6.ほんのすこーーーーーーーーし
あっという間に時間は流れ、放課後。
僕は自分の席に座り机に突っ伏していた。
今日はまったく授業に集中できなかった。
ずっと朝のわけのわからない出来事を思い出しては、あーでもないこーでもないと考えっぱなしだったのだ。
しかし、頭をフル回転させても答えは出てこず、
「……わけわからん」
と、こぼすしかなかった。
「そんなことはないぞ」
僕の独り言に誰かが答えた。
まぁ、誰かというか声で分かるのだが。
顔を上げると思った通り、ピッチリ横分けを手でなでつけながら、サクがボストンバッグ型のスクールバッグを肩にかけ、机の前に立っていた。
「そんなことないってどゆこと?」
「俺も一日の授業が終わると、しばらく立てないことがある。気の緩みと疲れで元気になってしまうんだろう」
「元気に?」
「そんな時俺は、手の甲をつねったりする」
「手の甲を?」
「もしくは母親の裸を想像して鎮める」
「ああ、なるほど」
アホだなこいつ。
下半身が元気になったことをいちいち口にするか。
「もっとも、武刀の母親は美人だから逆効果かもしれんがな。ハハハ」
……こいつを家に呼ぶの、もうやめたほうがいいかもしれない。
左側からカタッという音が聞こえ、顔をそちらへ向けると、小早川さんが椅子を引いて席を立ち、鞄を持ち上げ、帰るところだった。
「立ちたくても勃ってて立てない武刀の隣の席の小早川、さようなら」
「勃ってないし立てるし」
こいつ将来セクハラで会社クビになりそう。
「……さようなら」
小早川さんがセクハラ横分けに挨拶を返す。
「小早川さん、さようなら」
僕も同じく挨拶。小早川さんは、
「……うん」
小さく頷いて、数秒僕を見てから、
「……さようなら」
と返して、椅子を机の下へ仕舞い、僕の後ろを通って帰っていった。
「……」
何だったんだろ、今の間は。
セクハラの言ったこと信じて僕の下半身を確認してたとか?
でも、セクハラの言ってることの意味なんて女の人には分かんないと思う。
それに、わかったとしても確認なんてしないよな。
よくわからん。
「武刀、もう鎮まったか? 俺たちも帰ろう」
「あ、うん、ちょっと待って。つーか勃ってないっての」
そそくさと、鞄に教科書などを詰めていく。
僕は部活動をやっていないが、サクはオカルト研究部に所属している。
しかし、幽霊部員状態で部へはたまに顔を出す程度。
なので、下校はだいたいサクと一緒だった。
誠も剣道部が休みなら三人で帰るところだが、今日は練習日で、帰りのSHRが終わるとさっさと武道場へ行ってしまった。
朝練もあったってのに、よく身体がもつもんだ。
「よっと。んじゃ行こっか」
「ああ」
スクールバッグを持って立ち上がり、椅子を机の下へ入れ、サクと並んで教室を出た。
真っすぐ昇降口へ向かい、下駄箱から靴を取り出し、ハケで中をキレイに掃除して、
「よし、完璧」
こっくり頷いた。
これで気分よく下校できる。
靴を履き替えサクと一緒に駐輪場へ。
サクも僕同様自転車通学だ。
僕のクラスの駐輪スペースは、すでに何人かが帰っているので今はミッチリ自転車が詰まっているということはないが、それでも取り出しにくくはあるので、スタンドを上げて愛車にキズがつかないよう慎重にバックさせた。
さっさと自分の自転車を取り出していたサクが見守る中、なんとか無傷での脱出に成功。
「ふぃ~」
「……靴に自転車にと大変だな」
「え? 何?」
「さ、帰ろう」
「あ、うん」
学校敷地内は自転車の乗車禁止なので二人して校門まで押していき、学校敷地内から出たところでサドルに跨がりペダルを漕いで、学校終わりの清々しい気分そのままに、軽快に走り出した。
朝に感じた肌寒さはすでになく、自転車に乗って受ける風が心地よく思えるほどまで気温は上昇していた。
この時期特有のジメっとした空気が肌を撫でるのは、多少不快だけれど。
あの森の中は、ジメッとしてるってより、しっとりしてるって感じだったな……
「……」
「……おい、武刀」
「……」
「おい、武刀。おーい」
「……んあ? 何?」
自転車を走らせながら、サクを横目で見る。
「お前、今日は疲れたような顔でぼーっとしてることが多かったな」
わかるんだな。
……もしかして、教室での帰り際に小早川さんがこっちを見つめてたのって、僕の様子を心配してくれてたのかもしれない。
だとしたら嬉しいな。
「どうした? 悩みか?」
悩み……
「悩みというか、気になることがあるというか」
「あまり気にしすぎるのもかえってよくないぞ」
「……何の話?」
「何って……」
サクが僕の頭を……というか、僕のおでこを見てくる。
「……気になるってのはそれじゃないから」
「そうなのか」
「それに昔から言ってるけど気にしてないし」
「……あぁ、だな」
曖昧に頷くサク。
その目はまだ、自転車に乗って風を受けることで丸出しになっている僕の広いオデコを見つめていた。
僕はオデコが広かった。
ハゲているわけではない。
もとから広いのだ。
しかし、薄毛の心配があると言えばあった。
ほんのすこーーーーーーーーしだけどあった。
小さい頃はオデコ丸出しの短い髪形だったのだが、親戚が集まると、さっきまでみんなでどんなに楽しく遊んでいたとしても、一息ついたときに、「オデコ広いな……」と言って大人が心配そうな表情で僕の頭を見てくる、なんてことがよくあった。
その表情をずっと不思議に思っていたが、謎が解けたのは『ハゲる』という言葉と現象を覚えてから。
我が一族は、お父さんと二人のおじいちゃんが若くしてハゲていたので、僕も心配されていたのだった。
とはいえ、みんながどれだけ心配しても、ハゲているのはお父さんとおじいちゃんであって僕ではない。
なので、僕自身はあまり気にしていなかった。
サクと誠は、僕の両親が僕の髪を心配していることも、その理由も知っている。
親類が僕の家に集まった時に二人がアポなしで遊びに来て、お父さんとおじいちゃん二人を見た後、やたらと僕の頭を見てきたので、親達は僕の髪のこと心配してるけど僕は気にしてないし将来もふさふさだよ、と半日ほどみっちり話込んだのだった。
日が暮れるころには、二人はうつろな目をしてただただ首を縦に動かしていた。
懐かしいな。
「武刀は、いつも何かを気にしているな」
サクの視線が僕の目とオデコを行き来している。
「いつもなんて大げさだよ」
「そんなに神経質だとハ……」
「……」
「……で、今は何を気にしてるんだ」
「実は今朝、部屋が一瞬で森に変わって、いきなり現れたプテラノドンくらいのでかい蚊と戦ったんだよ。わけわかんないでしょ?」
「それが気になることか? 確かにわけのわからん夢ではあるが」
誠と同じくサクにも夢だと思われた。
こいつ、オカルト部員のくせに全然食いついてこなかったよ。
さすが幽霊部員。
けれど、僕も今日一日ぐるぐるぐるぐる同じことを考えていたからか、今朝の出来事って結局夢だったんじゃないかと思うようになっていた。
嫌な夢を見たせいで目覚めると同時にベッドから起き上がり、寝ぼけてて手に葉っぱや土や草がついていたように見え、今も痛むタンコブはベッドのどこかに頭をぶつけてできただけなんじゃないか、と。
「ん~……夢だったのかな……」
「だったのかなって……まさか現実にあったことだと思ってるのか?」
「思ってるというか何というか……」
よくわからないというか……。
「ふむ……何か現実だと思える根拠でもあると?」
「……木に頭打ちつけてタンコブできた」
「……寝相の問題だな」
……そんな気がしてきた。
「もしお前が夢で納得できないなら、現実に部屋が森になって、巨大な蚊が出たってことでいいんじゃないか?」
「……もうこの話、飽きてきたでしょ?」
気持ちはわかるが。
「もしくはどこか別の世界に喚ばれたのかもな。ハハハ」
「もう、こっちはけっこう真面目に…………」
喚ばれた?
怒って興奮していたのでよく憶えていないが、誰かが「またヨぶ」とか何とか言っていたような気がする。
ヨぶ……呼ぶ……喚ぶ……
「ハハ、すまんすまん。ま、そんな夢のことは忘れて、久々にこれを見て気分を…………………………あ」
キキーッ
サクが急ブレーキをかけて自転車を止めた。
それを見て、僕も少し遅れて自転車を停止させ、サクを振り返った。




