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56.そういうことね〜

「……はぁ~……助かった……」


 安堵の息を吐く自分の声がやけに遠く聞こえる。

 目覚ましの種の音で耳をやられたようだ。


「今の音何!?」


 とコンビニから出てきたのは、カナヅチを持ったパートタイマーさん。

 全然間に合ってなかったな。


「……マジで何の音だ?」


「……タイヤがパンクした〜?」


「……」


 イワシさんとマーガレットさんの硬直が解けた。源次さんは動かない。よく見ると白目むいてる。気を失っても立ったままとは。


 そして火野さんは、


「いや〜、びっくりしたな〜」


 すでに立ち上がり、車を眺めていた。

 この人僕が、「ブレーキ!」と叫んだ直後に一人横へ転がり逃げていた。


「ん? どうした羽場? 早く立て。また車が動き出したら危ないぞ」


 何事もなかったような顔して、手を差し伸べてきくさった。

 腹立たしいが、その手を取って立ち上がった。


「……死ぬんじゃなかったの?」


「ハハ、そんなわけないだろ」


「でも、死ぬっつってたじゃん」


「ああ、ウソウソ。ギリで避けるつもりだったし」


「僕を置いて?」


「同じ女を愛するもの同士、何となく俺の行動は読めてたろ?」


 読めん。


「俺達って良いコンビだな。コンビニだけに」


 死ね。


「では、今日のところは退散するとしよう」


「え」


「しかーし! 俺は諦めんぞ! マーガレットを俺の女にするその日まで! さらばだ! フハハハハハハハハハ」


「……」


 リーゼント火野は走り去った。

 なんて身勝手なリーゼントなんだ。


「……あーゆーところが嫌で別れたんだよね〜」


 マーガレットさん、なるほど。


「ちょっと! どういうことよ!」


 キレ顔で歌舞伎メイクさんが車から降りてきた。


「そりゃこっちのセリフだ。アンタどういうつもりだ? 何で車が動いたんだよ?」


 イワシさんの言う通り。


「はぁ? 知るわけないでしょ。つーか、アンタらがアタシの車動かしたんでしょ? 何してくれてんの?」


 メチャクチャな言いがかり。


「はぁ!? ふざけんなババア!」


「バ……ふざけてんのはそっちでしょ!」


「車ロックされてたのに入れるわけないし〜」


 マーガレットさん、その通り。


「ロック? ……確かにされてたわね。アタシしてなかったのに。アンタら、車に侵入した後どうやって外からロックしたの?」


 何が何でもこちらを悪者にしたいようだ。


「入ってねぇよ!」


「鍵もないのにロックなんてできるわけないし〜」


「ウソつくんじゃないわよ! 引かれたふりして治療費だ何だって言って金ふんだくろうとしたんでしょ!」


「んなことするか!」


「言いがかりヒド〜イ」


「学校に連絡してやるわ! 名前教えなさいよ!」


「違うっつってんだろうが!」


「あーしらがそんなことするように見える〜?」


 見える見えないは、まぁ……アレとして、どうしたもんか。

 パートタイマーさんも困り顔で、手に持ったカナヅチで肩をトントン叩いてる。

 そもそも、なんで車が動いたのかってことなんだけど。


 ……そういや、歌舞伎メイクさんのお子さんはドコいったんだ?

 まだ店の中?

 それとも車の中?

 と思い、フロントガラス越しに車の中を見てみると、


「……あ、いた」


 助手席の後ろからわずかに顔をのぞかせ、母親のほうを見ていた。泣きそうな顔で。


 あの子、僕達に向かって「じゃま〜」って言ってたことを考えると、僕達のことが怖くて泣きそうになってるってことはないだろう。

 てことは、車が勝手に動くわけがないから答えはひとつだな。


「あの〜」


 顔を真っ赤にしてさらにヒートアップしていってる歌舞伎メイクさんに声をかけた。


「何よ!」


 化粧濃い。


「あれ」


 シンプルに車の中を指差した。


「は? どれ?」


 歌舞伎メイクさんが顔を向けると、子供さんが隠れた。

 それを見た歌舞伎メイクさんの眉間からシワが取れ、目が大きく開かれ、


「……はっ」


 小さく息を呑んだ。

 なぜこんな事になったのか、察したのだろう。


「あの子!」


 歌舞伎メイクさんは、車の左側へ回り込み、スライドドアを開け、中から金髪小僧を引っ張り出した。


「うわーーーんっ、うわーーーんっ、いやーーーっ」


 歌舞伎メイクさんの怒りの形相を見て泣き出す金髪小僧。


「ああ」


「そういうことね〜」


 その様子を見てすべてを理解するイワシさんとマーガレットさん。

 パートタイマーさんも手のひらをカナヅチで打って頷いた。


 つまり、この金髪小僧がコンビニから戻って車に乗ってドアをロックし、サイドブレーキを下ろし、ギアをドライブにいれたってわけだ。


 歌舞伎メイクさんがやっているのを見て憶えたんだろう。それでマネてみた、と。


「このっ――!」


 歌舞伎メイクさんが、怒りにまかせて手を振り上げた。しかし、


「ダメよ!」


 それを止めるパートタイマーさんの声。


「ッ!」


 歌舞伎メイクさんが腕を振り下ろす途中で固まった。


「あなたの責任よ。わかるわよね? あなたたまにウチのお店に来るけど、その子のこと可愛がってるもんね。自分がちゃんと見てなかったからだってわかるわよね?」


 冷静になることを促すように、優しい声音で言うパートタイマーさん。言われた歌舞伎メイクさんは、


「……ごめんなさい」


 素直に僕達へ頭を下げた。


「ぐすっ、ご、ごめんなさい」


 金髪小僧も泣きながら謝った。


「はぁ~……なんだかなぁ」


 気が抜けたようにため息をつくイワシさん。


「もうこんなことしちゃダメだゾ~」


 呪いをかけるように指で金髪小僧のほっぺをつつくマーガレットさん。

 一件落着だな。


 歌舞伎メイクさんが、金髪小僧の肩を掴んで体をパートタイマーさんのほうへ向かせて、自身もパートタイマーさんを見た。


「ご迷惑をおかけしました」


「ごめんなさい」


 謝る歌舞伎メイクさんと金髪小僧に、


「フフ、こっちは大丈夫よ。気にしないで」


 優しい笑みを見せるパートタイマーさん。


「ありがとうございます。ほら、主葉院(しゅばいん)朱大我亜(しゅたいがあ)もおばあちゃんにありがとうって言いなさい」


「ありがとう、おばあちゃん」


「フフフフフ」


 パートタイマーさんは、さらに笑顔を濃くして、左手を伸ばし、歌舞伎メイクさんの肩に手を置き、ぐっと掴み、引き寄せ、カナヅチを持った右手を振り上げ……


「「「待った待った待った!」」」


 全員で止めた。


「ご近所様からは『奥様いつまでもお若くて羨ましい』って言われるのよ!」


「ひぃぃぃっ、すみませんすみません!」


「ママーーーーーっ」


「おばちゃんカナヅチはシャレになんねぇって!」


「あーしと同じくらいキレイだから~!」


「え?」


 ……


 その後、怒れるパートタイマーさんをみんなでなだめ、なんとか事件には至らずにすんだ。

 ケガ人が出なくて良かった。

 源次さんは、最後まで気を失ったままだったが、ケガ人が出なくて良かった。

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