59.イカ
結局戻ってきちゃったか……。
まぁ、それに関しては嫌ってわけでもないからいいんだけど……多分この人、あれと戦えって言うんだろうな。
僕達がいるのは、いつも通りどっかの森。
葉の生い茂った立派な樹の下。
ここから五、六歩進むと、陸上競技場でも建てられそうな開けた原っぱがある。
で、その原っぱのど真ん中に、でっかくて長~いやつがいた。
二両編成の電車かってくらいの大きさと長さで、ミミズっぽい見た目の、薄いピンク色の肌をした生き物。体の先端部分には、自分自身でも丸呑みにできそうな大口が開いている。
ずっと体をうねうね動かしている姿がじつに気持ち悪い。
「あれ何?」
「グリードワーム。知らない?」
「知らない」
ワームという名前は聞いたことがある。知識はない。
「見ての通り虫の魔物だ」
見ての通りと言われてもあんな虫見たことない。
「つまり、グリードワームを倒すために僕を喚んだと?」
「……まぁ、そんなとこだ」
「? それで、どうやって倒すんです?」
「がんばって倒す」
「そりゃがんばるけど、倒し方は?」
「さぁ?」
さぁって。
殺虫剤で……は、無理だろうな。サイズがデカすぎる。それに、殺虫剤を噴きかけられる距離まで近づけるとは思えない。
「せめてグリードワームとやらがどんなやつか……ん?」
「何だ? どうかしたのか?」
「(クンカクンカ)……姐さん」
「だから何だ?」
「……臭いっスね」
「んな!? そ、そんなわけあるか! ちゃんと昨日も水浴びを」
「この森」
「……」
「あのグリードワームと何か関係がぶべっ」
「……次変な言い方したらグーな」
「う、裏拳もグーっスよ?」
「グリードワームがこの臭いの元を周囲に撒いてるんだ。ほかの魔物に対してここは自分の縄張りだと主張するためだろうな」
縄張りねぇ。
「で、グリードワームって人間食べちゃう系ですよね?」
「たまに食べちゃう系だな」
「たまに?」
「人間は、エサにすることが多いそうだ」
「エサっスか」
「人間を見つけると動けなくして、その人間を襲いに来た獣を同じく動けなくしてから食べるって聞いた」
生き餌ってことか……。
「どうやって動けなくするんスか?」
「さぁ?」
「……」
どんな攻撃をしてくるかわからない。
倒し方もわからない。
でもイケ。
相変わらず無茶苦茶な人。
こういう時は魔物博士のイケメン大将を頼ろう。
「魔物マニアのクロ」
「む! またくるぞ! 樹の下から出るなよ!」
「え? え?」
グリードワームを見てみれば、どこがお腹でどこが背中かわからないが、地面についているほうをお腹とすると、背を九十度反らせて口を真上に向け、体の中ほどをポッコリと膨らませていた。
膨らんだ部分は徐々に口のほうへ移動していき、塞がれていたホースの口を突然開放したように、グリードワームの口から上空へ向けて勢いよく噴水さながらに液体が吐き出された。
原っぱ一帯プラス、少し外側にまで降り注がれる、キラキラと太陽の光をまとう透明な雫。
その雫を受けてより美しく咲き誇る野原の花々。
空には七色の虹がアーチを描き、光の雫が降り注ぐ中、天を仰ぐように伸び上がるグリードワームは、神の摂理に触れんと欲する賢者のようだ。
そして、眩いほどにキラめく光の原からは、
「……オエ」
「……くしゃい」
イカの臭いがした。
鼻の頭にシワを寄せる僕と、鼻をつまむリィザ。
臭い液体を吐き出し終えたグリードワームは、「ふぃー」って言葉がピッタリな様子で薄いピンク色の巨体をダルそうに横たえた。
アレの後のチ◯コに見えてきた。
「あにょ液ちゃいをやちゅがみゃくきゃら樹のしちゃかりゃ出りゃれにゃいんにゃ……」
と、キュートにこぼすリィザ。
あの液体をやつが撒くから樹の下から出られないんだ、ね。
ふむふむ、リィザがここにいるのはそれが理由で、あの液体で自分の縄張りを作ってると。
「あの汁を浴びると身動きが取れなくなるんじゃないっスか?」
「いや、あれは臭いだけだ。しかし、昔と変わらずひどい臭いだ」
鼻をつまんでいた手を下ろし、リィザが顔をしかめる。
「昔と変わらずって、前に戦ったことがあるってこと?」
「戦ったことはない。……でも、戦ったといえば戦ったのかな?」
「と、言うと?」
「……この話聞きたいのか?」
「やっつけるためのヒントとかあるかもなんで」
「……正直、思い出したくもないんだがしょうがない」
眉間にしわを寄せ、本当に嫌そうな顔でリィザが話し出した。
「私がまだ十二歳で、召喚術を使えなかった頃の話だ」
リィザは今十七歳。僕とタメ。なので、五年前の話だ。
「その日私は、森に入ってアイカの実を採っていた」
「アイカの実…………ああ」
カリカリ梅みたいな栄養満点らしい実のことね。
「手提げ籠に採ったアイカの実を入れて帰り道を歩いていると、木の上から私の行く手にボトリとグリードワームが落ちてきたんだ」
「あんなデッカイのが木の上から?」
「私が遭遇したのは子供のグリードワームだ。大人の男性の肘から先くらいの大きさだったな」
「へぇ」
成長したら随分と大きくなるもんだ。
「驚いた私は、その場にお尻をついてしまった。子供のグリードワームは人間を食べず虫や小動物しか食べないんだが、その頃の私にそんな詳しい知識はなく、『食べられちゃう』と思ってな」
「ふむふむ」
子供リィザ可愛い。
「私は、近くにあった石やら木の枝やら籠に入っていたアイカの実を投げて追い払おうとした。しかしグリードワームは、まったく逃げようとしなかった」
神経の図太いやっちゃ。
「焦った私は、手近にあったものをさらに力を込めてぶつけた。で、しつこくあれこれ投げ続けた結果……」
「追っ払えた?」
「……怒らせてしまった」
ありゃりゃ。
「突然『プキィィィィィッ』と鳴き声を上げて、うねうねと体をくねらせた後、しゃがみ込んでいる私のスカートに飛びついてきたんだ」
「え、あいつジャンプするの?」
「小さいやつはな。大きいやつはできないし、動きも遅い。で、私はグリードワームをひっぺがすために両手でしっかりとヤツの体を掴んだ。だが子供の私にとってはけっこうな太さと長さで掴みづらくてな。生温かい肌は気持ち悪いし」
「……ほほう」
「しかも、私が掴んだ瞬間また大きな声で鳴き、フニャフニャだったのが急にカチンコチンになったんだ」
「……なるほど」
「肌の色も薄いピンクから怒り狂った時に見せる赤黒い色に変わり、体もさらに熱く、太く、たくましくなった」
「……なるほど」
「恐怖がピークに達した私は、必死に引きはがそうとした。こう、やつを掴んだ手を何度も上下させ、たまに左右の動きも交えてがんばったんだ。だが、なかなかうまくいかなかった」
「……ハァ……ハァ……な、なるほど」
「そんなことをくり返しているうちに、ヤツの体の真ん中辺りが膨らんできて、その膨らみがだんだんと口のほうへ上がってきて体がひときわピンと伸びたかと思ったら、先っぽから臭くてねっとりとした温かい液体が飛び出し、私の素足にビチャッとかかったんだ」
「……ハァ~……ハァ~……リィザたんの、キレイな足に」
「お、おいおいどうした? いきなり私の足を褒めるなんて。まぁ、私も魔物と戦うような日々を送ってはいるが、レディとしてお肌のお手入れには気を使っているからな。夜も寝る前にはマッサージを」
「そういうのはいいから」
「え?」
「え? ……あっ、いやっ、そ、そそそういうのも良いですよね! 女子なんですからそういったことに気を使うのってとっても重要ですよね!! うんうん」
「だろう? お前、なかなか女心に理解のあるやつなんだな」
「え、ええ、そうなんです、そうなんですよ実は。ハハハハハ。だ、だから、その、お、お話の続きを、ハァ~、ハァ~」
「うむ。えーと、夜寝る前に」
「そっちでなくっ!」
「わ!? き、急に大声出してなんだ!?」
「あ、す、すみません、つい。え、えっと、グリードワームちゃんのほうのですね、つ、続きを……ハァ~、ハァ~」
「……なんかお前おかしくない?」
「え!? い、いえいえ、全然っ、まったく、そ、そそそそんなことないっスよ!?」
「……明らかにおかしいだろ。何というか……私の話を聞いて興奮しているというか……」
「ち、違います違います! そ、そういうんじゃなくて、あ、あのあの、その……そう! 姐さんの話を聞いて怒ってるんですよ! 御主人様に怖い思いをさせたグリードワーム許すまじ! ってな具合に! それで興奮して見えるんスよ!」
「お、お前……そこまで私のことを想って……。うっ、ぐすっ、フフフ、私はお前のような召喚獣と出会えて幸せ者だ」
「(ズキリ)……ア、アハハハ、そんなそんな、こちらこそ……」
「では、お前の愛しの御主人様を苦しめたグリードワームを倒すために、続きを話すとしよう」
「ま、待ってました! ハァ、ハァ」
「……足に体液をぶっかけられた後ヤツの体が柔らかくなったので、とにかく何とかしたかった私は、思い切って指をやつの口に入れたんだ。指をフックにして持ち上げようと思ってな。するとまたまた鳴き声を上げ、ウネウネ動き出したんだ」
「……(ゴクリ)」
「私は、その動きの嫌悪感も相まって、自分でも驚くほどの力を発揮して、やつを引きはがすことができた。しかし、はがす勢いが余ってやつを頭上まで持ち上げてしまい、開きっぱなしのグリードワームの口から私の顔へ残っていた臭い体液が垂れてきて」
「顔面ぶっかけキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「……」
「ーーーーーーーーーーない! すごく汚い! なんてことを! なんてことをするんだそのグリードワームは! 許せん! 断じて許せませんぞ!」
「……私はすぐにやつを地面に叩きつけるように放り捨てた。その衝撃が強かったのか、やつはぐったりとして動かなくなった。そのスキに私は、一目散に逃げだしたんだ」
「か、顔は!? 顔はどうなったの!? かかったの!? ドロリとした臭い臭いお汁はリィザたんのお顔にかかったの!?」
「……」
「ねぇ!? どうなったのさ!? は、早く、こ、答えを! 僕はもう待ちきれませんよ! ハァ~、ハァ~」
「……お前、何か変なこと考えてるだろ?」
「うぇっ!? そ、そそそそそそそそそそそんなことっ、そんなことないでゲスよ!」
「一体どこにそんな要素があったのかまったく分からんが、絶対変なこと想像してたろ?」
「ひ、ひどいっスよ! 僕は単純にグリードワームに対して怒りをあらわにしてただけっスよ! それともどっかにアレがあるとでも!? し、証拠があるとでも!?」
「目がエロい」
「生まれつきっス!」
「呼吸がキモい」
「生まれつきっス!」
「股間がヤバい」
「生まれつきっス!」
「砕け散れぇぇぇっ!」
ゴリュッ
「ぺきょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
股間蹴り上げられた。
「う、生まれつき、こ、ここ股間が、そ、そんなピコーンて、ピコーンてなってたら、生まれた瞬間監獄に入れるしかないだろ!」
「お、おおぉぉぉ……リ、リィジャしゃん……こ、こ、股間……け、蹴っちゃ……ら、らめ……」
「お前が悪いんだろうがっ、この変態ムート! もう話はおしまいだ! さっさとやつを倒してこい!」
「せ、せめて……せめて、か、顔にかかったのかどうか」
「砕け散」
「わ、わかりました! もう言いません! 行きます! 行きますから! あの……しばしお待ちを……」




