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31.セルフ蟲毒

「…………ん、ん~………………ん?」


 目を開けるとそこは僕の部屋、ベッドの横、カーペットの上だった。

 変な方法だったが、日本に還ってこれたってことか。


 今僕は、寝転んだ体勢で、


「……糸取れてない」


 縛られたままだった。


 そして、糸が体に巻きついているということは、


「夢じゃないんだな……」


 リィザ、ミラ、クク、レア、水色は実在していて、僕は現実に異世界へ行っていたという証拠だった。


 召喚か……とんでもないことになったもんだ。

 向こうの世界で受けた体の痛みも現実のことだったと教えて……


「あれ? 痛くない?」


 最後に、超強烈な顔面ストレートとボディブローを食らったのに。

 他にも四人と一匹からボカスカどつかれたのに、どこにも痛みはなかった。


 リィザが、あのケガなどをたちどころに治す治癒の丸薬を飲ませてくれたのだろうか?

 だとしたら、リィザにも殴られたとはいえ、


「……基本良い人だよな」


 明日から地獄らしいけど。

 何やらされるんだろ。

 不安だ。


 でも、異世界の街に行ったり、人と会ったりすることを想像すると召喚されるのも楽しみで、不安がまぎれる。


 てことで、明日から始まる……いや、もう始まってる召喚生活に備えるため休みたいんだけど……


「この糸、どうしよう……」


 濡れてる服を脱ぎたい。

 お風呂に入りたい。

 頭を洗いたい。

 服についてる土で汚れてしまったカーペットもキレイにしたい。


 自分で糸を切るのは無理そう。

 家族の誰かに切ってもらうのも無理そう。


 こんなグルグル巻きの姿見られて、「異世界人にやられた」なんて言ったら、病気だと思われてしまう。


 この糸って、紙からいきなり出てきたんだよな。

 魔法みたいなもんなのかな?

 切ってくれてなかったってことは、ほっといたら消えるのかもしれない。

 でも、消えるとしてもいつ消えるんだろ?


「……ふあ~あ……う~ん…………どうしよ…………どう……しよ…………ん~…………あ…………かいちゅー…………でんとー………………わす…………………………………………」


 …………………………

 ………………

 ……




◇◆





◇――――――――――――――――――――◇





「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」


「(ビクッ)」


「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」


「(ムクリ)」


「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」


「(キョロキョロ)」


 突然の大声に驚いて目を覚まし、上半身を起こして、周囲を見回せば、そこは朝靄の中にボロ家がポツポツと建っている、森に囲まれた場所だった。


 どうやらいつの間にか眠ってしまい、朝になってまた召喚されたようだ。


 今いる所は、昨日気を失った井戸のそばで、僕の前には、


「おはよう」


 こちらを見下ろして朝の挨拶をしてくる、金髪ショートボブの足長美少女リィザ・ライン・ハイエスさんがいた。


「……はざっス」


 昇ったばかりの眩しい朝陽にシパシパ瞬きを繰り返しながら、ぼんやりとした頭のまま挨拶を返した。


「何だお前? まだ縛られたままじゃないか」


 言われて体を見てみると、


「……ホントだ」


 体にはまだ白い糸が巻きついていた。


「誰かに切ってもらえばよかったのに」


 家族に頼めるわけない。


「お前友達いないの?」


 クロアじゃあるまいし。


「ほっといたら消えるかなって……」


 あと、切る方法考えてたら寝てた。


「クク特製の緊縛の護符だから簡単には消えないぞ」


 消えることは消えるんだな。

 昨日ククが僕に使った紙は、緊縛の護符っていうのか。

 煙を出す護符と似たようなものなんだろう。


「ちょっと待ってろ」


 リィザがどこかへ走って行く。

 その先には、昨晩みんなで囲んだ焚き火の跡と、大小二張の円錐の形をしたテントがあった。


 リィザは、大きいほうのテントのところまで行くと、端っこを捲って中へ入り、少しして何かを抱っこして戻ってきた。


「お待たせ」


「あ、ポメラニアン」


 白銀色のフワフワ毛並みに、体と同じ大きさのモフモフ尻尾をもった、ポメラニアンモードの狐のククだった。


「むにゃむにゃ」


 まだおねむさんなようで、目がとろんとしてる。超絶カワユイ。


「クク、バハムートの糸を解いてやってくれ」


 リィザが、あぐらをかいている僕の足の上にククを置いた。


「むにゃ」


 ククは、一度コックリと頷いて、丸くなって、目を閉じて、


「ぐー」


 寝た。


「……」


 おネンネしたククをリィザはしばし眺めてから、腰のレイピアを抜き、僕を縛る白い糸を切ってくれた。初めからこうすれば良かったのに。


 糸は、切れると蒸発するように、白い煙となって消えていった。


「う~~~んっ」


 やっとこさ自由になった腕をグ~ッと上へ伸ばしてから、肩と首を回し、僕の足の上で寝ているククをなでなでしようと手を下ろすと、


「さて、バハムート」


 リィザがククをヒョイと抱え上げた。

 愛でたかったのに。


「むにゃむにゃ」


 リィザに抱っこされたククがもごもごと口を動かし、


「……カチンコチン」


 ぽつりとこぼした。

 リィザお胸ないもんな……。


 リィザのこめかみに、ピキリと青筋が浮かんだが、言った本人のモフモフ尻尾を撫でて、


「……フー」


 落ち着いたのか、青筋が消えた。


「さて、バハムート。体調に問題はないな?」


「そうですね、特には。みなさんにやられた怪我も治ってますし」


「うむ」


「リィザさんが僕に治癒の丸薬を飲ませて治してくれたんですか?」


「うむ」


「ありがとうございます」


「うむ」


「リンチの怪我を治してくれて」


「リンチじゃないし。指導だし」


「それと、昨日の顔とお腹を殴って還す方法についてお尋ね」


「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」


「え? ああ、えーと、魔物っスか?」


 リィザの指と視線の先へ目を向けた。


「家っスね」


 少し離れたところに、木造の、他の家と違ってあまり朽ちていない平屋が一軒。


「家の形をした魔物とか?」


「違う」


 リィザが、白いコートのポケットから何かを取り出し、


「ん」


 僕に渡してきた。受け取ったものは、


「あ、殺虫剤」


 赤と白でカラーリングされた、殺虫剤のスプレー缶だった。


「やはりそれがサッチュウザイか。昨日の朝、お前がクイーンモスキートを倒した後、草の上に落ちていたのを見つけてな。何かはわからんが、キレイだったから拾っておいたんだ」


「そうだったんですか」


 ないことに全く気づいてなかった。


「拾ってくれてありがとうございます」


「うむ。それで、昨日のお前の説明によると、サッチュウザイは、虫をやっつけるための魔道具なんだよな」


「魔道具ではないですけど、そうですね」


「ふむふむ。……バハムート」


「はい」


「私達はしばらくの間、この村を拠点にして活動することにしたんだ」


「はい」


「だが、ずっとテント暮らしというのもストレスが溜まる」


「確かに」


「村の空き家はどれもボロい」


「ええ」


「その家はまだそこそこマシ」


「ほう」


「その家でみんな休みたい」


「ふむ」


「でも中に害虫てんこ盛り」


「うん」


「安心しては寝られない」


「へい」


「そこでお前のサッチュウザイ」


「イエス!」


「今から行って殺ってこい」


「アディオス!」


 走って逃げた。


 アホか。

 何が楽しくて、そんなセルフ蟲毒みたいなマネしなきゃなんないんだ。

 想像しただけでも全身鳥肌が立つ。


「逃がすか!」


 との声に後ろを見ると、何やら白い塊が飛んできて、


 パコーンッ


「あだぁっ」


「ふぎゃっ」


 顔面にクリーンヒット。その場にべしゃっと倒れてしまった。


「あたたた……何だ今の?」


「いててて……何? 何が起きたの?」


 ククだった。

 立ち上がったものの、状況が理解できずキョロキョロしてる。


 まさか仲間を投げるとは。

 カチンコチンと言われた腹いせだろうか。


「あら、バハムートじゃない」


「うん、おはよー」


「はよー」


「んじゃ、僕急ぐんで。アスタラビ」


 ガシッ


「さぁ、行くぞ」


 リィザに襟首をつかまれ、そのままズルズル家のほうへ引っ張られた。

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