52.超ドキドキっス
で、放課後。
僕は一人、自転車に乗って帰宅中だった。
誠は、剣道部次期部長を誰にするか、という話し合いのため急遽武道場へ。
サクは、オカルト研究部の先輩に呼び出されて部室棟へ行ってしまった。
「遊ぶの楽しみにしてたのになぁ。ま、しゃーないか」
朝方から降り続いていた雨は昼ごろに止み、からりと乾いた風が吹き始めた学校の帰り道、脳内で流れる音楽に首でリズムをとりながら気分良く自転車を走らせる。
「今日は帰って何しよっかな〜」
ここ最近は学校が終わると、いつ召喚されるんだろうと身構えてしまい、心からリラックスできた時間があまりなかった。
でも喚ばないと言われて今日で三日目。
もう本当に異世界へ行くことはないだろう。
「……なんて考えてたらいきなり」
……
…………
………………何も起きないな。
「……」
まぁ、いいんだけど。
何も起きなくていいんだけど。
うん、いいんだよ。
「そうそう、自由最高。万歳」
さて、今日は何をしようか?
とはいえ、やはりここは学生の本分を全うすべきだろう。
ひさびさの集中できる時間でテストも近いわけだし。
「よーし、テストに身を入れるためにも今日は帰って三時間ほどかけてオナ……げ」
数十メートル先のコンビニの駐車場に、特徴のある見知った三人を発見した。
服装は、うちの高校の制服である白の半袖カッターシャツに黒のズボン、または黒のスカートだが、あの髪形や肌の色は間違いない。
「……ついにこの日が来たか」
同じ学校に通ってる以上いつかは会うと思っていたが、三人まとめてとは……。
どうしよっかなぁ。
関わらないのが一番なんだけど、ずっと気になってたんだよなぁ。
やりすぎちゃったなとか、仕返しされないかなとかさ。
これからも気にしたまま学校生活送るのヤだしなぁ。
もう一度しっかりと謝っといたほうがいいかなぁ。
「ん? ……あ!」
うだうだと考えている間に、原始人先輩がウンコ座りの体勢から、不意にこちらへ顔を向け僕に気づいた。
野生味を色濃く残している彼にとっては、背後からの視線を感じとることなど造作も無いことなのだろう。
三人というのは、二週間ほど前にもめた上級生、原始人先輩とイワシ先輩と黒いほうれい先輩だった。三上先輩の姿は見えない。
僕と目があった原始人先輩は、てっきりこちらへ突っかかってくるかと思ったが、
「……(フイ)」
僕を無視して首を前へ戻した。
どうしたんだろう?
向こうも僕と関わりたく無いと思ってるんだろうか?
けれども、原始人先輩の声と視線で残る二人がこっちを見て、
「あ! あいつ!」
「あ! ……誰ぇ〜?」
イワシ先輩だけ僕に気づいた。
黒いほうれい先輩は、僕のこと忘れてるみたい。若い子は、みんな同じ顔に見えてしまうんだろう。
イワシ先輩は、僕を見てすぐに目を吊り上げた。
やっぱまだ怒ってるよな……。
仕方がない。
自分で蒔いた種なんだ。
今後の学校生活を平穏に送るためにも、もう一度謝っておこう。
コンビニ前まで来たところで左折して敷地内へ。
駐輪スペースに自転車を止めてから、ヤンキーらしく人に迷惑のかかる駐車場内でしゃがんでいる三人の元へ向かった。
「……え~、ども、お久しぶりです」
明るからず、さりとて暗からず、相手を刺激しないよう真ん中のテンションで声をかけた。
「てめぇ、よく普通に声かけれるな? あ?」
数年前のホストのような茶髪のもっさりヘアースタイルに、顔の造形が前のめりでイワシそっくりな顔をした先輩が、怒り顔のまま腰を上げた。
「普通なんてそんなことないっス。超ドキドキっス」
「じゃあ何で声かけやがった?」
「前のことをもう一度ちゃんと謝ろうと」
「あぁ~っ!」
僕とイワシ先輩を、ヤバめのクスリでもキメたような上目遣いでじっとり見ていた黒いほうれい先輩が、間延びしたガラガラ声を上げて立ち上がり、僕を指差した。
ぱさぱさの茶髪ロングで、顔面に気合の入ったほうれい線を刻み込んだ、豚鼻ギョロ目の、死神のような黒ギャルで、見た目はお年寄りという年齢不詳の上級生。おそらくイワシ先輩の彼女。
「あんたぁ、この前の~」
思い出したようだ。
「あーしに惚れて近づいてきた」
「いえ、自転車操作を誤ってぶつかっちゃっただけの下級生です」
「そ~そ~。そんでその後あーしにコクろうと」
「この間はすみませんでした!」
イワシ先輩に頭を下げた。
「あ? 何だ、いやに殊勝な態度じゃねぇか」
「そもそも、自分からぶつかったのに突っかかっちゃって申し訳ないことしたな、と思ってたんです。それに思い返してみれば、ぶつかったこともキッチリとは謝ってなかったなと」
すみませんと一言謝ったくらいだった。
軽くぶつかっただけとはいえ、それだけなんて目上の人に対して失礼というものだ。
「なんじゃいや、おおう? 謝るためにこっちにきたのやったらそう言ってやったりーや」
今まで僕へ見向きもせず、しゃがんだまま顔を背けていた原始人先輩が急に立ってこちらを見た。
変な関西弁を操る、両サイドにラインの入ったボーズ頭の、四角い顔をした原始の顔を持つ、胴長の先輩。
無視されてるわけではなかったようだ。
「そちらの先輩さんも、すみませんでした」
原始人先輩にも頭を下げた。
「おう。ほんまやったら、いてもうてしまうところやけど、今回は許してやる。ほんまやったら、いてもうてしまうところやけどな」
「ありがとうございます」
いてもうてしまわれんで良かった。
「そちらの先輩さんも、こちらの先輩さんもケガはなかったですか?」
「そちらこちらってややこしいのう。ワイの名前は、弥生源次や。三月の弥生に、源の次って書くのや」
「弥生源次さんですか」
弥生時代の弥生に源次ンさんね。憶えやすい。
「……今お前、憶えやすいって思うたじゃろ?」
「いえいえ。で、こちらの先輩さんは?」
「俺は、岩橋類。岩の橋に、種類の類だ」
「岩橋類さんですか」
イワシな岩の橋に魚類の類ね。憶えやすい。
「……今お前、憶えやすいって思っただろ」
「いえいえ。で……あなた様は?」
「木春菊」
「……マーガレット……でありますか」
魔阿蛾裂斗?
「今~、チョ~憶えやすいって思ったっしょ~」
「ハハハ。お名字は?」
「黒木。黒木メ◯サと一緒」
図々しい。
「それで、お前の名前は?」
まだ怖い目のまま聞いてくる岩橋先輩。
「あれ? 前に言いませんでしたっけ?」
三上先輩に聞かれたんで教えたはず。
「上の名前は聞いた。下だよ」
「ああ」
そうだった。
フルネームを言うと、「バハムートじゃねぇか」ってイワシ先輩と原始人先輩に馬鹿にされそうだったんで、名字だけ教えたんだった。
「えぇと、僕の名前はですね」
「まぁ、知ってっけどな」
「え?」
「お前、羽場武刀ってんだろ?」
「どうしてそれを?」
「三上に教えてもらった」
そういうことね。
「羽場武刀ね……ブフッ」
ヤな予感……。
「お前……バハムートじゃねぇか! ブハハハハハハッ」
「……」
予感的中。
想像した通りのセリフを吐いて岩橋先輩が大口開けて笑い出した。
小学生の時は、こうやってあからさまに僕の名前をイジって笑うやつはたまにいたけど、中学生以降となると久々だった。
最近は、異世界でバハムートバハムート呼ばれてたけど、それとは別。
こうやってはっきりとバカにして笑われるとカチンとくる。
しかし僕も、岩橋先輩のことをイワシだの魚人だの腐ったオイルサーディンだの言っていたので、これは仕方がない。
「グフッ……バ、バハムート ……グフフ」
弥生先輩も小笑い。
笑い方キモい。
「ギャハハハハハッ、なになに〜、どうしたの〜?」
黒きマーガレットさんは、よくわかってないようだか笑ってる。
ま、笑われてもしゃーない。
この二人のことも、さんざん好き勝手呼んでたもんな。
「……それでさっきの続きなんですけど」
「ハハハ……あ?」
「えーと、イワシ橋魚類さんでしたよね?」
「……岩橋類だよ。つーかお前、一回俺の名前普通に呼んでただろ」
「岩橋さんは、僕の謝罪を受け入れて許してくれますかね?」
「……ふん。許してやるよ」
「え? 普通に許してくれるんですか?」
「そう言ってんだろ」
許す代わりに一発殴らせろ、とか言われるかと思った。
「三上に言われてっからよ。次お前と会ってもケンカすんなってな」
「三上先輩がですか……」
わざわざ気を回してくれたんだな……。
ありがたい話だ。
「だからもういい。この前のことは忘れてやる」
忘れてやる、と言うわりにはとっても不満そうな顔。
三上先輩がケンカすんなって言ってくれてなかったら、殴られてたかもしれない。
弥生さんも三上先輩が言ったから許してくれたのだろう。
今度会ったらお礼言っとかないと。
にしても、岩橋さんと弥生さん、前もそうだったけど三上先輩には逆らえないようだ。
相当怖い人なんだろうか。
怒った時の様子は、ネコ科の猛獣みたいだったもんな。




