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53.やめときんしゃい

「今日は三上先輩いないんスか?」


「ああ。今日は、図書室に寄るって」


 プーーー! プーーー!


 突然、岩橋さんの声をかき消すほどの音量で、車のクラクションが鳴らされた。


「ヒッ」


 音に驚いたのか、小さく悲鳴を上げる弥生さん。


 音がしたほうを見れば、無駄に威圧感のある黒いワゴンタイプの車が、こちらを向いて止まっていた。

 その車の運転席側のウィンドウが全開まで下げられ、茶髪でアイラインが歌舞伎の演者なみに濃い三十歳くらいの女性が顔を出し、


「邪ー魔ー」


 と、鬱陶しそうに一言こちらへ言ってきた。


 僕達がいるのは、白いラインで区切られた駐車スペースのうちの一マス。

 ここに止めたいのだろう。

 このコンビニの駐車場は、車が二十台近く止められる広さで、現在五台しか利用しておらず他にも止める場所は空いているのだが、どうしてもここがいいようだ。

 別段、店の入り口に近いというわけでもないのだが。


 しかし、この場にいると邪魔になるとは僕も思っていたので、歌舞伎メイクさんに異論はない。


「ほらみなさん」


 ここ開けましょ、と言おうとしたが、


「はぁ~?」


 マーガレットさんが目玉をひん剥いて、歌舞伎メイクさんに超ガンくれてた。


「ぐっ」


 呪殺でもしそうなマーガレットさんのメンチにひるむ歌舞伎メイクさん。

 岩橋さんもすがめた目で、歌舞伎メイクさんを見てる。

 このままだと揉め事になりそうだ。なので、


「ほらほらマーガレットさん、邪眼メンチ使ってないであっち行きましょ」


 歩道のほうへとマーガレットさんの背中を押した。


「ジャガンってなに~? つーかあーし、普通に見てただけなんですけど~」


 今のが普通……。


「とにかくあっち行きましょ。ほら、イワシの端っこさんも……」


 と、手を伸ばそうとしたら、


「類、ワイらもあっち行こうでや」


 弥生さんがイワシさんの肩を押して移動するところだった。


 意外や意外。

 この人もイワシさんと同じような反応をしてるもんだと思った。


「弥生さんは怒んないんですね」


 思ったことをそのまま聞いてみた。


「……あれはヤバいで。あれ絶対元ヤンやで。黒くて大きい車乗ってるんじゃからな。彼氏は総長とかに違いないわ。あれに逆らっちゃあいけんぞなもし」


「……はあ」


 どうしたんだこの人?

 あんただってヤンキーだろうに。

 ぞなもしってどこの方言だ?


 よくわからないが、何にせよ怒っていないようで良かった。

 そのまま四人で歩道の手前まで移動した。


「ふぃ~」


 歌舞伎メイクさんの乗る車から離れたところで一息ついた。


「ねぇねぇ羽場~」


 ガラガラの小声でマーガレットさん。


「シャツ越しだけど~、あーしのブラ触れてよかったね~」


「……」


 神よ……。


「……ふんっ」


 僕達の様子を見た歌舞伎メイクさんは、荒く鼻息を吐いて顔を引っ込め、ウィンドウを上げ、車を前進させ、ハンドルを右へ切って、スピードを上げて、僕達のほうへ真っすぐ突っ込んで……


「え!? え!? ちょ!?」


「おいおいおい!?」


「ヒィィィッ!?」


「マ〜ジ〜デ〜!?」


 キィッ


 ……タイヤの滑る音を響かせて僕達の一メートル手前で止まり、バックで車を駐車した。

 薄くスモークがかったフロントガラスの向こう側で、何が面白いのかゲラゲラ笑っている歌舞伎メイクさん。

 頭おかしいのかこの人……。


「おいコラ! てめぇっ!」


 もちろんキレるイワシさん。


「ちょっと~オバさん~」


 オバさん呼ばわりするおばあちゃん。


 危険運転をした歌舞伎メイクさんは、こちらが怒っていることに気づいているだろうが、無視。

 エンジンかけっぱなしで座席を少し倒し、スマホをいじりだした。


「ふざけんな! おい!」


 車を睨みつけ、歩み寄ろうとするイワシさん。


「ま、待ちんしゃい!」


 弥生さんがイワシさんの腕を掴み、変な言葉づかいでそれを止めようとする。


「落ち着きましょ! ね!?」


 僕も一緒にイワシさんを止めた。


「何すんだお前ら! 放せ!」


「あれはダメやって! 相手にしないほうがええって!」


「そっスよ! ほっときましょ!」


「ああ!? 殺されかけたってのに黙ってられっか!」


 弥生さんと僕の手を振りほどこうと暴れるイワシさん。気持ちはわかるが、ああいった手合いは頭に血が上ると何をするかわからない。相手にしないことが一番の安全な対処法だ。


「放せ!」


「やめときんしゃい!」


「そうですよ! やめときんしゃい!」


 なおも暴れるイワシさんを何とかなだめようとしていると、


 ガー


 と、歌舞伎メイク号の後部座席のスライドドアが開き、中から六、七歳くらいの男の子が降りてきた。多分、歌舞伎メイクさんの息子さんだろう。


 真っ金キンの髪に、イジった眉毛。いかにも歌舞伎メイクさんの子供って雰囲気だ。母親にやらされてるんだろうけど。


「……クソッ」


 腹立たしさを吐いて捨てるように言った後、イワシさんが大人しくなった。


 子供がいるとわかって冷静になったんだろう。

 いくらムカついてるとはいえ、子連れ相手にケンカをするほど常識のないヤンキーではないようだ。


「やだ~、か~わ~い~い~」


 金髪小僧を見たマーガレットさんは、ほうれい線を深くして目を蕩けさせていた。

 お父さんお母さんの実家へ行くと、おばあちゃんがこんな表情で迎えてくれる。おばあちゃん元気かな。


 車のドアを閉めた金髪小僧は、コンビニの入り口へ向かう途中こっちを見て、


「じゃーまー」


 母親の口調を真似て言って、ケラケラと笑った。

 子供ってすぐ大人の真似をするんだよな。


「こ~ら~。そんなこと言ったら、ダ・メ・だ・ゾ~」


 マーガレットさんが、腰に手を当て、片目をヌップリと閉じて注意。


「ギャアァァァァァァァァァァッ」


 金髪小僧は、この世ならざるモノを見てしまったような恐怖の表情でコンビニへ駆け込んだ。


「……何あれ~。感じワル~」


「まぁまぁ、相手は子供ですし」


「キレイなお姉さん相手に恥ずかしーのはわかるけど~」


 メンタル強ぇー。


「あ、あんのクソガキィ……ッ」


 こちらは、歯を食いしばって何とか怒りをこらえているイワシさん。

 こりゃ早いとこコンビニから離れたほうが良さそうだな。

 いや、離れるというか、もう用事は済んだんだしこの人達はほうっといて帰るか。などと考えていると、


「マーガレットぉぉぉっ!」


 どこからか、男性の野太い声が聞こえてきた。


「ほえ~?」


 マーガレットさんが、アホみたいな声をもらして呼ばれたほうへ顔を向け、僕達も同様に首を動かすと、歩道をこちらへ全力疾走してくる男が見えた。

 男は、僕達の近くまで来ると、スピードを緩めて止まり、


「マーガレットっ!」


 もう一度、ほうれい先輩マーガレットさんの名を呼んだ。


「り、龍ちゃん……!」


 動揺した様子のマーガレットさん。


「て、てめぇ……!」


 驚きと苛立ちを混ぜた顔のイワシさん。


「なぜここに……」


 標準語の弥生さん。


 走ってきた男は、緑色チェックのズボンに、白いポロシャツと、ちょいとシャレた制服姿の他校の生徒。

 キレイなリーゼントの髪型で、目が大きくまつ毛が長い、沖縄の人のような濃い顔立ちをしたなかなかの男前。

 百八十半ばはありそうな身長と、ぶ厚い胸板の持ち主で、高校生とは思えない立派な体格をしていた。


 マーガレットさん、イワシさん、リーゼントさん。

 三人の間に緊張した空気が漂う。


「弥生さん弥生さん」


 声を小さくして、ちょいちょいと肩をつついた。


「……なんじゃらほい」


 また変なしゃべり方に戻った。


「あの男の人誰っスか?」


「あいつは……その前に、ワイのことは源次でええでや」


「そっスか?」


「弥生って女の子みたいじゃろ?」


 それはまぁ。


「だから、源次でええ。原人はあかんけどな」


「年上の方をそんな失礼な呼び方しませんよ」


「……」


「で、あの人誰っスか?」


「アイツの名前は、火野龍一郎(ひのりゅういちろう)。……マーガレットの元カレや」


「元カレー屋? マーガレットさんの元カレー屋って何ス?」


「お前、耳おかしいのか? 元カレ。マーガレットの前の彼氏って言ったんや」


「…………………………前の……彼氏?」


 マーガレットさんの、前の彼氏?

 黒きマーガレットさんの、前の交際相手……


「……源次さん」


「今度は何や?」


「正気っスか」


「正気ってなんじゃ」


「『前の彼氏』ってどういう意味か知ってます?」


「『前の彼氏』に意味もへったくれもないじゃろ。過去に付き合ってた男のことや」


「その意味で合ってます」


「それ以外ないやろ」


 黒きマーガレットさんの前カレか。

 世界って広いんだなぁ……。

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