71.スーパーバカムート
「じゃあ、先を急ぐぞー」
「へーい」
「あーい」
リィザの声に元気無く返事して歩き出す僕とクク。
ハムのせいでどっと疲れがきた。
「トレアドールの街ってまだですか? それらしいもんが全然見えてこないんですけど」
「あっちに丘があるだろ? あの丘を越えた先は盆地になってて、そこに街があるんだ」
リィザが指で示す方向は、道をまっすぐ進んでから左へ曲がって、しばらく行ったところにある小高い丘だ。
残り一キロってところか。なんだ、もうすぐじゃないか。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ
「ん? 何の音?」
音が聞こえてくる後方を振り返った。
夕陽が逆光になってて見えにくい。
手を額にかざして目を細め見てみると、
「むー……お。馬車? あれって馬車じゃない?」
二頭の焦げ茶色の馬に引かれた幌つき馬車が、こちらへやって来るのが見えた。
「ああ、乗り合い馬車だな」
リィザも眩しそうな表情で後ろへ目を向けた。
「おお~、馬車だ。カッコイイな~」
「どうして馬車見て軽く驚いてんの?」
ククが馬車に道を空けるためか端のほうへ寄ったのを見て、僕とリィザもそちらへ移動した。
「だって僕、馬車見んの初めてだし」
「初めて?」
「馬車が?」
リィザとククが揃ってビックリ顔。
映像では見たことあるけれど生は初めてだ。
「……お前、どんなド田舎に住んでるんだ?」
「……いや、ド田舎にだってボロくても馬車くらいあるでしょ。きっと超山奥の小っさい集落に住んでんのよ」
「それで異常なくらい街々言ってたのか……」
「こいつホントに学校行ってんのかしら……」
勝手に勘違いして、かわいそうな目と疑わしげな目を向けてくる二人。
いつかきっちりと説明する必要があるな。
馬車は特に急ぐこともなく、僕達よりも少し早い程度の速度で進んでいる。
「……あっ、人だ! 人がいる!」
アゴ髭を生やした、半袖シャツにハンチング帽をかぶったおじさんが、馬の手綱を握って御者台に座っていた。
「あの人って御者さんでしょ!? ね!? ね!?」
「ああ、そうだぞ。よく知ってるな。えらいぞ。」
「よかったわね、御者さん見れて。ほら、たんとご覧なさい」
「……」
イラっとするなぁ。もうほっとこう。
馬車が近くまで来たところで、
「こんにちはー!」
御者さんに笑顔で挨拶した。
「おう、こんにちは」
おじさんもニッコリ挨拶。
気のいい優しそうな人だ。
あのハム挨拶も返さなかったもんな。
「トレアドールへ行くんですか?」
「ああ。兄ちゃんたちもだろ?」
「はい、そうです」
「気ぃつけてな。つってもすぐそこだけどよ」
「ありがとうございます。おじさんも気をつけて」
手を振ると、おじさんも目尻に笑い皺を作り、日に焼けた筋肉質な右手を手綱から離し振り返してくれた。
そのおじさんの上の幌のところに、四角と三角と点で構成された、文字のようなものが書いてある横長の板が引っ掛けられていた。矢印っぽいものも書いてある。
「おじさんの上にある板に書いてあったのって、こっちの文字っスか?」
歩く僕達の横を通り過ぎて行く馬車を眺めながらリィザに尋ねた。
「うむ。カラム、右向き矢印を挟んでトレアドール、と書いてある。カラムの街からトレアドールの街へ行きますよ、という意味だな」
矢印はそのまんまなんだな。
「カラムって、僕がリィザさんに連れて行ってくださいと頭を下げて頼み込んだのに、貴様のようなフナ虫にはこの廃村がお似合いだって言って連れて行ってくれなかった『木こり蟹』とやらを届けに行った、あの?」
「違うがそうだ」
「ふぅん」
馬車の荷台につけられている幌は、後ろ側は覆っておらず中が丸見えで、そこには数人の人影を見ることができた。
そのうちの小さな男の子と女の子が、僕達を見つけて笑顔で大きく手を振ってきたので、僕も微笑みながら両手を振って応えた。
世界は違えど子供が可愛いのは一緒だな。
「リィザさんもあの馬車に乗ってくれば、もっと早く安全にトレアドールへ行けたんじゃないの?」
ハーラスの村からカラムの街へ『木こり蟹』を届けに行くと言ったとき、夜明けまでには帰ると言っていた。
あの時点で夜明けまでは約八時間だったはず。
ということは、ハーラスからカラムまでは片道三~四時間だ。
しかし、今朝ハーラスの村を出たリィザがトレアドールの街にたどり着くまでの時間は、リィザが村を出た時間を遅くても九時ごろだと考えると今は五時か六時くらいだから、八時間か九時間ほどかかっている計算になる。
ならば、カラムの街に一度出てから馬車に乗ったほうが早いし安全なんじゃないのかな? と思うのだが……
「ウフフ、ウフフフ」
リィザ話聞いてない。
表情をとろけさせて子供たちに手を振っている。
「そんなことないわよ」
小さく手を振っていたククが代わりに答えてくれた。
「何で?」
「安全ではあるけど早くはないもん。多分馬車だと……二日と少しかかるんじゃないかしら」
「そんなに? でもあの馬車、歩いてる僕達より速度は上だよ?」
「そういう速さでなく、馬車は森を囲む道を進むから、森を突っ切ってきたアタシ達よりも早く着くことはないって言ってんの」
……ん~?
「……そもそもの話なんだけど、この辺りの地理ってどんなかんじ?」
「え~と、まずアタシ達のいた森の名前が『始まりの森』。森のド真ん中より南にハーラスの廃村。さらに南へ進んで森を抜けるとカラムの街。逆に北へ抜ければトレアドールの街ね」
すごくおおざっぱな気がする。
「始まりの森って上から見るとどんな形?」
「東西に超がつくほど広がってる楕円形ね」
「ふむふむ……太陽が昇る方角と沈む方角ってどっちからどっち?」
「基本、東から西」
地球と一緒。
なるほどなるほど。
馬車だと二日ちょっとかかる理由がようやくわかった。
「そういうことか。よっぽど横長の森だったんだね」
「うん」
「僕が最初に喚ばれたのも始まりの森?」
「うん」
「僕が最初に喚ばれた場所だから始まりの森って呼んでるの?」
「ううん」
パコッ
「あたっ」
「そんなわけないだろ」
リィザに頭はたかれた。
「もう子供に手振らなくていいの?」
「馬車が左に曲がったからな」
言われて見てみれば確かに。
「小さい子はいいな」
リィザの肌ツヤツヤ。
目キラキラ。
言葉ヤバめ。
「始まりの森というのは、今から三百年前、勇者様と聖女様があの森で出会い、魔人グリネオを共に倒そうと決意したことから付けられた名前だ」
「え!? 勇者様と聖女様が!? そうなの!?」
「うむ。そしてお二人は、十五の歳で世界を救う旅に出発されたのだ」
「十五で!? ほえ〜、若いのにたいしたもんだ」
僕が十五の頃なんてエロいことしか考えてなかったよ。
「でも、そんなすごい森で初召喚された僕って、将来第二の勇者になるかもですね」
「今から行く街は、聖女様の生まれ故郷だぞ」
「おお! 名前が同じだと思ってたけどまさか故郷とは!」
「元は違う名前だったが、聖女様がご活躍されたことで名前が変わったのだ」
「そうだったのか。だったら僕が活躍したら、森の名前が『異世界より召喚されし勇者バハムート生誕の森』に変わるかもですね」
「ククはトレアドールまでクロアの手がかりを探しに行こうとしてたのか?」
「ううん。森の中だけで探そうと思ってた。リィザは何でトレアドールへ行くことにしたの?」
「それ僕も聞いてなかった」
「『セイヴズ』へ行って、一応クロア捜索の依頼を出そうと思ってな」
「ああ、なるほど」
「指名手配っスね」
「それに光の聖女様はパルティア教徒で、トレアドールはパルティア教信者にとって聖地のような場所なんだ、バカムート」
「そうなのですか」
「だから世界中からたくさんの人が集まるんだ、バカムート」
「そうなのですか」
「中にはクロアを見たという人もいるかもしれないんだ、バカムート」
「そうなのですか」
「それらの理由でクロアを『普通に』捜すためにトレアドールへ行くのだ。わかったな、スーパーバカムート?」
「そうなのですか。きっとクロさんも見つかることでしょう」
「だろ?」
「ところでレイピアの剣先がほっぺに当たってます」
「そうか」
「そろそろ離していただいても?」
「何か言うことは?」
「クロさんバンザイ」
「以後気をつけるように」
リィザがレイピアを鞘にしまった。
「お前勇者無理」
今頃言われた。
レイピアが当てられていたところをククに見せる。
「血出てない?」
「アホ」
多分大丈夫だろう。
「セイヴズってトレアドールにあったんだね」
「トレアドールだけじゃないわよ。世界各地の大きな街には、だいたいセイヴズの支部があるもん」
「え? そうなの?」
「うん」
グローバル展開してる組織だったのか。
「姐さんが馬車を利用しなかった理由って、早くトレアドールにあるセイヴズへ行きたかったからなんですね」
「うむ。クロアは戻ってくるだろうが、何か問題が起こって身動きが取れなくなってる可能性もあるからな」
身動きがねぇ。
「ハーラスの村の周辺はもう探さないんスか?」
「クロアがいなくなって三日経った。ケガをして動けない状態だったとしても、頭のいいクロアなら三日もあれば居場所を伝える方法を思いつくはずだ。しかし何もない。だから村の周辺にはいないと判断した」
それでトレアドールへってわけね。
見つかっても、仲間の荷物を盗んで逃げたんだし、クロアに戻る気はないと思うけどな。




