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70.ハム

 短い草を踏み、長い草をかき分けるククについていくと、人の頭くらいの石の陰に白と茶色のまだら模様の毛玉を見つけた。


「あら、ハムスターね」


「おおっ、ハムスター!」


 こっちの世界にもハムスターいるのか。


「ハム可愛いなぁ」


 リィザうっとり。


「ハムスターはどう?」


「いける」


「いよっしゃっ」


 ガッツポーズ。


「はいみんな、ここでちょいストップ」


 ククが止まり、僕とリィザも一旦停止。


「ねぇあんた、ちょっとそっち行っていいかしら?」


 距離を置いてククがハムスターに話しかけた。


「キュ」


 ハムスターが小さく鳴いた。


「いいって」


 いいらしい。

 ククが再び前へ進み、僕とリィザも後を追う。

 ハムスターは、僕達が近づいても逃げる様子はなく、種のようなものをカリカリ食べていた。


「まったく怖がってないね。本当に会話できてるんだ。ククすげぇ」


「何度も言わなくていいってば。ウフフフ」


 三人して歩を進め、ハムスターの傍まで来たところで足を止めた。


「はわわ~。か、か~い~なぁ~」


 リィザますますうっとり。

 でも、そうなるのもわかる。

 前脚で種を持って食べる姿がもう最高。


「突然悪いわね。こいつがどうしても、アタシが動物と話してるところを見たいって言うもんだからさ」


 ククが僕の肩をポンポンと叩きながらハムスターに説明した。


「キュ」


 いったん食べるのをやめて、ハムスターがひと鳴き。


「何て?」


「『そう』って」


「おお~」


 会話してるよ。


「と言っても何を話せばいいのか……バハムート」


「何?」


「あんた話してみなさいよ」


「え!? いいの!?」


「いいわよ。アタシが通訳してあげるから」


「やった! ありがとうクク!」


「いいわよ。ウフフ」


 まさかハムスターと会話できる日がくるとは。


「この子に直接話しかけなさい。動物って人間の言ってることなんとなく理解できてるから」


 そうなのか。


「それじゃあ……」


 ハムスターの前に膝をついた。

 まずは挨拶からだよな。てことで、


「こんにちは!」


 元気よく声を出した。


「キュ」


「……何て?」


 ククに尋ねた。


「『声がデカい』って」


 あー、そっか。

 こんな至近距離なんだからうるさいよな。確かに確かに。では改めて、ボリュームを下げて。


「こんにちは」


「キュ」


「……何て?」


「『もう聞いた』って」


 あー、そっか。

 一回目も声が大きかっただけで、挨拶は挨拶だもんな。なるほどなるほど。じゃあ、


「お名前は何ですか?」


「キュ」


「……何て?」


「『俺が先?』って」


 あー、そっか。

 相手に名前を聞く前に、自分が名乗るのが礼儀だよな。失敗失敗。「俺」ってことはこのハムスター男の子か。じゃあ、もう一度、


「僕の名前はバハムートです。君の名前は何ですか?」


「キュ」


「……何て?」


「『ウケる』って」


 あー、そっか。

 僕の名前がおかしかったんだな。人間なのに召喚獣の名前だもんな。このハムスター、バハムート知ってるんだな。ふむふむ。

 まぁ、笑ってもらえたなら場の空気も和んだってことで良しとするか。じゃあ次は、


「君が食べてるのは何ですか?」


「キュ」


「……何て?」


「『超ウケる』って」


 ……あー、そっか。

 まだ笑いが収まってなかったのか。表情に変化がないからわからなかった。うんうん。もう笑い終わったかな。それじゃあ、


「君が食べてるそれ、おいしい?」


「キュ」


「……何て?」


「『腹いてー』って」


 …………あー、そっか。

 たくさん笑ったからね。たくさん笑った後ってお腹痛くなるもんね。わかるわかる。もうお腹痛いの治ったかな? それじゃあ、


「お前はバカですか?」


「キュ」


「……何て?」


「『え? 何? キレてんスか? ちょっとそれっておかしくないっスか? そもそも俺の食事中にいきなり話しかけてきたそっちに問題があるんじゃないんスか? 食事の邪魔して悪いね、の一言くらいあるのが普通じゃないんスか? それなのに何キレてんスか? それともあれっスか? 人間様がハムスターごときに話しかけてんだから、食事中だろうが何だろうが返事すんのが当たり前だろって言いたいんスか? その考え方ってどうなんスか? ヤバくないっスか? 何とか言って下さいよ人間様?』って」


「……『キュ』に対して尺がおかしくない?」


「それは人間の感覚でしょ。言ってるもんは言ってるの」


「キュ」


「……何て?」


「『お前みたいに自分勝手な人間が、興味半分で動物を飼って、面倒臭くなったら平気でこんな草原に捨てるんだ』って」


 ……こいつ、人間にひどい目にあわされて、それでここに……。


「……お前、けっこう苦労してるんだな。悪かったよ、バカとか言って」


「キュ」


「……何て?」


「『俺のほうこそ、あんたには何の罪もないのに理不尽な怒りをぶつけちまったな』って」


 ハム……。


「いや、お前が怒るのも当然だ。同じ人間として、お前の元御主人様に代わって謝るよ。ごめんな」


「キュ」


「……何て?」


「『気にすんな』」


 小さいのに心の広いヤツだ。


「『俺は生まれも育ちもこの草原だから』って」


「確かに気にする必要ねぇよコンチクショウがぁぁぁっ!」


 捕まえようと手を伸ばしたが、僕の手をかいくぐってハムは逃げていった。


「待てゴラァァァァァッ!」


 草をかき分け追いかけるが見つからず、


「出てこいクソハムスタァァァァァッ!」


 草原に響き渡る大声で叫んだ。すると、


「キュー……」


 遠くから、微かにひと鳴き聞こえてきた。


「……何て?」


「『死ね』って」


「………………クク」


「何?」


「火、ある?」


「やめときなさい。ここを火の海にしたらあんた犯罪者よ」


 ククに背中を押され、道のほうへと歩き出した。


「結局こうなっちゃったか」


 ククが後ろから疲れた声で言ってきた。


「こうなるってわかってたの?」


「わかんないわよ」


「でも今結局って」


「どうせ、『こんにちは!』って言ったら相手も『こんにちは!』って元気よく答えて、『それおいしい?』って聞いたら『うん! とっても!』ってのを想像してたんでしょ?」


「うん、まぁ……」


「でも、あんたがいきなり見ず知らずの他人に、『名前は?』『それおいしい?』って聞かれたら、『え? いきなり何こいつ?』って思うでしょ?」


「……思うかも」


「それと同じってことよ。中には気のいいやつもいて明るく対応してくれることもあるけど、今回みたいなこともあるってこと」


 なるほどな……。

 それでククは、「期待してたのと違うからって、後で文句言わないでよ」って言ってたのか。


「あんたら主従揃って都合のいいように妄想しすぎ」


「主従?」


「う」


 ククの後ろを歩くリィザから、気まずそうな声が漏れた。


「姐さんもなんかあったんスか?」


「……ククが動物と話せると知って、通訳を頼んで、森にいたリスさんと話した」


「どうでした?」


「『こんにちは!』って挨拶したら『は?』って言われて、『今何してるんですか?』って聞いたら『ふざけんじゃねぇっ!?』ってキレられた」


 短気なリス。


「そこから、『せっかくこっちが忙しい中手ぇ止めて話を聞いてやろうってのに何くだらねぇ質問してやがんだこのガキャアッ! だいたいテメェら人間はなぁ……』って、陽が暮れるまでお説教された」


「通訳するアタシも大変だった……」


「それはそれは……」


 リィザに比べたら僕まだマシかもな。

 つーか、リスさん忙しいんじゃ?


「リィザ、最後のほう泣いてたし」


「心の汗だ」


 意味わからん。


「ま、そんなわけでね、動物と話すのは人間に話しかけるのと同じで、できるだけ用事があるときにしなさいってことよ」


 土の道まで戻り、ククが僕の背中をペシペシと叩いてから手を離した。


「なるほどね」


 動物にも動物の事情があるんだな。

 経験してみないとわからないもんだ。

 これからはもっと動物たちの気持ちも考えるとしよう。

 あのハムは許さないけど。

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