40.毛魂の叫び
「ず、ずい分帰ってくるの早かったね。もう用事済んだの?」
「……レアが、クロアが危険な目に合ってるって言うんで急いで戻ってきたんだよ。レアの『魔除けの円陣』は、クロアに危険が及ぶとレアに伝わるって仕掛けもあるからな」
そういうことね……。
「す、すごいね。クロさんのピンチわかって良かったね」
「あんたがピンチの源でしょうが!」
ドフッ
「おうふっ」
ミラの後ろから走ってきた美少女モードのククが、僕のレバーに頭突きをかましてきた。
ククに続くように、僕の後ろへ回り込んだレアが、
「『世界の理を変えるため我はこの手を不浄に染めん」
魔法の詠唱のような言葉を口にした。
「え!? ウソ!? 魔法!? 」
「未知への開門』」
ズップシ
「きょーーーーーーーーーーんっ」
傘の先っちょでカンチョウされた。
さらにミラが、僕の胸倉を掴んでいた手をそのままに、反対の手で、
「ふんっ」
「きょーーーーーーーーーーんっ」
僕の股間をわし掴み、
「よいしょおっ」
「わっ、わっ」
僕をバーベルのように頭上に持ち上げ、
「おらぁぁぁっ」
「あーーーれーーー」
投げた。
投げられた先にあるのは、
「げっ、焚き火!」
だった。
「落ちる落ちる落ちるうわーーーーーーーーーーぐえっ」
ドシャッ、と地面に焚き火をかすって叩きつけられた。
「いってぇーーー……うおっ、熱っ、熱っ、熱っ」
燃えている薪が少し当たったお尻を手でパンパン叩き、土にこすりつけた。
火はついていないようだったが、ハーフパンツには小さな穴が開いていた。
「あ、あっぶね~。なんつー恐ろしいことすんだ。つーか、なんつー馬鹿力」
六、七メートルは飛ばされた。
あの人召喚獣か?
そうじゃなくてもあの人いたら召喚獣いらなくない?
「痛ててて」
蹴られた横っ面、頭突きを食らったレバー、肛門。
あっちこっち痛い。
ダメージを負った箇所をさすりながら起き上がると、
「バハム~ト~~~ッ!」
リィザが悪霊にでも取り憑かれたかのような低い声を出しながら、顔を般若に変えてこちらへやってきた。
「お前は~っ! 一度ならず二度までも~っ!」
ミラ以上に目が危険だ。
「ち、ちょいとお待ちを。まずはお話を」
「聞くまでもない!」
「ぶぼあっ」
問答無用で殴られ、ぐるんと一回転して倒れた。
「いちいち倒れるな!」
リィザが無茶を言い僕を強引に立たせた。
髪を両手でガッチリ掴んで。
「ちょっ!? あ痛たたたたたたたたたたっ! 髪痛い髪痛い! 髪痛いから! 手ぇ放して! 髪から手ぇ放して!」
「お前は! またしても! お前は! お前は! お前は!」
リィザが髪を掴んだまま、僕を前後左右に揺さぶりだした
「やめてやめてやめて! 痛ででででででででででっ」
「しかも、こ、こ、股間に! あ、足を当てて……! 何を考えてるんだ! この変態召喚獣!」
「あだだだだだだだだだだっ、放して! 手ぇ放して! 髪抜けるから! 髪抜けてアレになっちゃうから! ダメダメダメダメほんとダメ! ほんとにダメだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
そんな毛魂の叫びなど聞こえていないのか、髪を掴んだままブンブン僕の頭をシェイクし続ける金髪ご主人。これシャレにならん。髪さんへの負担が大きすぎる。
「リィザ! クロアは大丈夫! ちょっと意識が朦朧としてるだけ!」
リィザの手を握り何とか引きはがそうとしていると、ククがクロアの状態を伝えてきた。どうやらクロアは、電気アンマ攻撃を受け、軽く悶絶していたようだ。
「ケガはないのか!?」
僕の髪から手を離し、ククを振り返るリィザ。
「痛っ、痛っつ~……ててて」
髪を撫でて痛がる僕を無視して、リィザがクロアたちのほうへ駆けだそうとした。しかし、
「ケガはないわ! こっち来なくていいからそのアホが逃げないように見といて!」
とククに言われ、
「う……ぐっ……わかった!」
渋々ククの言葉を受け入れこちらへ顔を向けた。
「バハムート! この報いは受けてもらうぞ!」
リィザが怒っていることはわかっているが、今はそれどころじゃない。
お頭様のほうが気になる。
「……あ、これ…………いって~……あ~……こっち……うわ、マジか~……」
「おいバハムート! 聞いているのか! ……バハムート? どうした?」
「……シャンプー……いや、あれは……でも……逆に……」
「おーい? 何ブツブツ言って…………あれ? お前、ハゲてない?」
「はぁっ!? な、なななな何が!? 何のこと!?」
「オデコに髪がないというか」
「い、いやいやいや、ち、違うし! そういうのじゃないし! ないとかじゃなくてもともと額がほんの少ーーーーーーーーし広いだけで、ないとかアレとかじゃないし! 抜けようが抜かれようが僕全然気にしないし! 気にしたこともないし! 本当だし! まったく! アレとか! そういうのとは! 全っっっ然! 違うし!」
「…………お前、ハゲてるの?」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。僕言ったよね? ね? 僕今言いましたよね? アレじゃないって。ね? あ~ビックリしわ~。いえね、確かにね、僕ってオデコが人よりほんの少ーーーーーーーーしだけ広いから、そこに気づいた友達とかが勘違いして『お前アレじゃね?』って聞いてきたりすることがありますけど、このオデコは生まれつきであって年齢を重ねてこうなったわけじゃないんですよ。先程触ってすでにお分かりかとは思いますけど僕の髪はちゃんと頭皮と言う名の大地に根を下ろして強くたくましくすくすくと天に向かって元気に育ってる子達だからアレについてまったく気にしたことだってないんですよそれに同年代の人と比べてもかなり太くて力強くて頼もしいやつらばかりでこれまでたくさんの人の髪を凝視してきましたけど僕の髪以上に気高く誇りのある髪なんてなかなかお目にかかれな」
「わ、わかった、わかったから、何もそんなに必死にならなくても」
「違う違う違うそうじゃないんですよリィザさん必死とかじゃないんですよただ僕は勘違いされたままだと後々面倒なことになる可能性があるってことを考えたうえで今この場でしっかりと説明しておこう思って話しているだけで別に必死になってるとかそういうことではないんですよ例えばあなたが足が臭いと勘違いされてそのことを訂正せず放っておいてしばらく後に街中であのコの足は生臭いなんてさらにヒドくなった勘違い情報が広まったりしたら困るでしょうだったらその勘違いをされたときに誤解を正すためしっかりと相手に説明すべきだと思うんですよ僕がしていることもそういうことであって必死と表現されるようなことではないんですよその言い方だとまるで僕が言い訳をしているように聞こえ」
「ち、ちょっと落ち着け。な? 無表情で淡々と喋るな。怖いから。ひとまず冷静になれ」
「いえいえ僕の心は真冬のベーリング海のように落ち着いてますし冷静ですよそれより僕はあなたの間違った認識を」
「そんなやつまともに相手すんな」
僕が懇切丁寧に髪事情について説明していると、ミラが一人で僕達のそばへやってきた。
「い、いや、そうなんだけど、あまりに不気味だったから……」
僕、不気味だったのか……。
「クロアのとこ行っていいぜ」
ミラが親指で自分の後ろを指した。言われたリィザは、
「え? そ、そうか? じゃあバハムートのことは任せた」
気になっていたクロアの様子を見に行けることが嬉しいのだろう、表情を緩め、僕にアッカンベーをして行ってしまった。
美少女のアッカンベーっていいな。
「…………ふぅん」
リィザに代わって僕の前に立ったミラが僕をジーっと眺める。
主に頭部を。
「……あの、僕の頭がどうかした」
「向こうまで話が聞こえてたからよ」
「……」
何が言いたいのか全く理解できないが、この話は広げたくない。何が言いたいのか全く理解はできないが。
「まぁ、そんなことはどうでもいいな」
ミラが、二の腕にくくり付けていた紅い龍が刺繍された黒いバンダナの結び目を解いてはずし、赤い髪を覆うようにして頭に巻き、
「やってくれたな……」
ギラついた鋭い目で僕を見据えながら、背中に負っていた身の丈ほどもある大剣をゆっくりと持ち上げ、剣先をこちらへ向けた。
「落とし前、つけてもらおうか」
自分の死が生々しくイメージできた。




