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4.ブレスの調子どう?

「ふぁ~ぁ」


 大口開けてあくびをし、眠気の残る目をごしごしこする。


 明け方のわけのわからない出来事から数時間後、僕は朝の通学路にて、自転車を走らせていた。


「う~ん……」


 自分の身に起きたことについて考えながら。


 あの後シャワーを浴びて髪を入念に洗い、ついでにパジャマも風呂場で洗い、身体についた土などで汚してしまった廊下と自分の部屋を掃除し、そこから奇妙な出来事について考え続けていたのだが、一時間ほどして目覚まし時計が鳴り、学校へ行く準備をし、現在登校中で今も考え中であった。


「一体何が起きたのやら。夢遊病ってわけでもないだろうし……」


 ウチにはケルベロスという名前の飼い犬がいる。

 地獄の番犬のような名だが、柴犬っぽい見た目で、茶色い毛並みのオスの雑種犬だ。


 もし僕が眠った状態で外へ出て土遊びでもしてたのなら、庭にいるケルちゃんが吠えて、家族みんなが起き、僕の奇行に気づいただろう。

 しかしそんな様子はなく、お父さんも、お母さんも、優ちゃんも、朝普通に「おはよー」てなもんだった。


「じゃあ優ちゃんが僕にいたずらしたのかな?」


 幼稚園の年少さんで今年五歳になる妹の羽場優子(はば ゆうこ)

 とにかく元気で家の中でも外でもいつも走り回っている。

 カーテンの陰から突然現れて「わ!」と驚かせるかわいいイタズラなども仕掛けてくる優ちゃんが、僕が寝ている間に何かしたのだろうか。


「……」


 ありえないな。


 さすがに、人に土や葉っぱをこすりつけまくったりタンコブができるくらい人の頭叩くわけないし、そんなことされたら僕だってすぐ起きる。


 なにより、天使な優ちゃんがそんなことするわけないし。


 じゃあ一体僕に何が起きたのかというと、


「わからん……」


 結局そこにたどりつくのだった。


「こりゃ考えても答えなんて出そうに……へーっくしょんっ」


 自転車のバランスを崩しそうなくらい大きなクシャミがでた。


 今日は晴れているが、時期は梅雨。

 周囲へ目を向ければ、空模様、天気予報に関係なく、傘を持っている人の姿がチラホラ見られるそんな時分。


 制服の衣替えが済んだばかりの僕の格好は、白の半袖カッターシャツに、黒い長ズボン。

 自転車に乗って風を受けているとまだ肌寒く、ブレザーが恋しい。

 サマーニットか長袖のカッターシャツでも着てくればよかった。


 いつもは町の景色をぼんやりと眺め、アレコレ中身のあることないことを考えながら自転車を漕いでいるが、今日は朝の出来事がずっと頭の中を占めていた。


 そんなわけで、あーでもないこーでもないとうんうん唸っているうちに、感覚としてはいつもより早く、僕の通う学校、県立明羽(あかばね)南高等学校に到着した。


 校内は自転車の乗車が禁止なので校門前で降り、愛車を押して駐輪場へ。

 そこで、同じく自転車通学のクラスメイトから、


「おはよー、バハムート」


 と声をかけられ、


「おはよー。羽場武刀な」


 こちらもお決まりの文句を返す。

 僕の名前は、「はばむとう」であって、あの幻獣だか神獣だか召喚獣だかの「バハムート」とは違う。似てはいるけれど。


 武刀という名前を付けたのはゲーム好きのお父さん。

 僕が、バハムートのように強く立派な存在になるよう願いを込めて名づけたらしい。


 妹の優子という名前を考えたのもお父さん。

 やっぱりバハムートとかすってる。


 小学生の頃はこの名前があまり好きではなかった。

 アホな連中に「センセー、バハムート君だけ空飛んで登校しててズルイと思いまーす」などとイジられることがあったからだ。

 たまにケンカになることもあった。


 しかしそれは過去の話。

 今は、バハムートと呼ばれようが、ブレスの調子どう? と聞かれようが気にならない。

 あんまりしつこいとイラっとくるけど。


 武刀という名前も今は気に入っている。

 というのも、


「あら武刀君。おはよう」


「おはよー、吉砂さん」


 挨拶してきたのはうちのクラス委員長の女の子、吉砂涼子(きっさりょうこ)さん。


 肩ほどまでの長さの髪をひっつめてプチポニーテイルにしている、大人っぽい雰囲気の眼鏡美人。

 フルネームで呼ばれると嫌そうな顔をする。

 喫茶店っぽくなるから。


 そして、今の挨拶の中に名前を気に入っている理由があった。

 それは「武刀君」という部分だ。


 「むとう」という響きが名字っぽいので、学年が上がってクラスが変わり名前がいまいちわからない時期などに、僕の友達が武刀と呼んでいるのを聞いた女子が「(あれ? この人ムトウって名字だったっけ? まぁいいや。)ねぇねぇムトウ君」と、勘違いしてナチュラルに僕を下の名前で呼んでくれるのが好きに変わった理由だった。


 後で僕の名字が羽場だと気づいても、最初にムトウと呼んでくれた女子の半分くらいはそのまま名前呼びを続けてくれたりする。


 小さい頃は名前で声をかけられようが、名字で声をかけられようが特に気にすることはなかった。

 しかし、思春期を迎えてからは、女子との距離が一気に縮まったような気がする名前呼びがとても嬉しくなったのだった。

 まぁ、気がしてるだけなんだけど。

 彼女できるわけでなし。


 次々やってくるクラスメイトに挨拶をしつつ、自分のクラスに割り当てられた駐輪スペースへ自転車を入れた。


 この駐輪場、自転車の台数に対して空間が狭く、いつも自転車がギュウギュウ詰めの状態なのだが、そのせいで小さなキズが愛車についてしまうことがとても気になる。


 仕方ないとはわかっているが、どうにかならないものかという思いも拭いきれない。


 シンプルなデザインの自転車のスタンドを立て駐輪し、ボストンバッグ型の藍色のスクールバッグを前カゴから取り出し、昇降口へと向かう。すると途中で、


「おーす、武刀」


「ああ、おはよー誠」


 クラスメイトで小学校からの友達の大沢誠(おおさわまこと)に会った。

 日本人としては彫りが深い顔の造りで、短い髪形と鋭い目つきがどことなくシベリアンハスキーを連想させる。


 背が高く、細マッチョで、見た目も中身も男前な奴だ。

 誠の男前っぷりが僕の気のせいでないことを証明するように、周りにいる女の子達の多くが今日もチラチラとこちらを見ていた。

 もちろん僕ではなく誠のことを。

 うらやましい。

 彼女だってすぐにできるはず。


 なのに彼女はいないし、いたこともない。

 スケベなことに興味はあるのに、どうして彼女をつくらないのかは、長年友達をやっているがよくわからない。

 「好きな子いるの?」と聞いても、話をはぐらかされるのだ。


「よ。委員長もおはようさん」


 誠が近くにいた吉砂さんに気づき挨拶。


「おはよう、大沢君」


 吉砂さんも誠へ挨拶を返した。が、少し不満そうな表情で眼鏡のブリッジをくいっと中指で持ち上げた。


「いつも言っているけれど、私の名前は委員長ではないのよ。ちゃんと名前を呼んでもらえるかしら」


「ああ、スマン」


「物覚えの悪い豚ね」


「……」


「冗談よ」


「あ、ああ、冗談か」


「そうよ、冗談よ……ウフフ、ウフフフフフ」


「……」


 先へと歩いて行く吉砂さん。

 笑い声がエロかった。


 前々から思ってたけど多分あの人ドSだな。


「……吉砂ってドSなんだろうな」


 誠も同じこと思ってた。


「ん? お前、疲れた顔してんな」


 よくわかったな。


「朝からこれか?」


 筒状にした右手を上下に振って見せてきた。


「朝からそんなことするわけないでしょ」


 もう高校生なんだから。


「じゃあ何で疲れてんだ?」


「実は今朝、部屋にプテラノドンくらいのでっかい蚊が現れて戦ってたんだよ」


「ああ、そういう夢ってやけに疲れたりするよな」


 やっぱ夢だと思われちゃうか。


「俺も、遣隋使の権利を賭けて小野妹子と剣道で勝負するって夢を見た時、起きたらめちゃくちゃ疲れてた」


 譲ってやれよ。


「剣道部頑張りすぎててそんな夢見たんじゃない?」


「ハハハ、かもな」


 誠は、小学生の頃からずっと剣道をやっていて高校も剣道部に所属していた。

 今日も朝練があって、練習終わりにシャワーを浴びたのだろう、体からは石鹸の良い香りがした。


「武刀は、ゲームばっかやってるからそんな夢見たんだろ」


「ハハハ、かもね」


 夢じゃないとは思うけれど、だったら何なんだ? ってなると僕も説明できないので、この場は曖昧に返事をしておいた。


 そのまま誠と他愛のない話をしながら自分達の下駄箱前へ移動した。

 二年になってだいぶ年季の入ってきた上履きを取り出し、下駄箱の上に置きっぱなしにさせてもらっている、ペンキなどを塗るときに使うハケを手に取り、それを箒代わりにして自分にあてがわれた下駄箱の中を掃除した。


 上、横、奥のスチール板のホコリを落とす。

 下の板を掃いてホコリや土を外へ出す。

 中へ息をフーッと吹きかける。

 で、下駄箱内を確認。


「うん、これでよし」


 ハケをもとの場所へ戻し、上履きに履き替え、脱いだスニーカーは靴裏を何度か打ち合わせて土を落としてから、そっと下駄箱へ入れた。


「掃除終わったか?」


 たいして待ってもいないと思うが待ちくたびれた顔で誠。


「よくもまぁ毎日やるよな」


「下駄箱内の掃除当番って役割がないんだから自分でやるしかないでしょ。机の中を自分で掃除するのと一緒だよ」


「だとしても毎日朝夕やることないだろ」


「そんなことないよ。いくら掃除しても小さい石の粒とかいつも落ちてるし」


「よーく見ないとわからないような石粒普通気になんねーっての。お前ホント神経質な」


「僕は神経質じゃないよ。ちょっとばかり人より気にする性質なだけ」


「それを神経質って言うんだろ。そんなに気にしてばっかだとハ……」


「……」


「……俺、職員室に寄ってくからまた後でな」


「わかった。んじゃね」


 教室とは逆方向へ歩いていく誠を見送り、


「うん、キレイだ」


 下駄箱の中を再確認してから、僕も自分のクラスへと歩き出した。

 ……少し前髪を気にしながら。

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