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35.パルティア教の聖印

 異世界へ召喚されるようになってから、ちょうど十日目。

 今日は、晩御飯を食べ終えて自室でくつろいでいたところを、いつものごとく突然リィザに召喚された。


 今いる場所は、ハーラスの廃村にある井戸のそば。

 隣にはリィザがいて、他のみんなは近くにある家の中に入っていた。


 喚ばれた理由は、パルティア教というリィザが信仰する宗教の聖印が見つからないので、しまったはずの荷袋の中を探せというものだった。


「……はぁ」


 ため息をついて荷袋の中を調べる。


 魔物と戦ったり筋トレさせられるよりはいいが、それくらい自分で探せばいいのに、という意味と、またこの村かという意味のため息だった。


 来る日も来る日も喚ばれる場所は、森かハーラスの廃村ばかり。

 僕が植物や昆虫マニアなら、森を歩いてるだけでも興奮しまくりだろうけど、あいにく知識もなければ興味もないし、パッと見、たいした違いもないのでつまらなかった。


 しばらくこの村を拠点にして活動するという話は、呪いの石像を動かした日に聞かされたが、いつになったら街へ行くのだろうか。

 早く異世界の他の人や景色が見たいものだ。


「どうした、ため息なんてついて」


 そう聞いてくるのは、一緒に荷袋の中を覗き込んでいる僕の御主人様、リィザ・ライン・ハイエスさん。可愛い猫目の碧い瞳は、いつもより陰っているように見える。


 パルティア教とやらの聖印は、よっぽど大切なものなんだろう。

 ならば今は、聖印探しに集中しよう。


「いや、なんでもないです」


 と返事して荷袋の中を漁っていく。

 荷袋は、大人の女性の上半身くらいならスッポリ隠せそうなほどの大きさで、巾着型のワンショルダータイプ。

 探す聖印は、四つの輪っかを縦並びにくっつけた形らしい。


 ということで、焚き火の灯りを頼りに荷袋の中をのぞき、その中身を地面に置いた板の上へ出していっているのだが、


「……この中ぐちゃぐちゃっスね」


 木のコップ、ロープ、ナイフ、ヘアピン、しわくちゃの布、絡まった糸、草に葉っぱに木の枝に赤い実に種っぽいものに石ころ……他にもよくわからない物が適当に入れられていた。


「そんなことはない。お前にはぐちゃぐちゃに見えるだけで、私にとってはキチンと整理されている」


「キチンと……」


 リィザってもしかして、雑な性格なんだろうか。

 治癒の丸薬も、ポケットに裸のまんま入れてたし。


「何? 何か言いたいのか?」


「いえいえ、ただの独り言っス。……にしても、色々入ってますね」


「下着は入ってないぞ」


「んなこと聞いてないっスよ。……ガーターベルトも?」


「うん」


「……そっスか」


 でも、リィザが雑な性格なのだとしたら、一枚くらい入れたまま忘れてる可能性もあるよな。


「よーし! 頑張って見つけるぞ! ガーターベルト!」


「パルティア教の聖印な」


「パルティア教のガーター、パルティア教のガーター……あの、これって全部いるモンなんスか?」


 石とか草とか木の枝とか。

 小さい男の子の鞄の中のようだ。


「もちろんだ」


「じゃあ、この木の枝は何です?」


 中指くらいの長さと太さで、少し湿り気がある灰色の枝。


「それは、水溜めの木から一本頂戴した、水追いの枝だ。知らない?」


「知らないっス」


「水がある場所に近づけば近づくほど湿り気が増してくる枝で、水場を探すときに使う。私達は今、井戸の近くにいるから湿ってるだろ?」


「おお、確かに」


 野外活動では超便利グッズじゃないか。


「じゃあこれは?」


 カリカリ梅そっくりの赤い実。


「アイカの実。知らない?」


「ないっス」


「食べる物がないときの非常食のようなものだ。小さいがとても栄養がある」


「なるほど。じゃあこれは?」


 アボカドの種のようなもの。


「目覚ましの種。知らない?」


「っス」


「寝ている人や眠そうな人のそばで割ると、その人はパッチリと目を覚ます」


「ふむふむ。じゃあこれは?」


 マーブル模様の碁石のようなもの。


「フッフッフッ。それか」


「その笑み……何か特別なものなんですね」


「うむ。その石、よく見てみろ」


「うス」


「よーく見るんだ」


「うス」


「……超、キレイだろ?」


「うス」


「……」


「……」


「……」


「……そんだけ?」


「そんだけとは何だ。すごいことだろ」


「……何かに使うとか、そういうのでなく?」


「観賞用だな」


「……てことは、普通の石?」


「普通ではない。超キレイな石だ」


 つまり普通の石らしい。


「石知らない?」


「知ってる。じゃあこれは?」


 どう見てもただの草。


「ん? 何だろこれ? わかんない」


 わかんないらしい。


「お前知らない?」


「知らない」


 知らないから聞いてる。


「いらないモノは捨てたほうがいいっスよ?」


「いらないモノなんて一つもない」


 整理整頓苦手な人って、だいたいそう言うんだよね。

 リィザって雑な性格のうえに、かたずけのできない人なのかもしれない。


「リィザさんが必要だって言うならそれでいいんですけど、せめて荷物の中を普段からキレイにしとけば、目的の物をすぐに取り出せるし、気持ちも良いですよ」


「だから言ったろ。私にとってはキチンと整理されてるんだって」


 聖印なくしたくせに。


「それに、いらないモノの一つや二つ入ってたとしても別にいいだろ。お前、ちょっと神経質なんじゃないか?」


「……僕は、神経質なんかじゃないですよ。ええ、これっぽっちもね。ん~と、パルティア、パルティア…………あ」


「あったか!?」


「いや、これ」


 殺虫剤が出てきた。


「リィザさんが持ってたんですね」


 最初に喚ばれた日から二、三日たった頃、部屋に殺虫剤がないことに気がついた。多分クイーンモスキートを倒したときに無くしてしまったんだろうと思っていたが、リィザの鞄から出てくるとは。


「あ、あぁ、サッチュウザイな。その、お前に返そうかとも考えたんだけどな、それを見て嫌なことを思い出して、心が壊れたらアレかなーと思ってな。な?」


「嫌なこと?」


 ああ、クイーンモスキートに襲われたことか。

 確かに思い出したくないことだ。殺されかけたわけだし。でも、思い出したからといって心が壊れるってことはない。大げさ。


「それに、虫をやっつけるのにすごく便利だしな。それで、返すのをためらったというかなんというか……」


「まぁ、殺虫剤は、家にまだ何個かあるんでいいんですけど。でも、それでようやくわかりましたよ」


「何が?」


「何でそこの家使えるようになったのかなぁってずっと不思議に思ってたんですよ」


「あー……」


「この廃村をしばらく拠点にしてそこの家で生活するってのは、呪いの石像を動かした日に教えてもらいましたけど、虫だらけなはずの家がどうして使えるようになったのかは聞いてなかったんですよね。魔法でやっつけたのかと思ってましたけど、殺虫剤使ったんですね」


「……うん」


「誰がやっつけたんです? いや、待ってくださいよ。……ズバリ、ククでしょ?」


「……うん」


「あ〜、やっぱりな〜。ククって狐ですもんね。虫は怖くないですよね」


「……うん」


「でも、よくこれが殺虫剤だってわかりましたね?」


「ぱっ」


 ぱ?


「それに使い方も」


「きょっ」


 きょ?


「そ、それは、ア、アレだ」


 どれ?


「あー…………あ、そう! 勘だ!」


「勘っスか」


「そう! 勘! 多分サッチュウザイじゃないかなー、多分こうやって使うんだろうなー、ってな! な!?」


「多分って割りには、はっきりと殺虫剤って」


「イッケーーーッ! バハムート ーーーッ!」


「どこにっスか」


「いいから早く聖印探せ!」


「何カリカリしてんスか? 言われなくても探しますって」


 まぁ、クイーンモスキートの側に落ちてた珍しい物ってことを考えれば、これが殺虫剤ってわかるか。使い方なんて、噴射ボタン押すだけの誰でも使える、安心、安全、超優良商品だし。


「えーと、パリジェンヌの聖印、パリジェンヌの聖印……」


「パルティア! パルティアの聖印!」


「あ、そうでしたそうでした」


 何でパリジェンヌが出てきたんだろ?

 前にもふと出てきたことがあったような……ま、いっか。なぜかお尻がムズムズしてきたし。

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