えてもらえる」


 ふむふむ。

 となると銅貨が一枚十円で、金貨は一枚十万円くらいだな。

 つまり、光の塔に入るのに必要なのは金貨十枚だから約百万……円……


「……」


「どした?」


「パルティア教って……」


「教って?」


「グリネオに支配されてないんスよね?」


「ない」


「だったらもともと、怪しいツボを高値で高齢者に売りつけたりする宗教とかなんスかね?」


「パルティア教バカにしてる?」


「めっそーもない」


「パルティア教は世界で最も歴史のある宗教だ。怪しいツボを売ったりしない」


「百ま……金貨十枚ってこっちの人にとっては高くないんスか?」


「超高い」


「じゃあ、簡単に光の塔に入れないじゃないっスか」


「うむ。なので、中へ入れるのはパルティア教の一部の聖職者と、お金に余裕のある者だけだ」


「なーんだ……」


 しょむない。


「……まぁ、私はたとえサン金貨十枚分以上寄付しても入れないかもだけど」


 リィザが急にしょんぼりしだした。


「何で?」


「ククが光の塔で……何してるんだ?」


「どうしました? ……何やってんの」


 ずい分静かだと思ったら、ククがこちらに背を向け、しゃがんで何かしてた。


「傘を消臭草で擦ってんの」


「「傘?」」


 リィザと二人でククの手元を覗いてみた。


「ああ、僕があげたやつか」


 僕が召喚された時に持っていたビニール傘だった。


 グリードワームの縄張り近くの水場で、みんな一緒に消臭草という臭い消しの草を体や服にこすりつけて臭いを取っていた時、傘のことを思い出して取りに戻ったのだが、壊れてるし餅球ついてるし持ってても使えないよな、でもポイ捨てするのもな、と困っていると僕の後についてきたククが、「なにそれ!?」と食いついてきたので、「壊れてるけどいる?」「いる!」「どうぞ」とプレゼントしたのだった。

 プレゼントした後水場に戻り、ククは嬉しそうに傘についた餅球を取って消臭草で傘をこすっていた。

 その時、「その傘どうすんの?」と尋ねても「ムフフ」と笑うばかりで教えてくれなかった。なので、


「それどうすんの?」


 もう一度尋ねてみた。


「あんたまだわかんないの? ま、あっさりアタシにくれるくらいだから、あんたの世界では珍しいもんでもないんでしょうね」


「つまり?」


「売るのよ」


「傘を?」


「そ」


「もっかい言っとくけど、それ壊れてるよ?」


 傘は、何とか閉じられ臭いもほぼ消えているが、開かないだろうし、骨は折れてるし、ビニールも破れてる箇所がいくつかあった。傘としてはもう使えない。しかも、百均で買った安傘なのに。


「別に使えなくてもいいのよ。透明な布ってだけで十分珍しいんだから」


 珍しいねぇ。

 リィザも「こんな透明な布初めて見た」って言ってたな。

 こっちの世界ってビニールないのかな。


「でも、臭いは完璧に消しといたほうが高く売れるだろうからね」


 そう言って傘のビニール部分を消臭草で熱心にこするクク。

 売れるのかな?


「売れます?」


 リィザに聞いてみた。


「銀貨十枚くらいにはなるんじゃないか?」


 銀貨十枚……一万円くらいか。これが?


「何言ってんのよ。金貨一枚で売ってやるわよ。フフフ」


 金貨一枚となると約十万円。これが?

 高値で売れると確信しているのか、ククは汗をかきながらも欲にまみれた笑顔で消臭草を傘にこすりつけている。


「金貨一枚ねぇ。で、姐さんはさっき何を言いかけてたんです?」


 『ククが光の塔で』の続きが気になる。


「ん? ああ、前に来た時光の塔へ行ってな、塔に入ったところにある待合室のようなところで、中へ入る条件を教えてもらったんだけど、その後ククが……はふぅ~」


 ため息をついてうなだれるリィザ。


「何やったの?」


 続きはククに教えてもらおう。


「アタシ何もやってない」


「ホントに?」


「ちょっと暴れただけ」


 やってんじゃん。


「んで、追い出された」


 されてんじゃん。


「リィザも」


 とばっちりじゃん。


「どうして暴れたのさ?」


「サン金貨十枚分寄付してないとダメって言うからマケてって言ったの」


 寄付金マケてなんて言葉初めて聞いた。


「けど無理っていうから暴れりゃ何とかなるかと思って」


 発想がチンピラ。


「……もう塔に行けない」


 もうお嫁に行けないみたいに言うリィザ。ぼんやりとした眼差しで光の塔を見つめる横顔が儚げで哀愁を誘う。お気の毒に。


「大丈夫だって。お金さえくれてやれば入れるわよ」


「寄付な。そうかな……」


「あいつらが自分で言った条件だもん、嫌とは言わせないわよ」


 嫌とは言わないだろうけど、嫌そうな顔はするだろう。


「よしっ。こんだけ臭いを消せたら上等でしょ」


 ククがビニール傘を持って立ち上がった。


「さ、行きましょ」


「うん」


「ん」


 はりきっているククに続いて僕とリィザも、夕焼け色に染まる景色を眺めながら街へと歩き出した。

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