27.黒田さん
「ん〜、井戸、井戸……なんだか不気味だな……」
みんなのいた場所から離れること五十歩ほど、焚き火の明かりと明星のランプの光はすでに届かず、辺りは夜に満たされていた。
空気が梅雨時の日本に比べ多少乾いているせいか、気温はあまり変わらずとも、吹き過ぎる風が冷たく感じる。
人工的な光はないが、降りそそぐ月明かりのおかげで、点々とある朽ちた家屋の様子や村を囲む森の木々の輪郭くらいは見ることができた。
自分から行くと言ったわけではあるが、ここはゴーストミストがいるような廃村で、さらに言うなら異世界。
他にもどんなやつがいるのかと想像すると、恐怖から自然と歩幅が狭くなり、背中が丸まっていた。
明星のランプ借りてくれば良かったな。
今朝のでっかい蚊とか出てきたらどうしよう……。
人気もないし、むしろあったら怖いし、だからと言って戻るのも恥ずかしいし……。
「……さっさとすませよ」
縮みあがる一物をグッと握って、なんとなく上向きにポジションチェンジし、リィザが示した方角へ足を急がせた。
すると遠目に、灰色がかった白い何かが見えてきた。
「……あれかな?」
煙突の先っちょ数十センチだけ地面から突き出たような、海外映画で見たことのある形。
間違いない。
井戸発見。
「良かったぁ~」
見つかって一安心。
早いとこ食器の汚れを完璧に落として持ってるハンカチでピカピカになるまで綺麗に拭いて戻るとしよう。
「ん?」
井戸のところに、人の頭部くらいの大きさの白い何かが浮いて……
「ッ!? で、でたぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ゴ、ゴースト! イケメン水色ヘアーのゴーストミストが………………あ?」
イケメン水色ヘアー?
目を凝らして再確認。
「……あ、クロア」
リーダー様だった。
黒い長袖シャツに黒い長ズボンという格好なので体が見えにくく、色白肌の首から上が浮いているように見えただけだった。
まぎらわしい水色人間だ。でも、人がいてくれてちょっと嬉しい。
「どうしたバハムートー」
リィザだ。
「なんでもないですー。クロアがいたんで」
「『さん』ー」
「クロさん発見してビックリしただけですー」
「わかったー」
リィザへの応答を済ませて井戸のほうへと歩いて行く。
クロアは、井戸のふちに腰をかけ、物思いにふけるように夜の星空を眺めていた。月の青白い光が、クロアを妖しく、そしてよりイケメンに演出している。
僕が女性なら、びしょ濡れ間違いなしの光景だ。
井戸へ着いて持っていた鍋を足元に置くと、クロアは横目でチラリと僕を見て、すぐに視線を上へ戻した。
「こんなとこで何やってんの? 『あ、ここって俺超カッコ良く見える』って気づいて、女の子が食器洗いに来るの待ってたの?」
「……」
反応なし。
「おーい、クロアってば」
「『さん』、だろ」
「あーはいはい。んで、クロアさん、お前何やってんの?」
「……『さん』を付けた相手に、『お前』はおかしいと思わんのか?」
「アハハ、わかるわかる、おかしいよね。で、クロアさん、お前何やってんの?」
「……同意しろということではなく、改めろという意味で言ったんだがな……。それと、敬語を使え」
「わかりましたよ。クロアさん何やってんですか?」
「貴様には関け」
「あ、それより水汲むの手伝ってくれる? 一人だと大変そうだし」
「……」
「ククにロープ使えって言われたんだけど、どうやんの?」
「……一人でやれ」
あらら。そっぽ向いちゃった。
もしかしたら手伝ってくれるかなと二%くらい期待してたんだけど、やっぱダメか。別にいいけどさ。
「えーと、ロープは……あ、あった。で、水を汲む桶のようなものは……ないな。てことは……」
鍋を使えってことかな。
郷土料理の鍋物を作るときなどによく見かける囲炉裏鍋。鍋を吊るすこともできる半円状の持ち手が取り付けられている。
その持ち手にロープをくくりつけて、鍋で水を汲め、とククは言いたかったのだろう。
「では、っと」
鍋の中の食器を取り出し、ロープを鍋の持ち手にグルグルグルグルと獲物を締め上げる蛇のように巻きつけてから、解けないようしっかり結んだ。
持ち上げたとき、鍋ができるだけ水平になるようにだ。
そして、井戸に被せてあった丸い木のフタをずらし、レンガを組んで作った井戸のふちに手をかけ一応中を覗いてから、手に持ったロープを滑らせて、鍋を水面へと降ろしていった。
「あ、そうそう。さっきリィザさんから聞いたんだけど、こっちには昔、グリネオ・グリン・デル・デールって悪い奴がいたんだってね」
「……デ・ルベールだ」
「それそれ、デ・ルベール。無茶苦茶なことやらかしたんでしょ?」
「ああ」
「ひどいことするよね。悪魔を復活させて、合体して、西の大陸と北の大陸と中央大陸で暴れまくって強引に自分のものにするなんて……あ、水についた」
「中央大陸は半分だけだ」
「あ、そっか。あれ? 水が鍋に入った感触がない? 水面に浮いちゃってるのか」
少しロープを引いて、勢いをつけて鍋を落とした。
「ん~……よしよし、手ごたえあり。入水成功。クロアの故郷も三百年前グリネオに侵略されたの?」
「いや、私の国は被害にあわなかった」
「へぇ。てことは中央大陸の無事だった半分か、僕がまだ聞いたことのない場所の出身か、よいしょ……お、重」
「……」
もう水がたまっただろうと思いロープを引いてみると、なかなかの重量だった。
これ、鉄製の鍋が一キロくらいで、水が五、六リットルは入りそうだったから、合計で六、七キロはあるのか。地味に重いな。
「んしょ、んしょ、でもそのグリネオを、勇者様一行が倒したんだよね、うんしょ」
「……ああ」
「すごいよね。んしょ、誰も止められなかった魔人を、うんしょ、倒しちゃったんだからさ、うんしょ」
「……」
「憧れちゃうなぁ、うんしょ、勇者様と聖女様と、んしょ、大賢人様と剣聖様だったよね、うんしょ」
「……」
「かっこいいなぁ、んしょ、会ってみたかったなぁ、よいしょ」
「……フッ、フフフフ」
「うんしょ……え? 何? どしたの?」
クロアが急に笑い出した。
「フフフ、気にするな」
「気にするなって、んしょ、気になるっての」
「世界が変われば考え方も変わるのではないか、と少しは想像したが、そんなことはないのだな」
「へ? 何が? んしょ、意味わかんないんだけど」
「こちらの世界でも、皆貴様と同じだ。誰もが、優れた存在である勇者達に憧れを抱く」
「そりゃまぁ、よいしょ、そうでしょ」
「だがな、バハムート……真に優れているのはどちらだ?」
「んしょ、どちらって?」
「勇者達と魔人グリネオ、本当に優れた力を持っているのはどちらだ?」
「? 勇者様達でしょ? うんしょ」
「三百年前の戦いの最終局面、魔人グリネオ一人に対し、勇者達は四人で戦いに挑み辛くも勝利した、と聞いている。太陽の勇者アシュリー・アストレイ、光の聖女ラララ・トレアドール、星の大賢人ディノ・クライハーツ、火の剣聖セト・カトル。この四人は、当時人類最強といわれ、四英傑と呼ばれていた」
「おお! 四英傑! うんしょ、超カッコイイ!」
「しかし、人類最強の四人ではあっても、魔人グリネオ・グリン・デ・ルベールの力を一とするなら、勇者達の力は、それぞれグリネオの四分の一ということになる」
「まぁ、超単純に、うんしょ、考えると、そういうことかな」
「さぁ、グリネオと勇者達、どちらが優れている?」
「勇者様達」
「……」
「言いたいことは、んしょ、わかるよ。単純に力があるのは、うんしょ、グリネオだよね。でも、優れているって、うんしょ、そういうことだけじゃないでしょ」
「……ああ、私も貴様の言いたいことはわかる。が、私と同じく力を持たない貴様なら、もしかすると感覚を共有できるのではないかと思ったまでだ」
「共有ねぇ、よいっしょーっ」
壁に何度かぶつけてしまい水を少しこぼしたが、ようやく鍋を井戸から引き上げることができた。
「ふぃ~、疲れた~。腕がパンパンになってるよ。ちょい休憩」
井戸のふちに鍋を置いてから腰を下ろし、井戸にもたれかかった。
ククも「鍋洗ってきたポメ」って言ってたから、こうやって水を汲んで洗ったんだよな。
小っさいのにけっこう力持ちなんだな。
「あのさ、もしかしてクロさんは、何が何でも強くなりたいとか考えてるの?」
クロアのほうへは顔を向けず、明星のランプの灯りの中で、テントのようなものを組み立てているリィザ達の様子を見ながら尋ねた。
「さぁな」
「さぁなって……そうなんでしょ?」
「……」
「でも、悪魔の力を手に入れてでも強くなりたいって考えは、捨てたほうが良くない? みんなに嫌われちゃうよ? 今、いい仲間に囲まれてるじゃん。クロさんのことを慕ってる仲間にさ。そっちのが大切でしょ」
「……」
「自分を頼りにしてくれてる仲間と一緒に、地道に鍛えていけばいいんじゃないの? リィザさんなんて尊敬してるって言って……そういやクロさん、リィザさんにひどいこと言ってなかった? 『役に立たんやつだ』って」
「……」
「もしあれリィザさんに言ったんだとしたらもう言うなよ。リィザさん良い人なんだから」
「……」
「気味の悪い変な強さを求めるよりも、もっと仲間を大切にすることを考えたほうが」
ザパーーー
っと、頭から水をかけられ、
ゴンッ
っと、頭に鍋をかぶされた。
視界の上半分が真っ暗。
「……………………………………何してくれてんの?」
「何がだ?」
「何で水ぶっかけて、鍋ぶっかぶせたの?」
「私が? そんなことするわけがないだろう」
「……へー。じゃあ何で僕は、水も滴るイイ男状態で鍋かぶってんの?」
「井戸のふちに置いていた鍋が落ちてきたからだろ、ブサイク」
「あー、そっか、鍋が落っこちただけか。そっかそっか、よくあるよくある。ただ、鍋が置いてあった井戸のふちって、座ってる僕の頭の位置より低いはずだからありえないような気がするし水が全部かかってから鍋が落ちてきた気がするけどクロアがやったんじゃないのかハハハハハハハハハハ」
「『さん』だろ」
「クソバカ水色クロワッサン人間の黒田さん、話の続きだけど、悪魔の変態的な力に興味を持つよりも、もっと仲間を大切にして、リィザさんにひどいこと言ったんだとしたら、もう二度とあんなこと言うのはやめ」
ガンッ
と、かぶさっている鍋に何かが当たり、下にポトリと落ちた。
木の器だった。
「私に説教たれるなバカムート」
「……今のは黒田さんですよね?」
「自然と器が鍋に落ちただけだ。あと、誰がクロダさん……だ!」
ガンッ、ポトリ
「……自然と落ちたってわりには、黒光りさんの言葉と器が落ちるタイミングが合ってるよね」
「気のせいだろ、アホムー……ト!」
ガンッ、ポトリ
「……でもね、食器類って地面に置いてあったんだよね」
「そうだったか?」
「何でそれが上から?」
「不思議だな」
「手に何持ってんの?」
「何も」
「鍋取っていい?」
「次はナイフだぞ?」
「やっぱりてめぇがやってんじゃねぇかつーかわかってたよコンチクショオォォォォォッ!」
鍋を頭から下ろしクロアを見る。右手にギザギザナイフを持っていた。
「ふざけんな! この水色黒光り男がぁっ!」
鍋をもう一度頭にかぶり、クロアのお腹へ向かって頭から突っ込んでいった。
「おらぁっ!」
「ぐほぉっ!」
その一撃でクロアは後ろへ倒れ、ナイフを手からこぼした。
避けるか、反撃してくるかと思ったがまともにくらったな。
戦いができないってのは本当のようだ。
「ゴホッ、こ、この……」
仰向けに倒れたクロアが体を起こそうとするが、その前に、
「よいしょっ」
「おぶっ」
クロアのお腹の上に馬乗りになった。




