38.何探してんの?
えーと、夜明けまで約八時間あると考えて、朝までに腹筋だけでも終わらせようと思ったら……。
近くにある木の枝を拾い、地面に計算式を書いてみる。
「どれくらいのペースでやればいいんだ? えー、一億割る八で……………………さらにそれを六十で割って…………………………さらに六十で割って………………………………なるほど。一秒間に約三千四百七十二,二回やればいいのか」
アホか。
枝を放り投げた。
一秒間に三千四百七十二回も腹筋できたら、そもそももう腹筋鍛える必要ないよ。
こんなんできたらドラゴン◯ールの世界に召喚されてもヤ◯チャくらい活躍できるよ。
「……でも、もしかするとゴリラミラが本気出せばできるのかも……」
「それは数字か?」
「おわっ」
急な後ろからの声に首を向けると、焚き火の灯りに照らされた、黒シャツ黒ズボンのイケメンが、前かがみになって僕が書いた計算式を興味深そうに見ていた。
「ビックリしたー。クロアか」
「さん、だろうが。で、それは数字か?」
「え? あぁ、うん、そうだけど。よくわかったね」
「これは計算式だろ。なんとなくわかる。アホの貴様と一緒にするな」
「……そのアホの僕が、ここになんて書いてあるかクロワッサンに教えてあげようか?」
「いらん。黙ってろ。変な呼び方をするな。敬語を使え。腹筋でもやってろ」
ミラとの会話聞いてたのか。
家から出て来ず話だけ聞いてるなんて陰気なやつ。こいつ根暗な性格なのかもしれ……
「あ、パルティア教の聖印」
前かがみになっているクロアの首から、串に刺さったダンゴみたく輪が四つくっついたペンダントが、ネックレスに絡まるようにブラリと垂れ下がっていた。
ネックレスも聖印もリィザのものと同じく金色だが、聖印の輪の大きさは、リィザのものが五百円玉硬貨のサイズだったのに対し、クロアの聖印は十円玉硬貨のサイズだ。
「へえ、クロアもパルティア教徒だったんだ」
そう僕が口にすると、
「……ふざけるなよ」
クロアがこちらに顔を近づけ睨んできた。
迫力があって少し怖かった。
「な、なにさ? それつけてるってことは、信者なんでしょ?」
「信者ではない。神に祈ることも頼ることもない」
クロアは、僕から視線を外すと、計算式を見るのもやめて、焚き火をはさんだ僕の対面に片膝を立てて座った。
何をいきなり怒ってんだか。
「じゃあ何でつけてんの? オシャレ?」
「違う。これは奴らを侮……何でもない」
「……」
ぶ? ぶ……何だろ?
気になる。
ぶ、の続きも気になるが、こいつの聖印のつけ方も気になる。
リィザは、僕に聖印を探せと言った時、「縦に輪が四つくっついたものだ」と言っていた。
聖印も細い鎖を輪の一つに通し、ネックレスを首にかけると輪が縦並びになるようにしていた。
つまり、縦に四つが正しい形なんだろう。
だがクロアは、四つの輪全てに鎖を通し、首にかけたとき、輪が横並びになるようにしていた。
何か意味でもあるんだろうか。
「ねぇねぇクロさん。今何て言いかけたの? その聖印のつけ方と何か関係あるの? おせーて?」
「……」
しーん。
燃える木の爆ぜる音が響くのみ。
言うのを途中でやめたんだし教えてくれないだろうと思ってたから別にいいけどさ。
だいたい、何でこいつ家から出てきたんだ。
会話する気ないなら引きこもってりゃいいのに。
「クロさんや。家には入んないの? ここにいてもなんもないよ?」
「お前がミラに言われたノルマをきっちりこなすか監視してやる。ほら、さっさとやれ。そして苦しめ」
性格悪……。
「なんでクロさんは街へ行かなかったの? クロさんが行けば僕も街へ行けてたし、アホなノルマ言い渡されることもなかったのに」
「依頼の品を渡すためだけにわざわざ私まで行く必要はない。ミラ達四人で十分だ」
「ふーん……」
「お前は街へ行きたいとガキのようにわめいていたな」
「だって行きたいし。次はいつ街へ行くの? つーか、いつまでこの村にいるの?」
「あと二十日ほどだ」
二十日か……長いな。
「しかし、先程の貴様の必死な顔を思い出すと、リィザに『街でバハムートを喚ぶな』と言いたくなるな。ミラの気持ちが少しわかる」
……話を聞いてただけでなく見てたのか。
全力で変質者だな。
「もしくは、街へ行くのをもっと先延ばしにするかな。クックックッ」
「……そんなに長い間街から離れてたらクロさんも退屈しちゃうでしょ? 街で酒飲んでスッポンポンになったり、女の子のいるお店に行って乳首当てゲームしたり、オッパイの谷間にお金突っ込んで『な? な?』とかやりたいでしょ?」
「それはお前がやりたいことだろ。酒も女も金もどうでもいい。興味はない」
そういやミラが言ってたな。
クロアは、女、ギャンブルに手を出さず、酒はたしなむ程度、稼いだお金はほとんどみんなに配るって。
こいつ何が楽しくて生きてんだろ。
「セイヴィアってさ、時には命がけの危険な仕事なんでしょ?」
「ああ」
「その分稼ぎは一般人よりも多いんだよね?」
「そうだな」
「でもクロさんはお金に興味がないと」
「ない」
「だったらどうしてこんな危険な仕事やってんの?」
「さぁな」
答えるつもりはないと言わんばかりに、クロアが目を閉じた。
「クロさん頭良いんでしょ?」
「知っての通りだ」
ふぁ~あ、とクロアが大あくび。
「もっと楽な仕事あるんじゃないの?」
「かもな」
「体に負担のない仕事とか」
「だな」
「でも続けるんだ?」
「まぁな」
「ふ~ん」
「ふぁ~あ」
「で」
「ん?」
「何探してんの?」
「は?」
「セイヴィアをやってるのは何かを探すためなんでしょ? 何探してんの?」
「ッ!?」
クロアが大きく目を見開き、勢いよく立ち上がった。
「どしたの?」
「……貴様、なぜ私が何かを探しているとわかった?」
しゃべりながら、こちらを警戒するように目を細めていくクロア。
「なぜも何も、危険な仕事で稼ぎが良いのに、お金にも女の人にも娯楽にも興味がないってんなら、何か探すためにセイヴィアやってるとしか思えないでしょ」
「答えになっていない。別段理由もなくセイヴィアをやっている可能性は十分にあるだろう。もしくは、この仕事が好きだからやっている可能性もな。何かを探しているという考えもでてこないはずだ」
「頭の良い人が理由もないのに命がけの仕事なんてしないって。それに、人助けをするセイヴィアって仕事が好きだっていうなら、なんでリィザさん達と一緒に行かなかったの? 困ってる依頼人に依頼が完了したことを伝えるときって、相手の喜ぶ顔を見ることができる一番やりがいを感じる瞬間じゃないの?」
「……」
「あと、リィザさんが言ってたじゃない。『クロアは世界中旅して様々な場所を訪れたことがある』って。んで、ククも言ってたね。『あっちこっちに行って依頼をこなしてる』って。お金はどうでもいい。でもこの仕事は続ける。そして、世界中を旅したことがあって、今の仕事もあっちこっちに行って依頼をこなしてるから旅をしてるようなもの。明らかに何か探してるでしょ? でもってそれは、セイヴィアっていう危険な仕事をやっていると見つかる可能性が高いものなんでしょ?」
「……魔物の研究のためにセイヴィアをやっているのかもしれんだろう」
「ああ、リィザさんが言ってたね。クロさん魔物に詳しいって。だったらそれは、魔物を探してるってことでしょ? 何言ってるの?」
「……いや、そうか……そうだな……」
クロアがゆっくりとその場に腰を下ろした。
「……お前の言う通りだな。私が何かを探していることなど、少し考えればわかることだな……フッ、フフフ」
額に手を当て自分を嗤うような笑みをこぼすクロア。
どうしたんだこいつ?
「そんで何探してんの? エロいもん?」
「さてな」
肩をすくめるクロア。
やっぱり答えてはくれない、と。
エロいもんならなおさらだな。
「じゃあ、みんなに聞くからいいよ」
「フフ。他の連中は、私が何かを探していることにさえ気づいていない」
「だったら言えばいいのに。みんな協力してくれるでしょ。僕だって気が向いたら手を貸すし」
「協力? ……ククク、フハハハハハハハハハハハハ」
今度は笑い出したよ……。
もうわけわからん。
「だいじょぶクロちゃん? 変なキノコでも食べた?」
「クククク……バハムート、それは難しいだろうな」
「何で? 協力してくれるでしょ? 協力してもらっても探し出すのが難しいってこと?」
「それにこれは、私が自分で見つけ出さねばならんのだ」
「大変なんじゃないの?」
「ああ、大変だな……気が遠くなりそうなほど大変だ。それでも、いつか必ず見つけてみせる。たとえ何十年、何百年かかろうとな」
「……へー、がんばってね」
何百年も生きれるなら。




