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49.老師

「……」


 あれ?

 何で僕、ナチュラルに小早川さんと並んで歩いてんだろ?


 同じクラスで席も隣なんだからおかしくはないけどさ。

 でも、小早川さんて校内でも指折りの美少女なんだよ。

 そんなお人と二人並んで歩くなんて恐れ多いというか……。


 しかし、このような状況になったからには、ウィットに富んだトークで場を盛り上げなくては。

 とはいえ、小早川さんて超無口な人だから何を話せばよいやら。う~ん……


「あ」


 ふと外へ目を向けると三上先輩を発見した。

 金髪長身の巨乳さんなのですごく目立つ。

 すれ違う男子生徒は、みんな振り返っている。

 あんなに存在感のある人をどうしてこれまで知らなかったのか不思……


「そうだ!」


「(ビクッ)」


「あ、ごめんごめん」


 つい大声を上げてしまい小早川さんを驚かせてしまった。

 だが、三上先輩を見て一つ話題を思いついた。

 いつも本を読んでいる小早川さんなら、さっきの言葉を知ってるんじゃないだろうか。


「あのさ、小早川さん」


「……」


 小早川さんのキレイなお顔がこちらへ向けられた。

 ちょっとドキドキ。


「さっきまで金髪の三上先輩って人と話してたんだけどさ、その人が難しい言葉を言ってたんだよ」


「……うん」


「えーと、確か、『その光を和らげ、その塵に同ず』だったかな。知ってる?」


「……老子」


「おお、やっぱり知ってるんだ。すごいなぁ」


「……(フルフル)」


 首を左右へ振る小早川さん。そんなことないって言いたいんだろう。

 奥ゆかしい。


「いや、すごいよ。三上先輩も読書好きみたいでさ、だったら小早川さんも知ってるんじゃないかと思ったんだけど、さすがだよ」


「……(フルフル)」


「で、その老師様って何て名前?」


「………………え?」


「老師様ってくらいだから少林寺の人? それともカンフーの達人とか?」


「……老子は……老子」


「なるほど……深いね」


「………………え?」


「つまり、茶人といえば千利休、発明といえばエジソンみたいに、老師といえばこの人ってお方がいるんだね」


「……」


 小早川さんが黙ったまま前を向いてしまった。

 眉毛が微妙に下がっている。

 何やらお困りの様子。


 ……もしかして、千利休知らないのかな?

 それで黙ってしまったのかもしれない。


 小早川さんのテストの成績はいつも上位。

 頭が良い。

 けど、勉強できる人ってみんなが知ってることを意外と知らなかったりするんだよな。

 某有名国立大学出身で現在予備校講師の人気物先生も「貼る」って漢字を答えられなかったし。


 ならば今度は、僕が小早川さんに千利休を教えてあげるとしよう。


「小早川さん、千利休という人はね」


「おはよう、武刀」


 僕が説明しようとしたところで後ろから挨拶の声が聞こえ、その人物が僕の横に並んだ。この声は、


「あ、やっぱりサクか」


 クラスメイトで小学校からの付き合いの、佐蔵友作だった。


「おはよー、サク」


「ああ。小早川もおはよう」


「……おはよう」


 ピッチリとした七・三分けの髪を手で撫でつけながら、小早川さんにも挨拶。

 小早川さんもわずかに頭を下げて朝の挨拶を返した。


「今日は早いな、武刀」


「なんだか早く目が覚めちゃってね。そういうサクも早いね」


「オカルト研究部に顔を出していたんだ」


「そうなんだ」


 サクは、オカルト研究部に一応所属している。

 幽霊部員なので気が向いたら顔を出す程度の出席率だけれど。


「それで、千利休がどうしたんだ?」


 聞こえてたのか。


「実は、小早川さんが千利休を知らないようでさ」


「……(バッ)」


 小早川さんが首を痛めそうな勢いでこちらを向いた。

 目が少しだけ普段よりも大きく見開かれている。

 無表情の彼女にしては珍しい。

 写真に収めたい。


 何かを訴えるように僕を見つめる小早川さん。

 あの首の勢いと、この表情を言葉にするなら、


「知らないわけがないだろう」


 サクが代わりに答えてくれた。

 そんなところだろうな。


「……(コクコク)」


 小早川さんも頷いてるし。

 リアクションに乏しい小早川さんが二回も頷くなんて珍しい。

 知ってて当然ってことか。


「知ってるんだね」


「……(コクコク)」


「じゃあ、エジソン知らない?」


「……(フルフル)」


「あ、やっぱエジソン知らない?」


「……(ブンブン)」


 七イニング目に入っても今だキャッチャーの出すサインと呼吸が合わないことにイラ立つ先発投手のように、大きく首を振る小早川さん。つまり、


「全っ然知らないってことか」


「……(ブンブンブンブン)」


 二回増えた。


「エジソンを知らない高校生はいないだろ」


「……(コクコク)」


 これまたサクが代わって答え、小早川さんが頷いた。

 知っています、という意味の首振りだったのか。

 では、どうして小早川さんは困ったような顔をしたのだろうか。


「……お前、一体何の話をしていたんだ?」


 眉間にしわを寄せて困惑顔のサク。


「利休とエジソンは話の流れで出てきただけなんだけど、えーと……『その光を和らげ、その塵に同ず』って言葉知ってる? って話してたんだよ」


「老子だな」


 サクも知ってたか。

 こいつも成績良いもんな。


「どういう意味?」


「いくら自分に素晴らしい才能があっても、傲岸不遜になってはいけない」


「おー、さすがピッチリ。てか、結構有名?」


「言葉はそうでもないが、人物は有名だ」


「へぇ。名前なんてぇの?」


「老子は老子だ」


「なるほど……やっぱり深いね」


「やっぱり?」


「つまり、茶人といえば千利休、発明といえばエジソンみたいに、老師といえばこの人ってお方がいるんだね」


「そこで出てきたか……」


 サクが、七・三を撫でつけながら頷いた。


「武刀」


「何?」


「老子というのは、老いるに子供の子と書いて老子だ」


「………………え?」


「孔子や孫子はさすがに知っているな? その人物たちと同じ古代中国の思想家で、老子というのは名前なんだ。授業で習ったろう」


「……名前」


「多分お前は、『子』を師匠の『師』と思ったのだろうが、武◯老師的な老師ではないんだ」


「……じっちゃんは……関係ない……?」


「残念だが……」


「……つまり、『子の一族』、と?」


「一族ではないし、『子』に『D』みたいな意味はない。古代中国の男性への敬称だ」


「……」


 小早川さんを見る。


「……名前だったんだね」


「……(コクリ)」


 一度大きく頷かれた。なんてこったい……。


「……サク」


「何だ?」


「深いねって言った僕の言葉を聞いてどう思った?」


「涙が出そうになった」


 いっそ笑ってくれれば。


 これで小早川さんが困り顔になった理由がわかった。

 自信たっぷりに間違えてるやつって扱いに困るもんな。


「フゥ、無知蒙昧な自分が情けないよ」


「無知蒙昧。学もなければ常識もないクルクルパーなやつのことなわけだが」


「……」


「……」


「……恥をささぐこともできないなんて」


「誰に捧げるのか知らんが、恥はすすぐかそそぐほうがいいぞ」


「……」


 ガクリ


 廊下のど真ん中で片膝をついた。

 小早川さんの前でとんだ赤っ恥を三連チャンも……。


「どうして……こんなことに……」


「……小早川、俺達は先に教室へ行こう」


「……え?」


「……今は一人にしておいてやろう。さぁ」


「……うん」


 サクが首を傾げる小早川さんを促し廊下を歩いて行った。

 センキューマイフレンド。

 気をつかってくれて。


 でも、じゃんじゃん生徒が登校してきてるからまったく一人ではないし、僕のそばを通り過ぎていく人達からも、「武刀ジャマ」とか「こいつ何やってんの?」とか「スカートの中覗こうとしてない?」とか「盗撮?」などの声が聞こえてきてるけど。


 スカートの中は見えないが、足はいい感じで見れる。

 ガーターベルト着けてる子いないな。

 リィザは良い足で良いガーターだったな。


「何してるの、武刀君」


 僕の横で立ち止まった女子生徒。

 顔を上げてそちらを見てみれば、


「あ、吉砂さん」


 肩程まである髪をひっつめてプチポニーテイルにした、きつい顔立ちの眼鏡美人、クラス委員長の吉砂涼子さんが顔は正面へ向けたまま眼球だけを下へ動かして僕を見下ろしていた。

 奴隷のためにわざわざ首を動かすのが面倒くさいと言わんばかりのドSな視線だ。

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