61.よっしゃ
リィザは真っすぐ歩いていき、木陰に到着すると一旦木の裏側に姿を消してから、顔を右半分だけにゅっと出した。
じーっと観察するような目をこちらへ向けている。
「……普通に見てりゃいいだろうに」
今日のリィザはよくわからない。
ボタッ、ボタッ、ボタボタボタボタボタボタボタボタボタ
「あ、降ってきた」
傘に落ちてきた水音にグリードワームへ目を戻せば、すでに臭い汁を出した後で、悦に入るギタリストのように上体を反らし、空を仰いでいた。
で、出し終えると、「だりー」ってかんじでフニャチンモードに。
なんで久々に異世界へ来たってのに、こんなポコ◯ンの魔物と戦わなきゃなんないんだか。
そして、どうしてリィザはポコ◯ンを倒したいんだか。
わざわざこちらから戦いをしかけるということは、セイヴィアとしてポコ◯ンを倒してほしいって依頼を受けたのかな?
「……理由は後で聞けばいいか」
とりあえず、リィザにもらったアイカの実をグリードワームに試すためには、もっと近づかないと。
再びそろりそろりと歩き出した。
……
グリードワームまでの残る距離が、半分ほどに狭まった。
しかし、僕が移動している間、口をこちらへ向けたまま微動だにしなくなったグリードワームに嫌な予感を覚え、進行方向を変えてみることにした。
グリードワームの右側面へ回り込むようにゆっくりゆっくり
ズルリ……ズルリ……
「……」
一時停止。
グリードワームが、僕が進んだ方向へ合わせるようにその巨体を動かし、大口を向けてきた。
「……とっくに、僕に気づいてたってことだろうな」
あんだけ騒いでたんだから当然か。
そもそもここってあいつの縄張りなわけだし。
こちらを警戒している雰囲気。
これ以上近づくのは怖い。
僕とグリードワームの距離は五十メートル弱。
「……いけるかな?」
むこうは、象でも丸呑みにできそうな大口が開きっぱなしなわけだし。
とりあえずやってみるか。
傘を閉じて地面に挿し、ポケットを探ってアイカの実を数粒取り出した。
あの人、相変わらず袋に入れたりしてないんだよな。
制服のズボンにいつも入れているポケットティッシュも出して三枚ほど抜いて、その上にカリカリ梅みたいな実を乗せた。
ティッシュを巾着の形にして口を捻って閉じ、汁を出すためアイカの実を揉みながら、リィザに聞いた昔話を思い出す。
少女リィザは、グリードワームにまず石や木の枝、アイカの実を投げたと言っていた。しかし、グリードワームに反応はなかった。
次に、力を込めて同じものを投げた。するとグリードワームは飛びついてきた。少し怒ったんだと思われる。
最初と二度目の違いは投げる力の強さ。でも少々強く投げたからといって無反応だったグリードワームが怒ったりはしないだろう。何か別の理由があるに違いない。
ならばその理由は何かというと、力を込めて投げた際に実が潰れて汁が出て、それが体についたということ――つまり、『苦手なアイカの実の汁が体についたからグリードワームは怒った』んじゃないだろうか?
そう推測してみると、そのあとリィザが実の汁がついた手で触ったから、グリードワームの肌の色が怒ったときの赤黒い色に変色したのではないか? そして、「グリードワームの口に指を突っ込んで地面に叩きつけるように放り捨てると動かなくなった」とリィザは言っていたが、あれは放り捨てた衝撃が強くて動かなくなったのではなく、実の汁がついた手を口に入れられて、グリードワームは汁を飲んでしまい動かなくなったのではないか? と考えることができた。
確証なんてないけれど、想像の筋は通っていると思う。
ならば、アイカの実をグリードワームの口の中へ放り込めば……。
「よし、これくらいでいいだろう」
薄紅色に染まったティッシュを広げる。
中では赤い実が割れており、酸っぱい匂いが漂ってきた。
「うぐっ」
辺りに充満しているグリードワームの液体の臭いと混ざると、何年も洗っていない小便器のようなツ~ンとくる刺激臭になった。鼻が曲がりそう。
重量が軽いので、小石を何個か拾って実と一緒にティッシュに載せてもう一度巾着状に包んで、
「完成っと」
後はこいつをグリードワームの口に放り込むだけだ。
グリードワームまでの距離は約五十メートル。野球で例えると前進守備の外野からキャッチャーくらいの距離だ。でも、的はキャッチャーミットの百倍以上あるグリードワームの口。あれだけデカけりゃ入るだろ。
腕を痛めないようストレッチをして、
「よし、やるか」
野球は遊びでやったくらいの経験しかないが、ピッチャーになった気分で大きく振りかぶり、右手に握ったアイカの実を包んだティッシュをグリードワームへ向けて思いっきり、
「しょっ!」
投げた。
ティッシュは、山なりに五十メートル先へと飛んでいく。距離も方向もバッチリ。だったが、
ズルリ……
「あ」
グリードワームが体を動かし、口を少しだけ横に向けた。
その結果、アイカの実の汁が沁み出たティッシュは、グリードワームの口の横に当たって、ポトリと下に落っこちた。
「まさか、避けるとは……」
あんな小っこいもん気にしないかと思った。
ティッシュが当たった箇所は、イモ版でも押したように赤い汁がついていた。
いくらなんでもちょっと汁がついたくらいじゃ効果はないよな。
というより、アイカの実で倒せるとしても、あの巨体をやっつけようと思ったらもっと大量に必要な気がする。
どうしたもんか、と考えながら次弾の準備に取り掛かろうとした、そのとき、
「プギョオオオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
「うわぁっ!」
グリードワームの絶叫が原っぱに、周囲の森に響き渡った。
「プギィィィーーーーーーーーーーッ! ピギィッ、ピギィッ、ピギョォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
薄桃色の巨体を伸ばしたり縮めたりくねらせたりと、異常な動きを見せている。苦しんでいるのだろう。
「すご……効果覿面だな」
ほんの少し当たっただけでこんなに鳴き叫ぶとは。
後ろからは、リィザの「おおぉぉぉっ!」という驚きの声が聞こえてきた。
僕も、グリードワームの生理的気持ち悪さを伴う動きに眉根を寄せながらも、
「よっしゃ」
アイカの実が苦手という予想が当たり、小さくガッツポーズをした。
が、すぐに喜んでいる場合ではなくなった。
気味悪く悶えていたグリードワームの動きがだんだんと鎮まり、肌の色が赤黒く変色し始めたから。リィザが言っていた、怒り狂った時の色だ。
で、その怒りの矛先は誰かというと、
「僕だよね……」
ビビらずに、もっと近づいてからティッシュを投げれば良かった。
そうすれば倒せてたかもしれないのに。
グリードワームの肌の色は完全に赤黒く染まり、大きく開いた洞窟のような口が僕へ向けられていた。
恐怖を感じる脳ミソが、自然あの大口に飲み込まれる自分を想像してしまう。
その大口の主は、苛立ちを押さえられないのか、口とは反対側の少し細くなっている尾っぽで大地を、
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ
と叩きだした。
こちらへ来る気か? と思った次の瞬間、何の予備動作もなくいきなり口からバスケットボールの三、四倍はありそうな透明な球が、一直線に僕へ向け発射された。
「げ!? 何だあれ!?」
あわてて地面に挿していた傘を手に取り、前へ向けて開いた。
ベチャッ
「うおっ!」
球は傘で防ぐことに成功。しかしその勢いまでは受け止めきれず、はじかれたように傘を手放した。
「あ、あぶね~」
あんな攻撃をしてくるとは。
冷や汗を拭って、次の球に備えるため傘を拾い上げた。
「傘壊れたかな……あれ? 何じゃこりゃ? とれない?」
傘のビニールに当たった透明な球は、柔らかくはあるがまるでお餅のようにへばりついて落ちなかった。
「……もしかしなくても、相手を動けなくするって言ってたの、この攻撃のことか?」
そういうことだろうな。
この、無臭の餅のような球に当たるとおしまいってわけだ。
しかし、今の攻撃を防いだ傘は、所々骨が折れており、次の餅球を防ぎきれそうにない。
あと、球がくっついて重い。
ならばと潔く傘を捨て、グリードワームを中心に周りを走って近づくことにした。
動いていれば、そうそう当たるもんでもないだろう。
でも、体力がなくなる前にアイカの実をグリードワームの口に放り込まないとな。
そう思い、アイカの実をまたティッシュに包んで揉み、グリードワームを観察しつつ走っていると、
ドンッ、ドンッ
また尾っぽで大地を打ち始め、
ドンッ、ドンッ、ドンッ
何度か音を響かせた後、先程同様透明な球が吐き出された。
「でも、こんだけ走ってんだから当たりは……わっ!?」
グリードワームに気を取られすぎて足元を見ておらず、何かにつまずいてしまった。たたらを踏んでなんとか転倒は回避したが、その目の前を、
「うげっ!?」
餅球が通過していった。
……つまずいてなかったら直撃だったな。
走っていれば命中率が下がると思ったが、アテが外れたようだ。
「……何につまずいたんだろ?」
ふと気になり足元を見ると、
「……盾、かな?」
錆とコケにまみれた、海亀の甲羅のようなサイズと形をした鉄製と思われる盾が落ちていた。
顔を上げ辺りを見渡せば、剣やら槍やら弓矢なども見られ、岩や石だと思っていたものは、コケや草が生えた西洋鎧や兜だった。
つまりこれらは……
「グリードワームに食べられちゃった人、生き餌にされた人の装備品だろうな……」
よ~く見ると、鎧姿の白骨体もある。
一瞬でやる気が萎えた。
無理無理。逃げよ。
当然のようにそう考え顔を後ろへ向けると、リィザがさっきと変わらず木の裏から顔半分だけをのぞかせてこっちを見ていた。
「……(コクリ)」
目が合ったリィザが頷く。
「……(コクリ)」
何が言いたいのかわからないが頷いておいた。
「……もうちょい頑張るか」
可愛いクラスメイトの女の子が見てるんで張り切っちゃう球技大会みたいだな、などと思いながら、グリードワームの餅球を防げそうな落ちている盾に手を伸ばし、端っこに指をかけ、めくるように持ち上げ、
「……」
そっと置いた。
裏に名前がわからない虫がウジャウジャいたから。




