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47.ピンポーン

 梅雨時の長雨は、降り続けば降り続くほど肉体的、精神的疲労が他の時期に比べ大きく溜まっていく。

 空からやってくる雨粒だけでなく、肌に直接蒸気を吹きかけられているような、湿気を多分に含んだ重量感のある空気が心身ともに疲弊させるからだ。

 もちろん僕も他に漏れず憂鬱な気分で雨の日を過ごすことになる。


 いつもならば、であるが。


 最後に異世界へ喚ばれてから三日が経とうとしていた。

 昨日、一昨日は、なんだかんだ言いつつもまたあちらに召喚されるんじゃないかと落ち着かなかった。


 しかし強制召喚は一度も起こらず、これまで毎日喚ばれていたことを考えると、「もう喚ばない」と言っていたことがどうやら本気だとようやく確信を得ることができた。


 異世界の様々なものを見たかったという思いは残るものの、やっと自由になった日常に僕の心は空模様と違い晴れやかで、今朝は随分と早く目が覚めてしまった。

 なので今日で三日続けての雨降りにもかかわらず、いつもより早く家を出て、雨ガッパを着て気分良く自転車で登校中だった。


 とはいえ、


「……みんな大丈夫なのかな? 危ない気配が出てたけど。クロアもやっぱ様子が変だったと思うんだけどな……」


 ボンヤリする時間ができると色々と思い出し、気にしてしまうのだけれど。


 忘れることなんてできないよなぁ、などと未練がましく元カノのことを想い続ける男のようなことを考えながら、水たまりをできるだけ避けるように自転車を漕ぎ、学校の敷地を囲む緑色のフェンスに沿って走り、学び舎の校門前に到着。


 校内での自転車の乗車は禁止なので、降りて、押して、駐輪場へ。


 雨が降ると、普段は自転車通学のところをバスや電車に変える生徒がでてくるので、駐輪スペースに少し余裕ができ、愛車が他の自転車と当たって傷がつかないか心配する必要がないのが嬉しい。

 空いている場所に普通に止め、カッパを脱ぎ、自転車にかけ、青いポリ袋に入れていたスクールバッグを前カゴから取ってビニールから出し、若干乱れた前髪を手櫛で整えて、自転車に挿していたビニール傘を抜いて差してから昇降口へ向かった。


 屋内に入って傘についた水滴を落としてたたみ、変なシワができないよう一枚一枚の襞をキレイに伸ばしてからバンドを巻いてホックを止めた。

 そして、自分のクラスの下駄箱前に到着し、上履きを取り出そうとしたところで、


 ゴゾゾゾゾゾ


「んにゃはーーーーーーーーっ」


 耳の穴に何かが侵入してきた。

 耳をパパパッと手で払い、


「な、何何何!?」


 横を見ると、


「よ」


 人差し指を自分の顔の前で立てている、金髪ロングで気だるそうな目をした女子生徒がいた。


「あ。えーと……三上先輩」


「ピンポーン」


 目を細くしてニッと笑い、正解音を口で言う三年の三上先輩。


 約二週間前、イワシと原人と黒いほうれい線とモメたとき、イワシ達と一緒にいてその場を治めてくれた人だ。

 前は、金色の長い髪を後ろで適当にくくっていたが、今日はサイドに変わっていた。

 くくり方はやっぱり適当だけど。


「もしかして、三上先輩がその人差し指を僕の耳に突っ込んだんですか?」


「ピンポーン」


 なんてイタズラっ娘だ。

 三上先輩が立てていた指を僕のカッターシャツで拭いた。

 自分からしてきたくせに……。


「なんで指突っ込んだんですか?」


「そこに耳があったから」


 山か。


「今、『山か』ってツッコんだろ」


「な、なぜそれを!?」


「フッフッフッ(ニヤリ)」


「ゴ、ゴクリ……先輩の辞書に不可能の文字はないとでも言わんばかりの笑みですね」


「……」


「今、『ナポレオンか』ってツッコんだでしょ」


「な、なぜそれを!?」


「フッフッフッ(ニヤリ)」


「ゴ、ゴクリ……この技を使えるのはアタシだけだと思っていたのに……。フフ、『その光を和らげ その塵に同ず』か」


 ………………


「今、『老子か』ってツッコんだろ?」


「……ナゼソレヲ?」


「フッフッフッ(ニヤリ)」


「……さすがは最上級生。二度までも僕の心を読むとは。これは早々に負けを認めなければなりませんね。フフ、鎧袖一触とはこのことか」


「……」


「今、『アナ◯ル・ガトーか』ってツッコんだでしょ」


「誰それ?」


「……」


「アナ◯ルさんて誰?」


「……先輩、おひさです」


「お、おう、おひさ」


「この間はご迷惑をおかけしました」


「あぁ、別にいいって」


 手をヒラヒラ振る三上先輩。

 着崩したカッターシャツの胸元から谷間が見えている大変豊かなお胸が、手の動きに合わせてゆさゆさ揺れている。眼福。


「ずい分お早い登校ですね」


「そっちこそ」


「僕はたまたまです」


「アタシは図書室寄って、本を返して借りるためにな」


 読書家なんだろうか。

 それで難しい言葉を知っていたのかも。

 小早川さんと話が合いそう。


「今、『この人不良のくせに本読むのか』ってツッコんだろ」


「それはもういいっスから。でも、言われてみれば思わなくもないというか……」


 連れの三人は不良っぽかったわけだし。


「あれ? 思わなかった? 本を読む不良って珍しくない?」


「いえ、そもそも不良と思ってないです」


 最初見た時は思った。

 でもそのあとケンカを止める様子などを見ていて思い直した。


「え? そう? ……ふーん。そかそか」


 まじまじと僕を見てくる三上先輩。

 目鼻立ちのくっきりした美人さんで、身長は僕より少し低い百六十七、八ってところ。

 細い身体つきではあるが、妙な迫力があるので何とも落ち着かない。

 いや、単に美女だから落ち着かないだけか。

 あ、この人瞳が……


「みんなさ、アタシが本読んでると変な目で見てくるんだよ」


「変な目ですか」


 想像してみる。

 屋上で一人読書にふける金髪美女…………すごく良くない?

 屋上立ち入り禁止だけど。


「それって三上先輩の本を読む姿が絵になってるから、みんな見てくるんじゃないっスかね?」


 『変な』の部分は気のせいで。

 もしくは男子だけがエロスな目で見てるだけで。


「ハハ、ないない。みんな、髪金色に染めた不良が読書? って思ってんだって」


「え? それって染めてるんですか? 地毛だと思った」


 髪を見る目にはかなりの自信があったのに。理由は微塵も見当がつかないけれども自信があったのに。


「……何でわかった?」


 先輩のけだるそうな目が大きく見開かれていた。


「へ? 何がです?」


「髪、地毛って」


「あ、やっぱり地毛だったんですか」


「何でわかった?」


「昔から髪染めてる人って、何でかわからないんですけど、まったくもって理由はわからないんですけど、本っ当に全っ然わからないんですけど、わかるんですよ」


「……なんかややこしいな」


「あと、金髪って校則違反なのにそのままでいられることとか、先輩の瞳の色が少し灰色で、顔のパーツパーツも大きめなんで海外の人の血が混じってて金色なんじゃないかな、と」


 さっき三上先輩がこっちをまじまじと見ていた時、瞳の色に気がついた。


「……へぇ~。へぇぇ~。へぇぇぇ~」


 バシッ、バシッ


「いてっ、いてっ」


 肩を叩かれた。


「フフフ」


 なぜか笑顔で。


「せ、先輩、痛いっス」


「フフ、そっかそっか、痛いか。フフフ」


 バンッ、バンッ、バンッ


「いでっ、いでっ、いでっ」


 今度は背中。

 何で痛いって言ってるのに笑ってんの、この人。


「アタシ、ばあちゃんが海外出身なんだよ。それで目がちょっと灰色ってわけ」


「クオーターですか」


「うん。ほれ」


 三上先輩が上まぶたと下まぶたを左右とも指で上下に広げ、ズイと僕に顔を近づけた。

 なぜか鼻の穴をふくらませ、口もおっぴろげられている。

 目薬を差すのが苦手な人みたいだ。

 かなり笑える。


「あ?」


 多分、「な?」って言ったんだと思う。


「そ、そうっスね。でも、そこまでしなくてもわかるっスよ」


「ほ?」


 多分、「そ?」って言ったんだと思う。

 先輩が手を下ろして口を閉じ、鼻の穴もすぼめた。


「あ、よだれ垂れちった」


 へへ、と笑いながらカッターシャツの袖で口をゴシゴシ。

 ちょっと雑な様子がリィザを思い出させる。


「ま、そんなわけで、四分の一は北欧系の血が混じってんだ」


「へぇ、北欧」


 なんとなくカッコイイ響き。


「うん。でもみんなは、ぱっと見でアタシが髪を金色に染めてるって勘違いするんだよ」


 一番目を引くところだからな。


「で、周りからは不良扱いされるってわけ」


 ふむふむ。


「なんだか苦労されてそうですね」


「苦労ってほどでもないけどな。でもお前は不良と思わず、アタシに海外の血が混じってるんじゃないかと見抜いた。だから……」


 バシッ、バシッ、


「いてっ、いてっ」


 また肩を叩かれた。


「やるじゃん、ってかんじ」


 嬉しそうに微笑む三上先輩。

 どうやら褒められてるっぽいので、


「えーと……どもです」


 とりあえず礼を言っておいた。

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