28.あへ〜
「さぁさぁクロアホさん。何でこんなことしたんですかねぇ?」
「ぐっ、ど、どけ、カスムート!」
「いえいえ、クソアホさんのような立派なカスをカスの中のカスと言うのですよ。ナイフを持っていたのがキングオブカスである証拠ですよね」
「おのれ!」
クロアが腕を伸ばして、もう一度ナイフを右手に取った。
「あ、このクロッカス!」
かぶっていた鍋をとって、鍋底でクロアの手を叩くように押さえた。
「ぐあっ」
クロアは、痛みに声を上げるがナイフを離さない。
「何考えてんだお前は!」
鍋底でクロアの手を押さえたまま、左手でクロアの右手首を掴み地面に固定した。
「ク、クソッ!」
「ナイフなんて危ないでしょ! ポイしなさい! ポイ!」
「離せ! どけ!」
「離しません! どきません! 暴れるんじゃありません!」
コーンッ
そばに落ちていた器を拾い、その底部分でクロアの頭を叩いた。
「あへ~」
間◯平みたいな声が出た。
「プッ、アハハハハハハハハハハッ。何今の声!? ねぇ!? 今の声何なの!? アハハハハハハハハハハッ」
「ぐぅっ、き、貴様、ふざけやがって!」
「アハハハハッ、ふざけてんのはクロちゃんでしょ!? おもしろい声出してんのはクロちゃんでしょ!? クロちゃんて愉快な人だったんだね。アハハハハハハハハッ」
「えぇい! どけと言ったらどけ!」
クロアが左手で僕のお腹を叩いてきた。
しかし、ポカポカという表現がぴったり当てはまるほど力が弱い。
こいつ、小学校低学年くらいの力しか持ってないんじゃないか?
食事の準備を手伝ってなかったのは、力がなくて危なっかしいから、みんなに何もしなくていいと言われていたのかもしれない。
クロアって、本当の本当に弱かったんだな。
とはいえ、地味に痛い。
「やめなさい!」
コーンッ
「あへ~」
「ブハハハハハッ、ま、また出た! また変な声出た! イケメンなのにまた変な声出た! アハハハハハハハハッ」
「き、貴様ぁっ!」
コーンッ
「あへ~」
「アハハハハハハハハハハッ」
「お、おのれぇっ!」
コーンッ
「あへ~」
「ブハハハハハハハハハハッ」
「ゆ、許さんっ!」
コーンッ、コーンッ
「あへあへ~」
「ギャハハハハハハハハハハッ、に、二回! 二回言ったよ! ギャハハハハハハハハハハハハハハッ」
ダメだ。おもしろすぎる。笑いすぎてお腹が痛い。
無抵抗状態なのに僕のお腹をこんなにも痛めつけるなんて、とんでもないやつだ。クロアおそるべし。
……もっかいやろ。
二回連続で叩いて二回あへったってことは、三回叩いたら「うひは~」がでるかも。
頼む。出てくれ。と、願いを込めて器を振り上げたところで、
「ん? 何だ?」
突然、僕の前方、少し離れたところに建っている家が、暖かい色の光に照らされた。
「わ! 出た! 光ったぞ!」
「次アタシ! 次アタシだからね!」
「へぇ~、よく見えるなぁ」
「もうちょい左じゃないですか?」
聞こえてきたのは女の子達の声。
家に当てられていた光は、徐々にこちらへ近づいてきて、一度僕とクロアを明るく照らして通り過ぎた後、素早く戻ってきた。
「あ」
と、誰かが声を漏らし、
「あ」
僕の口からも零れた。
そっか。
この光、懐中電灯か。
てことは、今僕がクロアに馬乗りになって、手に持った器を振り上げてる姿が女の子達――リィザ達に丸見えってことで……
「「「「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」」」」
僕、死んだ?
女の子四人の声が廃村に響き渡り、懐中電灯の光がものすごい勢いで近づいてきて、僕とクロアのそばで止まった。
「お、おま、お前、な、な、何、何を、何を」
目をいっぱいまで開いて何かを言おうとするリィザ。
「てめぇ、とんでもないことやらかしてくれたな……」
こぶしを握り締め静かに怒りを表すミラ。
「バカムート! バカムート! バカムート!」
バカを連呼するクク。
「葬りましょう」
葬ろうとするレア。
「……」
急におとなしくなったクロア。
「……」
どうしていいかわからず器を振り上げたまま固まる僕。で、
「こンの……バカムートォォォォォォォォッ!」
リィザが、持っていた懐中電灯を僕へ投げつけてきた。
「わっ!」
顔めがけて飛んできたそれをギリギリかわした。
「お前は何をしてるんだぁぁぁっ!」
リィザが鬼の面でも張り付けたような顔で怒鳴った。
体は怒りからか小刻みに震えていた。
「ち、違う! 誤解だから! 僕何もしてない! してなくはないけど僕は悪くないから!」
ひとまず器を置いて、手と首をブンブン横に振った。
「クロアに馬乗りになって器を持った手を振り上げて悪くないもへったくれもあるか!」
「ちゃんと理由があるんだって! こいつがいきなり僕に水かけてきたの! ほら見て! 僕びしょびしょでしょ!?」
「クロアが意味もなくそんなことするか! お前が何かやったんだろ!」
「やってないって! 僕何もやってない! こいつが僕に水ぶっかけてその後叩いてきたから、こうやって抑えて……あ、そう! クロアの右手見てよ! ナイフ持ってるから! こいつそれで僕を攻撃しようとしたんだよ! 完全な正当防衛だよ!」
「ナイフ?」
女の子四人が、僕が押さえつけているクロアの右手を見た。
僕も見た。
あ、ない。
「ないじゃないか!」
「お前ナイフどこにやったの!? さっきまでガッチリ握って離さなかったくせに!? つか、何でちょっとグッタリしてんのさ!? 僕のことポカポカ殴ってきてたでしょ!」
「……気がすんだならどいてくれないかバハムート」
「うおぉぉぉいっ! 僕が子供の癇癪起こして意味もなく殴りかかったみたいな態度とってんじゃねぇよ! 子供なのはお前だよ! 人が苦労して汲んだ水ぶっかけて、バカとかカスとか黒光りとか汚い言葉吐いてきたくせに!」
「おい、バカムート」
「だいたい僕の体新品なのに黒く光るわけ……え、何?」
ミラが、左足でしっかりと大地を踏みしめ、
「ひとまずそこを……どきやがれぇぇぇっ!」
サッカー選手がボレーシュートでも打つように、右足で僕を蹴ってきた。
「どわぁっ!」
あわててクロアの上から飛びのき、土の上を転がった。
風を生み出すほどのミラノ蹴りは、空気を切り裂く音とともに、僕の頭があった場所を通り過ぎていった。
「避けんな!」
「避けるよ! 何してんだ! 当たったら死んじゃうだろ!」
「当たらなくても死ね!」
「死ぬか!」
ぶっ飛んでるよこの赤髪。
「おりゃーっ!」
「あがっ」
顔面にポメラニアンの頭突きを食らった。
ククは、仰向けに倒れた僕の胸に、くわえていた短冊サイズの紙を一枚置き、前脚でポムポムと紙を叩くと、すぐに僕から離れた。
「あたたた、このポメラニアン何すん……わっ! わ!? わ!? 何これ!? ちょっと! 何なのこれ!?」
頭を振って上半身を起こそうとすると、紙から白く細い糸が伸び出てきて、僕の腕ごと胴体にグルグルと巻きついた。
「どゆこと!? 何この糸!? 何で僕縛られたみたくなってんの!?」
またコテンと倒れてしまった。
「レア、今よ!」
「がってんです」
レアが、手に持っていた紫色でひょうたん型の傘を開くと、僕の真下に、倒れた僕の体がちょうど収まるくらいの、丸い、血のような赤黒い光を放つ魔法陣が描き出された。
「おおー、魔法陣だ。でも、何で僕の下に?」
「『肉よ爛れろ 臓腑よ腐れ」
「ストーーーーープッ! 何それ!? 何ですかそれ!? 魔法!? 呪文の詠唱ですか!?」
「血は悪鬼に 骨は亡者に捧げん」
「ストップっつってんでしょうが! やめてとめてやめてとめてやめてぇぇぇっ!」
「レア、待て」
リィザの手を借りて立ち上がったクロアが、レアを止めてくれた。
「あらら、そうですか? もったいない」
レアが、どうでもいいもったいない精神を発揮して、残念そうにつぶやき傘を閉じると、魔法陣はあっさりと消えた。
「た、助かった……」
確実にまともじゃない死に方をする系の魔法だったよ。
「クロア、大丈夫か?」
心配そうに声をかけ、クロアの服についた土を払ってあげるリィザ。
「ああ、大丈夫だ」
そら大丈夫だろうよ。僕、ほとんど何もしてないもん。
「んで」
ドスッ
「いでっ」
ミラが、糸に巻かれている僕の体を蹴ってきた。
「何がどうなって、こいつはクロアに馬乗りになってたんだ?」
「あの、痛いんだけど」
「黙ってなさい!」
ガブリッ
「あだっ」
ポメに太もも噛まれた。
「ああ、それがだな」
クロアが腰に手をあて僕を見下ろす。
どうせウソつくんだろ。
「私がバハムートに水をかけ、頭に鍋をかぶせて、その上から殴ったんだ」
あれ?
クロアのやつ意外にも正直に
「と、こいつが勝手に感違いしているんだ」
「ウソつきーーーーーっ! クロちゃんの大ウソつきーーーーーーーーーーっ!」
「シー、ですよ」
ズップリ
「ほがほが」
傘の先っちょを鼻の穴に突っ込まれた。
「それで、バハムートに何かされたのか?」
リィザがクロアへ聞きながら、厳しい目を僕へ向けてきた。
何かしてたら許さないって目だな。
「私に馬乗りになった後、アホ丸出しの笑い声を上げながら、手に持っていた器で何度も殴ってきたよ」
「いえ、クロアはウソをついています」
「もちろんすべてかわしたが」
「ブハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ、ぜ、全部当たってたじゃん! 全部食らってたじゃん! 器で叩かれて『あへ~』っつってたじゃん! アハハハハハハハハハハッ! あ、あれなの!? お高いプライドが邪魔して、器なんかで叩かれたって言えないの!? 女の子の前だからカッコつけようとしてんの!? アハハハハハハハハハハハハハッ、ひ、必死だよこいつ! 必死でエエカッコしてイケメンスタイル貫こうとしてるよ! ギャハハハハハハハハハハッ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハッ、お、お腹痛い、も、もうこれ以上、わ、笑わせな……」
「「「「「……」」」」」
「……いで…………下さいませクロア様」
「……とまぁ、そんなことがあり、こんな感じでバカ笑いしていたんだ」
女の子達を見る。
「「「「……」」」」
その目の冷たいことと言ったら……。
レアは見えないけど。
「そうか……」
リィザが冷めた表情のままゆっくりとこちらへ近づいてきた。




