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55.ブレーキ!

「火野さん」


「なぜだぁぁぁっ」


「車がゆっくりだけどこっちに来てるから」


「どうしてだぁぁぁっ」


「移動したいんでどいてくれます?」


「マーガレットぉぉぉっ」


「……」


 全然聞いてくれない。


「ったく。なんなんだ、あのおばさんはよぉ」


 イワシさんが歌舞伎メイク号へ近づいていき、


「何で動いてんの〜」


 マーガレットさんもついていった。


 二人は、歩きながら車の中を覗き、


「シート倒しきって寝てんのか?」


「爆睡してる〜」


 とのこと。

 それで倒れてる僕からは見えなかったんだな。

 でも、何で動いてんだ?


「げ!? サイドブレーキ下りてんじゃねぇか!」


「あ!? ギアがドライブに入ってる~!」


 車の運転席側から中を覗いた二人が驚きの声を上げた。


「え? 何? それが動いてる原因?」


 でも、何でサイドブレーキが下りて、ギアがドライブに入ってると車が動くの?

 アクセル踏んでるわけじゃないんでしょ?

 下り坂になってるわけでもないし。


「サイドブレーキは車をしっかり止めるもんや」


 源次さんが説明してくれた。サイドブレーキはなんとなくわかる。


「んで、オートマ車は、エンジンかけた状態でギアをドライブに入れると、アクセル踏んでなくてもゆっくりとやけど勝手に前へ進みまんねん」


「へぇ~」


 知らなんだ。


「でも何でこんなことになってんだ?」


「さ~? それより~、とりあえずこの人起こしたほうが良くな~い?」


 それが良い。

 車の進行方向には僕と火野さんがいて、その向こう側は、歩道、ツツジの生け垣、車道だ。

 僕らは避ければそれでいいけれど、車が車道へ出たら大事故になりかねない。


「そうだな。おい! おばさん! 起きろ!」


 イワシさんが、窓をドンドンドンドン叩きながら声をかける。


「おい! おい! ……だめだこいつ。全く反応しねぇ」


「イヤホンつけてるから~、音楽聴きながら寝てんじゃないの~」


「……しゃあねぇなぁ」


 イワシさんがドアノブに手をかけ引いた。


「……ロックしてやがる」


 らしい。


「どうすんだこれ……」


 焦りだすイワシさん。

 だが、それ以上に焦らないといけないのは、車の進路上にいる僕達だ。

 このままだとひかれてしまう。


「二人とも~、そこどいたほうがいいよ~」


 マーガレットさんが、まさしく僕が思っていたことを言ってきた。しかし、


「断る!」


 なぜか力強く断る火野さん。

 何言ってんだこの人……?


「火野さんや。車がこっちに向かって来てるんで移動しましょ。このままだと大ケガしちゃいますよ」


 現状を理解していないのかと思い伝えるが、返ってきた言葉は、


「それでいい!」


 とても頭のおかしなものだった。


「良くないっスよ。大ケガしたら痛いっスよ」 


「ケガなんぞどうでもいい!」


「だから良くないってば」


「マーガレットと付き合えないなら……俺はここで死ぬ!」


「「「「はぁっ!?」」」」


 ハモった。

 頭わいてんのかこいつ。


「冗談言ってんじゃないっスよ!」


「冗談ではない! マーガレットと付き合えないならそんな人生は死んだも同然だ! ならば俺はここで死ぬ!」


「あんた正気か!?」


「わかっているぞ羽場! お前も俺と同じ気持ちだってことは!」


「んなわけあるかぁっ! ちょっ、離せリーゼント!」


 何とか逃れるため体をクネらせもがく。


「俺達の愛の深さをマーガレットに見せてやろう!」


 ギュゥゥゥッ


「いだだだだっ!」


 さらにきつく抱き着いてくるリーゼント火野。

 力が強くて引きはがすことができず、体がデカいのでこのまま移動することもできない。


「げ、源次さん、こいつ何とかして」


「ワイ、力ないねん……」


「それはさっき聞いたけど!」


 引っ張るだけでも引っ張れっての。


「ま、マーガレットさん、リーゼントと付き合ってあげて」


「あーしにとっては類が一番なの。類と出会ったのはSHA◯NAの」


「それもさっき聞いた!」


 内容は忘れたけど聞いたのは憶えてる。


「ちょっと! リーゼント! ホントに車こっち来てるから離れろ!」


「嫌だ!」


「あんた弱音を吐くやつは嫌いだって言ってたろ! これって弱音だろ!」


「違う!」


「じゃあ何だ!?」


「交渉だ! 俺と羽場の命を人質にして俺と付き合えと」


「脅迫じゃねぇか! しかもうまくいっても得するのお前だけだろ!」 


「お前は別の女を探せ!」


「言われなくても探すよ! 探すからそのためにもどけ!」


「嫌だと言ったら嫌だ!」


「こんのバカリーゼント!」


 などとやっている間にも車は近づき、残す距離は五メートル。

 ワゴン車のスピードは、人が歩く速度と同じくらい。

 ゆっくり近づく分、ぶつかった後の結果を色々と想像する時間があり、恐怖が膨れ上がっていく。

 ケガを負うことは必至。大ケガの可能性もあり。

 非常に危ない状況。


「ダメだ! ドアは全部閉まってる!」


「バックドアも閉まってるわよ!」


 イワシさんと、いつの間にか店から出てきていたパートタイマーさんでドアを調べたようだが開きそうにない。


「ど、どうするんや!? ほ、ホンマにまずいで!?」


「ま、前から押してみたらどう~?」


 ただただあわてるだけの源次さんと案を出すマーガレットさん。


「それじゃ止まらないでしょうし、私達も危ないわ。やめたほうがいいわね」


 しかし、パートタイマーさんがそれを却下。


「じゃあどうするの~?」


「……仕方ないわね。休憩室にカナヅチがあったと思うから、私戻って取ってくるわ」


「ま、窓を割るの~?」


「あの大柄な男の子をカナヅチで殴って気絶させましょ」


 恐ろしい。


「あなた達は車の窓を叩き続けて。店の敷地内から出るときになってもお客さんが起きない時は窓を割るわ」


 言ってすぐ、パートタイマーさんは店へ走って行った。


「おい! ババア! 起きやがれ!」


 さっそく運転席の窓を叩きながら大声で呼びかけるイワシさん。


「ちょっと~! おばさん~!」


「起きぃ! 起きぃ言うちゅうがじゃ!」


 マーガレットさんと高知弁の源次さんもそれにつづく。


 けれど、歌舞メイクさんは寝たままのようで、車はさらに近づいてくる。パートタイマーさん間に合わないんじゃないか?


「冗談じゃないっての……」


 リーゼントなんぞに抱き着かれたまま死んでたまるか。


 要は、単純な話で、歌舞伎メイクさんが起きればいいだけだ。

 状況を把握してすぐにブレーキを踏むだろう。

 その単純なことができないんだけれど。

 

 歌舞伎メイクさんを起こす方法……目覚めさせる方法……目を覚まさせる……目覚まし…………


「あ!」


 あった。


 三日前、異世界でリィザにもらったモノ。

 テスト勉強やテスト中に寝そうになったら使おうと思っていたやつ。

 今日も、授業中に眠くなった時は、これを使おうと考えズボンのポケットに入れていた。


 こいつの効果がどれほどのものなのかはわからない。

 でも今はこれに賭けるしかない。

 使い方は、寝ている人のそばで割るだけだ。


「パートのおばちゃんまだかよ!」


「マズイって~!」


「羽場ー! ワイ全力を尽くしたからなー! 死んでも恨まんといてー!」


 死にはしないだろうが、ケガだってしたくない。

 僕は、ポケットに手を入れリィザからもらった『目覚ましの種』を取り出し、二メートル先に迫った黒いワゴン車のフロントガラス目がけて、


「おりゃっ!」


 おもいっきり投げつけた。


 バアァァァァァァァァンッ


 意識を失いそうなほど大きな音が鳴った。

 超巨大バルーンでも割れたのかと思うほどの破裂音だった。

 空気を震わせ、脳を揺らす音の衝撃に、誰一人声も出せなかった。


 目を覚まさせるってのは、魔法的な力でではなく、ただの大きな音でだったんだな。

 攻撃の道具にもなるんじゃないだろうか。

 授業中に――ましてやテスト中に使おうものなら大変なことになっていた。

 とんでもない種だ。


「な、なになになになになにっ!?」


 全員が目を丸くして呆ける中、車中の歌舞伎メイクさんだけが驚いた声を上げ、上体を起こして、イヤホンを外した。僕と目が合うと、


「……えぇぇぇっ!?」


 さらなる驚きの声を追加。しかし車は止まらない。なので、


「ブレーキ!」


 僕が叫ぶと、


「はっ!」


 歌舞伎メイクさんが自分の足元に目を向けてすぐ、キュっと、状況にそぐわない可愛い摩擦音を立てて、ようやく車は止まった。


 車との距離は残り五十センチもなかった。

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