32.パリジェンヌ
「待って待って! ほんっっっとーに待って! 無理だから! 絶対無理だから!」
「どしたの? どっか行くの?」
ククがちょこちょこついてきた。
「ああ、昨日言ってたやつだ」
「昨日? ああ、例の」
もうすでに話し合っていたようで、リィザの言葉にククが頷いた。
「『呪いの石像』をバハムートに動かさせて、こいつに呪いを移してから遺跡に」
「うおぉぉぉいっ! 何の話!? 家は!? 虫は!? 呪いって何!?」
「虫? あ、そっちか」
「ちょいと狐っ娘さん! 呪いの石像って何なの!?」
「んじゃ、がんばってね~。ふあ~ぁ」
気になる情報だけを言って、ククは、前脚を振って僕を見送った。
「ほら、きりきり歩け」
リィザに襟をグイグイ引っ張られる。
気分は罪人。
「ムリムリムリムリムリだって! 呪いの石像も無理だけど、虫も無理だから! 本気で無理だから!」
「お前なら大丈夫だ」
「大丈夫じゃない! 全っ然大丈夫じゃない! いるんでしょ!? 昨日言ってたアレがうじゃうじゃいるんでしょ!? 細くて長くて脚がいっぱい生えてるアレが!?」
「心配するな。あまり大きくないから」
「あ、そうなんだ」
「せいぜい腕くらいの大きさで」
「でかいよ! 長いよ! 想像以上の大物だよ! それで大きくないって大きいのどれくらいあるの!? 無理無理絶対無理! 離して! 離してつかぁさい!」
「えぇい! たかが虫くらいでギャアギャア喚くな!」
「怖いの! 虫怖いの! リィザさんも虫怖いって言ってたじゃん! わかるでしょ!?」
「でもお前はサッチュウザイを持ってるから大丈夫だろ!」
「そんなこと言うならリィザさんが行けばいいでしょ!」
「私は虫退治の道具を持ってないだろうが!」
「殺虫剤貸したげるから! はい!」
「使い方がわからんだろうが!」
「ここ押すだけ! ここ押すだけでいいから! 簡単でしょ! はい!」
「そ、そうではなくて、その、サ、サッチュウザイに不測の事態が起きたら、持ち主のお前でないと対処できないだろ!」
「起きない起きない! 安心安全で誰でも使える超優良商品! だからはい!」
「誰でも使えるんだったらお前が使えばいいだろ!」
「行きたくないって言ってんでしょ!」
「私も行きたくないから言ってるんだ!」
「あんたも怖いんじゃないか!」
「お前もそうだろうがぁっ!」
「だからそうだって言ってんでしょうがぁっ!」
「知るかぁっ!」
「知れぇっ!」
などと言いあってる間に、目的の家に到着。
リィザが僕を家の扉のほうへ押しやり叫ぶ。
「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」
「イっかねーーーっ! リィザさーーーんっ!」
「……」
「……」
リィザは、僕を逃がすまいと両腕を広げてこちらを牽制し、僕は何とか逃げようと扉を背にしてリィザのスキを窺う。
「……これから中へ入るバハムートに、一つ言っておくことがある」
「……入らないからいいです」
「……ヌモネンヌがいる可能性がある」
「……何スか、その陰気なパリジェンヌみたいな名前は?」
「お前、ヌモネンヌ知らない?」
「知らない」
「…………気をつけろ」
「……入るつもりはないですけど、具体的にどう気をつけるのか教えてくれます?」
「……口から粘液まみれの触」
ズズ……ズズ……
リィザの言葉の途中で、背後の家の中から何かが這いずるような音が聞こえてきた。
「ヒィィィッ!」
あわてて後ろへ振り返った。
だが、外から見ただけでは何もわからない。
「リ、リィザさん、今のって」
と、向き直ろうとすると、その前に、リィザが僕の背中に手を当て、
「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」
家のほうへ押し始めた。
「押さないでぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ! ヤダヤダヤダ! 押さないで押さないで押さないで! ヤダァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーっ!」
抵抗むなしく、あっという間に扉のまん前まで押された。
しかし、扉の手前で右足を壁にドンッとつき、それ以上の前進を止めた。
「ふぬっ、ぐっ、ぐぅぅぅっ」
「こらっ、粘るなっ! くっ、て、手が……!」
リィザが扉の取っ手に手を伸ばすが、僕が足を突っ張らせているので、僕の背中を押しているリィザは手が届かない。
「こんの~っ、足をっ、どけろ~っ」
「ふんぬ~っ、命がっ、かかってんだっ、どけるか~っ」
「刺されたらっ、薬草あるからっ、大丈夫だ~っ」
「心がっ、死んじゃうっ、でしょ~っ」
こんな中に入って、正気を保っていられるわけがない。
死んでも入るか。
「は~い~れ~っ」
「い~や~だ~っ」
「本当によく粘るな、貴様は」
「あ~た~り~ま~え~だ~の~……ん?」
左側から声が聞こえ顔を横へ向けた。そこには、
「あ、クロア」
黒の半袖シャツに黒いズボン姿の、水色ヘアーのイケメンリーダー、ホラふきクロアがいた。
「クロア、か……」
クロアはニヤリと笑った後、僕の突き出している右足の膝裏を、自分の膝で突き上げた。
「あっ」
膝がカクンと折れ、体が前へ押された。
さらにクロアは、家の扉を内開きに、ギィと開けた。
「何で開けんだよぉぉぉぉぉっ」
「ハハハハハ」
愉快そうに笑うクロア。その腹立たしい笑顔を横目に見ながら、
「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」
ドゲシッ
「ぐあっ」
リィザに背中を蹴られた僕は、家の中へ転がり込んだ。そして、扉はもちろん、
バタンッ
しっかり閉じられた。
「ギャアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! 開けて開けて開け……ギャアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーー! 扉の裏にいたぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ! デカくて長くて足が多……ギャアァァァァァァーーーーーーーーーーッ! うじゃうじゃいるぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ! そこら中にうじゃうじゃうじゃう……ギャアァァァァァァーーーーーーーーーーッ! 黒いのもいるぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ! こいつもデカいぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ! てゆーか色々いるぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ! おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! あっちイケェェェッ! あっちイってよぉぉぉっ! こっち来んなぁぁぁぁぁっ! ッッッッッ!? な、な、な、ななななな……何か出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! こいつ海のやつじゃない!? こいつ海の生き物じゃない!? なんでこんなにデッカイの!? おえぇぇぇぇぇっ! おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! こっち来ないでっ! こっち来ないでよっ! キャアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! く、口から! さ、先っちょから気色悪いのが出てきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ! あなたが陰気なパリジェンヌですか!? ジェンヌさんですか!? ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ! お助けぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ! おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! キャアァァァァァーーーーーーーーーーッ! ギャアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………………………」
……




