34.このような日々が続いていた
「…………ん~…………んあ?」
まぶた越しに視界を白く染める朝陽に、自然と目を開けた。
いつの間にか寝ちゃってたのか。
上体を起こし、目をごしごし擦る。
「……あ、糸がない」
僕を縛っていた白い糸が跡形もなく消えていることに気づいた。
やはり、自然と消えるものだったようだ。
「あー、なんだかすっごい体が疲れて……………………マジか」
おネショしてた。
下半身ぐっしょり。
「……止める気がまったくないってくらいの量だな」
治してもらいはしたけれど、あの五人組から殴る蹴る噛みつく突っつかれるされて、体がおかしくなってしまったんだろうか。
まさかいい年しておネショをするとは。
体が異常なほど疲れていることも関係しているのかもしれない。
寝る前よりも体がダルいように感じる。
まるで、未知の巨大害虫パリジェンヌに襲われたかのような疲労が……
「……何でパリジェンヌって言葉が出てきたんだ? しかも巨大害虫って……いや、ついさっき誰かに聞いたような…………あ痛っ、イタタタタ……何だ? 頭とお尻が急に……」
変な夢でも見たのかな?
……きっとそうだな。
異世界へ行くなんていう強烈な体験をしたんだ。
変な夢の一つも見るってもんだ。
「とにかくお風呂場へ行くか」
一階からはまだ誰かが起きている気配は伝わってこない。
一番早く起きるのは、いつもお母さんだ。
お母さんが起きる前に、シャワーを浴びつつおもらしジャージをお風呂場で洗ってしまおう。
「よし、さっさと済ませないと」
靴を脱ぎ、立ち上がって、テーブルを移動させ、ズボン同様ぐっしょり濡れているだろうカーペットをひとまず壁に立てかけるため、クルクルと海苔巻き状態にして……
「……あんま濡れてないな」
盛大にお漏らししたのに、カーペットは少し湿ってる程度だった。
何でだ? ……いや、考えるのは後だ。
今は、行動行動。
あー、お尻イタイ。
◇◆
その日の放課後から、リィザの言っていた地獄とやらが始まった。
一回目と二回目の召喚同様に突然異世界へ喚ばれ、
「正気に戻ったようだな」
と、リィザがわけのわからないことを言った後、『呪いの石像』を動かせと命令してきた。
遺跡への入り口を開く仕掛けになっている、鶏のような大きさと形をした石で、動かした者は、呪いを受けるとのこと。呪いの内容は不明。
呪いを僕が受けてから中へ入るという頭の悪い作戦だ。
「は? ヤダよ。バカじゃないの?」と断ったら、リィザが僕をグーで殴った後、
「朝も聞いたんだから、心の準備は出来てるだろ」
と言ってきた。
言ってる意味がわからないので僕が首を傾げて、頭にはてなマークを浮かべていると、
「……お前、朝何してたか憶えてるか?」
「……前回自分の世界に還されたのはいつだ?」
「……こっち来んの何回目?」
「……どこか痛いところあります?」
リィザ、ミラ、クク、レアに聞かれ、
「寝てた」
「昨日の夜」
「三」
「尻」
と答えた。
四人は僕から少し離れてから、顔を寄せ合って、
「記憶が……」
「変だったもんな……」
「今朝のこと全部……」
「掘られて……」
しばらく小声で何かを話し合ってから、僕のところへ戻り、
「とにかく石像を動かすんだ。……がんばれ」
リィザにいたわるような眼差しを向けられ、励まされた。
何の話をしていたのか尋ねても、そっと優しく肩に手を乗せ頷くだけで、答えてくれなかった。
その後、十分ほどごねたが、ミラが大剣をチラつかせてきたので仕方なく動かした。
石になった。
ククが解呪の護符とやらを使って石化を解いてくれた。
次の日は、マンドラゴラを抜けと言われた。
人っぽい形をした朝鮮人参のような植物だ。
抜くとマンドラゴラは悲鳴のような声を上げ、それを聞くと死ぬかもしれないと言われ、「ヤダよ。バカじゃないの?」と返したらリィザが僕を殴り、耳栓を渡してきたが、「アディオス!」と言って逃げた。
しかし、一歩踏み出す前にリィザに襟首をつかまれた。
まるで、僕が逃げ出すことを予測していたかのような素早さだった。
人の心を読む魔法でも使ったのかもしれない。
ニ十分ほどごねたが、ゴリラ並みの力を持つミラが大剣をチラつかせてきたので、コルクの耳栓をつけて仕方なく抜いた。
失神した。
さらに次の日には、深夜の一時頃、寝ていたところを喚び出され、腕立て千回やれと言われた。
「バカですか?」と言ったら殴られて一万回に増えた。
「僕の世界には百から先の数字が存在しない」とウソをついたら、ゴリラミラが大剣をチラつかせてきたので、謝って腕立てした。
五百回を過ぎたあたりで、気分を紛らわせるために、有名なアニメ映画の歌を口ずさんでいたら、なぜかもういいと言われ還してくれた。
その日の早朝にも喚ばれたが、そばに誰もおらず、不思議に思い辺りへ首を巡らせていると、
「おーい、バハムート。そこらへんに何かいるかー」
十メートルほど離れたところにある、カバくらいの大きさの岩の向こう側から声がして、リィザが岩の上から顔を出していた。
「何もいないっスよー」
「本当かー?」
「ホントホントー」
「今二回言ったー。二回言ったからウソだー」
「ホントですー」
「わかったー」
と、やり取りをした後、
「『我が声に応えし……」
解放の呪文が聞こえてきた。
もしかして、何かの気配がしたんでその確認のためだけに喚ばれたんだろうか。そんなしょーもない理由で喚ばないでほしい。と思いつつ、
「何でこっち来ないんスかー?」
と尋ねると、
「水浴びしてるからー」
とのこと。
「水浴びですかー」
「うーん」
「気持ちよさそうですねー」
「うーん」
「そっち行きますねー」
「『バハムートかいほー』」
還された。
その後も、マンウルフという人面狼と戦わされたり(愛犬ケルベロスとボール遊びをしているときに喚び出され、持っていたボールを遠くへ投げたら追いかけてった)、オイルゴーレムという油まみれの岩男と戦わされたり(食器洗いをしているときに喚び出され、持っていた洗剤をかけたら動かなくなった)、ミラに「毎日三千回腹筋やれ」と、クリ◯ナレベルの筋トレを強要されたり、ポメラニアンモードのククに「爪切れ」「足拭け」と召使いのように扱われたり、レアに「一時的にイケメンになる薬の調合を手伝って下さい」と頼まれたり、できた薬を飲まされたり、一時的に口が臭くなったり、「失敗ですね」と言われたり、リィザに喚ばれて「お前だよな……」とため息をつかれたり、「今日はもう喚ばないから」と言われてホッとしてたら還ってすぐにまた喚ばれて「ビックリした?」と聞かれてイラっとしたり、喚ばれてクロアに「スプーンを拾え」と言われたので拾ったらすぐに還されたり、喚ばれてクロアが「な?」と僕を指差して笑ってすぐ還されたり、喚ばれてクロアに「やはりいらん」と言われすぐに還されたり、喚ばれてクロアに「(じー)」っと見つめられた後「還せ」と言われすぐに還されたり……などなど、他にも肉体的、精神的にしんどいことがたくさんあったが、このような日々が続いていた。
学校のある時間帯に喚ばれることはなかったので、一応配慮はしてもらえているようだ。深夜早朝に喚ぶのも勘弁してほしいけれど。
喚ばれているうちにわかってきたことは、どこにいても喚ばれるが、還される場所は、自宅の僕の部屋だということ。
異世界の一日の時間の流れは、日本とほぼ同じだということ。
リィザの魔力が底をつかない限り何度でも喚ばれるということ。
あまり大きすぎない物なら異世界へ持っていけるし、日本へ持って還れるということ。
クロアはやっぱりヤなヤツだということだった。




