7.ほうれい線
「どしたの?」
「……忘れ物した」
あらら。
「そりゃまた何を?」
「お前に借りたDVD」
あぁ、言われてみれば返してもらってなかった。
「どこに忘れたの?」
「机」
「なんでわざわざ鞄から出して机の中に」
「の上」
「なんでわざわざ鞄から出して机の上に!?」
「あの頃のことは、もうあまり思い出せない……」
「思い出したくない悲しい過去について尋ねられたイケメン主人公みたいなセリフ言ってる場合じゃないでしょ!」
先生に見つかったら間違いなく没収だよ。
「取りに戻る。先に帰っててくれ」
「はぁ……この先にあるコンビニでのんびり待ってるよ」
「すまんな。では行ってくる」
サクは、自転車を方向転換し、猛スピードで学校へと戻って行った。
もし没収されてたらどうしよう。
うちのクラスの担任って、二十代後半の女性なんだよね。
エロいDVDのことでお説教されるのはキツイな……。
「……とりあえずコンビニ行くか」
再びペダルを漕ぎだす。
「さっき何考えてたっけ…………あぁ、そうそう」
『喚ばれた』ってやつだ。
景色が森から自分の部屋に戻る前、多分金髪ガーターベルトさんだったと思うが『またヨぶ』って言ってた。
その時は、バハムートバハムートって何度も呼ぶな、と思ったけれど、『呼ぶ』ではなく『喚ぶ』ってことだったのかもしれない。
もしそうならば、僕の部屋に森や巨大蚊や変人プラスお漏らしポメラニアンが現れたわけではなく、僕がどこぞに喚ばれたってことになる。
なるほど、その発想があったか。
しかもまた喚ばれる、と。
なるほどなるほど。
「ないな」
あり得ないし起こりえないし意味わからない。
そういうのは、マンガや小説やゲームの話にはあっても、現実にはない。
だいいちあの人達日本語喋ってたし。
仮に、何億分の一か何兆分の一くらいの確率で別の世界に喚ばれるとしても、それは特別強い人や頭の良い人、または優れた何らかの技術を持った人に起こるというイメージがある。
別段何のとりえもない僕に起こることではない。
違う世界に行けるというなら行ってみたくはあるが。
もちろん還ってこれること前提で。
「う~ん……やっぱり夢なのかなぁ。もしくはドッキリとか」
海外のドッキリってムチャクチャするからな。
でも、どうして海外の人が僕をだまそうとしてるんだろ?
そして、ドッキリだとしたら僕は気づいていないフリをしたほうがいいんだろうか。
「いや、でも、う~ん……」
まったく答えが出てこない問題を、それでも首を捻って考えながら自転車を漕いでいると、前方に、歩道をふさぐように横に広がって僕と同じ進行方向に歩く四人組の姿が見えた。
男の人が二人。女の人も二人。
服装は、男子が黒のズボンに白の半袖カッターシャツ。女子が黒のスカートに白の半袖カッターシャツ。
うちの学校の生徒だ。
ただ、男子はボーズと茶髪で、女子は茶髪と金髪。
間違っても自転車のベルを鳴らして、道を開けてくださいとアピールしてはいけない類の人達だ。
とはいえ、ここは歩道。
読んで字のごとく歩く人のための道なので、はなから鳴らすつもりはない。
四人との距離が狭まってきたので一旦車道へ降りるため車体を右側へ寄せた。
「ね〜、聞いて〜」
けれど車道へ移る前に、一番左にいた声がやたらとガラガラな茶髪女子が、右隣の茶髪男子の腕に甘えた声を出して自分の腕を絡めくっついたため、左側に自転車一台が十分通れるだけのスペースが空いた。なので、
(車道に降りてまた上がるの面倒だし、今のうちに通っちゃえ)
と思い自転車を左側スペースへ向けた。
急いで通り抜けるため速度を上げる。しかしそこで、
「ちょっと~、聞いてってば~」
茶髪女子が、男子の腕を引っ張って元いたポジション――自転車の進路上に戻ってきた。
「うわぁっ!?」
あわててブレーキをかける。
だが、このままでは止まりきれず女の子にぶつかると判断し、ハンドルを左へ切った。
その結果、車体は歩道脇にある電柱に衝突。僕は、倒れる自転車から脱出するもバランスを崩し、軽く体当たりをするように茶髪男子に抱き着いてしまった。
「ビ、ビックリしたぁ~」
「ビックリしたのはこっちだよ! 痛てぇだろうが!」
声を荒げる茶髪男子。
マズイと思い、すぐさま顔を上げ謝ろうとしたが、
「離れろボケッ!」
「わっ!」
その前に突き飛ばされ、自転車の上に背中から倒れた。
「いぎっ!」
ペダルに腰をえぐられた。
メチャクチャ痛い。
「それもこっちのセリフだ! カス!」
「てめぇ何さらすんや! あぁん!?」
激痛にうめく僕などどうでもよさげに、茶髪とボーズの男子二人が眉を吊り上げ僕をニラんでいた。
腰の痛みをこらえて立ち上がる。
「いつつつ……す、すみません。ケガはないですか?」
四人のカッターシャツの胸ポケットにある校章の刺繍が緑色。
一年生は青。二年生は赤。
なのでこの人達は三年生だとわかり、敬語で謝罪した。
なにも押さなくても、とは思うが非は自分にあるので、あくまで低姿勢に。
「テメェケンカ売ってんのかコラァッ!?」
抱き着いてしまったほうの、茶髪でやたらとこんもりしているちょい前のホストを思わせる髪型の、極細眉毛で鼻や口が前のめりな形をした、目つきの悪いイワシのような顔の男子上級生がまた怒鳴ってきた。
「そんなまさか。みなさんの左側を通り抜けようとして、でも通れなくて運転を誤って倒れちゃったんです」
「それは俺らが邪魔だってゆうてやがるのんかい!? あぁん!?」
こちらもえらく怒っている、変な関西弁を話す、やたらと腰の位置が低くてガニ股な、もう一人の男子上級生。
両サイドにそれぞれ三本のラインが入ったおしゃれボーズ頭に青筋を立て、進化を拒んだ縄文人のように四角い顔を上下にカックンカックン動かし、黒豆みたいに小粒な目をすがめ、こちらをすごんできた。
「いえ、ここは歩道ですからみなさんに問題はないです、はい」
「だったらきっちり謝ってやらんかいや! クソガキッ!」
ゲシッ
「あたっ」
縄文人に足を蹴られた。
「おら! はやく謝ってやれや! このノロマ!」
「……オス、了解です」
イワシのホストを見る。
「えっと、この度は痛い思いをさせたうえ、ビックリさせてしまい」
「ビックリしてねぇよ! 俺がビビったみたいに言ってんじゃねぇ! マヌケ!」
……さっき、ビックリしたのはこっちだって言ってたじゃん。
「ワレェやっぱりケンカ売ってるんじゃろ! おぉう!? このドアホウが!」
……押したり蹴ったり……マヌケだのアホだの……
「……いえいえ、ケンカ売ってないです。イワシのホストさんにもオシャレ縄文人さんにもちゃんと敬意を」
「誰がイワシのホストだゴラァッ!」
「誰がシャレオツ縄文人じゃボケェッ!」
ちゃんと自分のことだってわかるんだな。
じゃなくて、うっかり口を滑らせてしまった。
特徴ありすぎるから。
あと、イラっときてたから。
二人は顔を真っ赤にして怒ってる。
言うんじゃなかった。
どうしよう。
「ちょっと~、いつまでバカの相手してんの~」
僕が困っていると二人の後ろから、さっきイワシにじゃれついていた声がガラガラの茶髪女子が顔を覗かせた。
「こんな頭悪そうなガキさっさとボコっちゃえばいいじゃ〜ん。早く遊び行こうよ~」
そう言ってまたイワシに腕を絡めじゃれつく色黒ギャルの………………おばあちゃん?
服はうちの学校の制服なんだけど、ギョロリとした目玉、こけた頬、穴が正面から丸見えの豚鼻、伊達じゃあ刻めないほうれい線、パサパサの髪をギャルっぽくセットして、JKのコスプレをした悪霊一歩手前の黒いおばあちゃんがイワシに憑依しているように見えた。
高齢入学か、それとも超留年してるんだろうか。
「……」
「ギャハハ~、こいつ超ビビッて全然しゃべれなくなってるし~、ウケる~」
あまりの個性に言葉もないだけなんだけど。
「ねぇん、さっさとボコって早く行こ~。それと~、今日うちに誰もいないから~……ね?」
おぇ。
「朝までたっぷり……ん~?」
黒いほうれい線が言葉を途中で切って、僕をギョロ目でじっとりと見てきた。
今度は僕にとり憑くつもりか?
「……なんか~、こいつさっきからあーしのこと~、チョーガン見してるんですけど~?」
見てるというか、視線を外せないだけというか。
目をそらした瞬間、『次はお前だぁっ!』とか言われそうだし。
「しかもぉ、目がチョーエロ〜い。舐めるように見てる〜。マジこわ〜い」
怖いのはアンタの発想だ。
「てゆーか〜、チョイ興奮してなくな~い?」
アンタを見て興奮するのは霊媒師くらいだ。
「テメェ、ケンカ売るだけでなく俺の女にまでちょっかい出そうってのか? あぁん?」
俺の女……。
俺のスタ◯ドでなく?
「いや……ははぁん、ああ、なるほどなるほど。はいはい、そういうことか」
何かを納得したようにコクコク頷くイワシ。
こんもりヘアーがボアンボアン揺れてる。
「お前アレだろ? どっかでコイツ見て一目惚れして、さっき抱きつこうとしたけど失敗したんだろ?」
「いいえ」
「真顔で即答しやがった……」
ありえないし。
「ウソだ〜。アレっしょ〜? バレたんで照れてんっしょ〜? キモ〜イ。でも~、写真くらいなら~、一緒に撮ってあげてもいいけど〜?」
「結構です」
「こいつムカツク……」
心霊写真いらない。
「……もうこいつやっちまおう」
「だな。いてこましてやる」
「やれ〜、やっちゃえ〜」
指をポキポキ鳴らすイワシと縄文人。
その二人を煽る黒いほうれい線。
もはやケンカは避けられそうにないな。
……ならば仕方がない。
こちらも覚悟を決めよう。
覚悟を決めて、あそこにいるランドセル背負ってる強そうな子に土下座してでも助けを求めて
「やめとけ」
黒いほうれい線とは別の女の人の声。
三人の後ろでつまらなそうに僕たちのやりとりを見ていた、四人のうちの残る一人。
金髪女子の上級生が、二人を止めた。




