72.生きてるのか……
馬車が左へ曲がったところで同じく左へ進む際、T字型で道標と思われるものが道の端に立っているのを発見した。
T字の横棒部分に当たる板には、三角と四角と点で作られた文字と矢印が書いてある。
トレアドールはこちらってところだろう。
……少し斜めに立っているのが気になる。
これから初めての街体験なので、スッキリした気持ちで向かいたい。
普段は、こういった公共物はいじらないんだけど、今日だけ大目に見てもらうとしよう。道標に歩み寄り、
「ん〜………………これでよしっと」
真っすぐに立てた。満足。
「何やってるんだお前?」
「勝手に動かしたら怒られるわよ」
不思議そうにこっちを見ているリィザとクク。
「大丈夫大丈夫。歪んで立ってた道標を真っすぐにしただけだから」
「は?」
「へ?」
二人から漏れ出る抜けた声。
「あれ? これって道標じゃないの?」
「いや、道標だけど」
「うん」
「でしょ? それが斜めに立ってたから直しただけ。問題ないでしょ?」
「まぁ、ないけど……」
「変なこと気にすんのね」
「そう? さ、行こ行こ」
道標で、この先にトレアドールの街があるんだと教えられたからか、気分が高揚してきた。
人がたくさん集まる街か。
さぞかし大きいんだろう。
「姐さん姐さん」
「どうした?」
「トレアドールに人がたくさん集まるんだったら、クロアも街に来てるんじゃないっスか?」
捜索依頼出すまでもなく見つかるかも。
「クロアはこの街にはいないだろうな」
「でしょうね」
リィザに同意のクク。
「そりゃまた何で?」
「二十日ほど前、トレアドールの街へ行ってからカラムの街へ行こうって話し合ったんだが、クロアは不機嫌そうに、『私はいい』と言って先にカラムへ行ってしまったんだ」
「ミラとレアはクロアについて行って、アタシとリィザの二人でトレアドールへ行ったの」
一度来たことがあったのか。
「でも落ち着かなくてな」
「結局一泊しただけで、早朝にはカラムへ向かったのよね」
「ふーん」
会いたくない元カノでもいるのかな。
「だから今回は、前に行けなかったとこ全部回りましょ。リィザも行きたいところいっぱいあるでしょ」
「それはあるけど、それよりもクロアを」
「あんた最近ゆっくり休めてないでしょ? だからひとまずリフレッシュの意味で街を楽しみなさい」
「今朝はしっかり睡眠取れた」
「心のほうは休めてないでしょ。クロアの心配ばっかりしてさ」
「……」
「心だって病気になるのよ? 病気になったらクロア捜すどころじゃないでしょ? クロアを捜すために休むの。いいわね?」
「……でも」
「いいわね?」
「…………わかった」
渋っていたが、最終的にはコックリ頷くリィザ。
押し切られたような形だが、ククの言う通り休むことも大切なのでこれでいいと思う。
「よしっ、決まり! アタシ、今回こそあの魚料理のお店に行きたいのよ」
「わ、私は、聖女様の生家とか、聖女様の記念館とか、光の塔ももう一度近くから見てみたいんだぁ、フフフ」
女の子二人、話に花を咲かせながらどんどん先へと歩いていく。
何だかんだと言いながらも、リィザも楽しみな様子だ。
「クロアねぇ……」
トレアドールの街にいないのか、ウチのイケメン大将は。
ならば一体どこへ行ったんだろう。
リィザに心配かけて、まったく。
クロアと最後に会ったのは三日前。
みんなとケンカになったり、不快な気配が出たりした日だ。
クロアが突然いなくなるような兆候はあっただろうか?
「う~ん……」
……
◇◆
「おい」
「……」
「おい、バハムート」
「……」
「おいってば」
「……リィザさん、ひとつ気になることがあるんですけど聞いてもいいですか?」
「言ってみろ」
「ミラはビキニアーマーの下に下着をつけてるんですか?」
「……少し目を離したスキにどうしてそんなことを考えてしまうんだお前は」
「不思議なこってす」
「エロムート。もうじき街が見えるぞ」
「え!? ホント!?」
「ホント。この丘を登れば……あっ、待て! リーダーより先に行くな!」
「走ると危ないわよー」
リィザを無視してククを追い抜き、緩やかな上り坂を一気に駆け上がった。そして、視線の先には、
「……街だ」
初めて目にする異世界の街があった。
「街だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! すっげーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
眼下に広がる景色に感動が溢れ、おもいっきり叫んだ。
リィザの言っていた通り街は盆地の上に築かれており、丘の上からはトレアドールが一望できた。
一番に目に入ったのが、この街の象徴のように風景のど真ん中にそびえたつ白い塔。斜めになっていないピサの斜塔のようだ。
隣にある白い建物と相まって、厳粛な空気をまとっているように感じる。
塔の背後には、夕陽にきらめく水面が美しい、森に囲まれた広大な湖。
塔よりこちら側には、オレンジ色の屋根が目に映える、巨大都市と呼んでいいほど立派な街。
さらに手前には農耕地帯が、坂を下りきった道の左右に広がっていた。
「ついに来た! 僕は街へ来たんだーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「リーダーより先に行くとはけしからんやつだ。しかし今日は特別に許してやろう。街が見れて良かったな、バハムート」
「向こうへ還ったらパパさんやママさんにお土産話したげなさいよ」
後ろから追いついてきたリィザとククが優しい表情で言ってきた。
どうやら僕がド田舎出身という設定はまだ続いているようだ。
「ほえ~……ここまで大きな街とは思わなかったなぁ」
今僕が立っている道は、白い塔まで真っ直ぐ伸びているようだが、その塔までは、歩いて一時間以上かかるだろう。
「三百年前は、湖のほとりに数えられる程度の家屋が建っているだけの、何もない小さな村だったが、聖女様が魔人グリネオを倒してから村に人が集まり始め、どんどん発展していったと聞いている」
「へぇ~。トレアドール、最高の眺めですよ」
街、白い塔、湖。それらがあるべくしてそこにある、というように完璧な調和をみせていた。
「ずっと見てられるかも……」
「うむ」
「きれいよね」
リィザとククも僕と同じ気持ちだ。
「あの極悪非道な魔人グリネオでさえも、この景色を見て、乗っていた馬車を止めてくれと言ったほどだからな」
どことなく誇らしげなリィザ。
悪魔人間をも魅了する眺めか。
「でもわかる話ですよ。森に囲まれている湖だけでも見惚れちゃいますよね」
「ん? いや、街の規模の差はあれど、グリネオが見たのは、今私達が見ている景色とほぼ同じだ」
「……へ? 何で? ここが街に発展したのって、グリネオ倒した後って言わなかった?」
「言った」
「だったらグリネオはこの景色見れないじゃないっスか」
「何で?」
「何でって……何で?」
「ん~?」
「ん~?」
仲良く首を傾げた。
「……えーと、僕の記憶だとリィザさんは、三百年前にグリネオは勇者様達によって倒されたって言ってたと思うんですけど」
「うん」
「だったらグリネオはお墓の下なんだから、この景色は見れないでしょ?」
「いや、お墓はない」
「あ、そっか。悪者のためにわざわざお墓は建てないですよね」
「そうでなく、死んでないからお墓はない」
「…………え?」
死んでない?
「今もまだ生きてる」
「……」
今もまだ……。
「お前もしかして、グリネオは勇者様達によって殺されたと思ってたのか?」
「……ええ」
もしかしなくても、それ以外思ってなかった。
「あのな、勇者様はグリネオを倒し、動けなくなったグリネオの体から悪魔を払い、その場で封印して、グリネオの身柄はパルティア教の大聖教様に預けたんだ」
「……そうだったんですか」
倒したってのは、殺したってことじゃなかったのか。
「いや、でもそれって三百年前のことですよね? その時死んでなくても、もう寿命で死んでるでしょ?」
「だから、生きてるってば」
「……まさか、こっちの人の寿命って三百年以上あるの?」
「そんなにない。八十年ってところだ」
僕達とあまり変わらない。
「だったらどうして?」
「話しただろ。悪魔をその身に宿したって」
「……つまり?」
「神をその身に降ろした状態と同じになるだろ」
「……つまり?」
「そういうことだ」
「……」
なんもわからん。
「あの、もうちょい詳しく」
「お前物分かり悪いな」
僕の物分かりが悪いわけじゃなく、リィザの説明の仕方に問題があると思う。
「神を体に降ろすと不老長寿になるだろ?」
「……」
「それと同じで、悪魔を身に宿した者も不老長寿になるじゃないか」
「……」
なるじゃないかと言われても、そんなぶっ飛んだ話知るわけない。
神様を降ろす?
不老長寿?
そんなことができて、そんな体になるの?
んで、悪魔でも不老長寿になるって?
一応は理解できた。
できたけれど、受け入れるのは時間がかかりそう。
話の内容が突拍子もなさすぎる。
神様っているんだな。
まぁ、悪魔もいるわけだしいるか。
そっか、グリネオ生きてるのか……。




