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26.魔人

「あー、美味しかった」


 一足先にスープを食べ終えたククが口周りをペロリと舐め、丸太椅子から降りて黒パンの載っているお皿のところへ歩いて行き、その場でパンを一切れガジガジかじりだした。


 可愛いんだけど、できれば自分の器へ持っていって食べてほしい。


「ククもセイヴィアなの?」


「ん? そーらへろ?」


 パンにかじりついたまま喋るクク。

 多分、『そうだけど』と言ったのだろう。


「狐なのに、困っている人を助けたいって変わってるね?」


「ゴックン。別に困ってる人を助けたいってわけじゃないわよ」


「え? けどセイヴィアって正義の味方みたいなもんなんでしょ?」


「そりゃリィザみたく、世のため人のためにセイヴィアをやる人もいるけど、お金を稼ぐためにって人もいるのよ」


 そんなもんなのか。


「ククはお金のため?」


「両方ね。でも最近は、ひどい目にあわされてる人や動物を助ける依頼なんかだと、報酬の高い安い関係なく引き受けてやりたくなっちゃうけど。リィザの影響ね」


 リィザは、お金は二の次か。良い人だ。

 ククも、影響とは言ってるが、もともと優しい心根を持っているのだろう。


「ところで、僕ってこっちに喚ばれてひどい目にあわされてなかった?」


「なかった」


 なかったか……。


「それで、みんなの最終目標はやっぱり魔王とか悪の組織を倒すこと?」


「は? 魔王? 悪の組織?」


 何言ってんの? って声が聞こえてきそうなほどのきょとん顔。


「あれ? 違うの? そういう悪者を倒すために旅をしてるとかじゃないの?」


「ううん。ただあっちこっち行って、依頼こなして、お金稼いでるだけ。てか、そんな危なそうな奴いない」


「そうなんだ」


 てっきりいるもんだと思った。

 いなくて良かったと思う反面、ちょっと拍子抜け。


「とはいえ、昔はそんなのがいたけどね」


「そんなのって言うと?」


「名前はグ」


「グリネオ・グリン・デ・ルベールだ!」


 ククが喋ろうとしたところで、リィザがターンッと器を丸太椅子に置いて立ち上がり、なぜか夜空へ向かって叫んだ。

 横目でチラチラこっちを見てる。


「そのグリネオってどんな奴なんですか?」


 話を振ってほしそうだったので尋ねてみた。


「フッフッフッ、聞きたいか? なぁ? 聞きたいだろ?」


 すっごく話したそう。


「今から三百年前のことだ」


 話し出したし。


「当時、西の大陸にルベール帝国という名の強国があった。グリネオ・グリン・デ・ルベールは、その国の皇帝だった男だ」


「皇帝さんですか」


「うむ。ルベール皇帝は下級貴族の出だったが、類い稀なる優れた頭脳の持ち主で、権謀術数をめぐらせ皇帝の地位をその手につかんだのだ」


「やり方はともかく大したもんっスね」


「そして皇帝になって数日後……」


「数日後?」


「ルベール皇帝は、人間をやめた」


「……なんだか不穏な響きっスね」


「ある日、皇帝の居城の地下にある最奥の部屋から、天を貫くほどの黒い炎の柱が噴き上がった。近衛兵があわてて地下へ走ると、その部屋からルベール皇帝が出てきた。その身体を、人ではない姿に変えて」


「そ、それは、どんな姿っスか?」


「ルベール皇帝は、輝くような黄金色の髪に、誰もが一度は恋に落ちると言われたほどの美しい容姿をした男だったが、黄金色の髪は白く染まり、眼球は黒真珠でもはめ込んだように闇一色となり、肌の色は深い海のような暗い青に変わっていた」


「な、なぜ?」


「城の地下で、七百年の長きにわたり封印されていた悪魔を解き放ち、その身の内に悪魔を取り込み、魔人となったのだ」


「あ、悪魔に魔人ですか……姐さん、語りが上手いっスね」


「小さい頃は、街に吟遊詩人が来たと聞くと、お小遣いを持ってよく出かけたものだ」


 吟遊詩人ているんだな。


「魔人の話も何度も聞いた」


 それで上手いのか。


「私を満足させることができた者は、ほんの一握りだったが」


 ヤなガキ。


「魔人になってすぐ、グリネオは世界を手中に収めるための無慈悲な侵略を開始した。ルベール帝国の兵に加えどこからか集まってきた魔物たちを率いて、抵抗する者を殺し、降伏する者も殺し、圧倒的な力で周辺国を蹂躙していったのだ」


「無茶苦茶じゃないっスか……」


「西の大陸を征服したグリネオは、同様に北の大陸も手に入れ、次にこの中央大陸へ攻め込んだ。中央大陸各国も、魔人グリネオを止めることが出来ず、半数ほどの国が火に飲まれるかのごとく、あっという間に攻め落とされてしまった」


「あっという間にですか……グリネオを止められる人なんて誰もいないんじゃ……」


「フッフッフッ、そう思うよな? そう思っちゃうよな?」


「思うというか、話を聞く限りではどうしようもないですよ。最早、座して死を待つしか……」


「しかーーーし! いたんだ! 魔人グリネオの圧倒的な力に抗える者が!」


「そ、そんな人が!? その人は一体誰です!?」


「太陽の勇者、アシュリー・アストレイ様だ!」


「きたぁぁぁぁぁっ! 勇者様! 勇者様がおいでなすったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「勇者様は、お仲間である光の聖女ラララ・トレアドール様、星の大賢人ディノ・クライハーツ様、火の剣聖セト・カトル様達とともに、見事! 魔人グリネオ・グリン・デ・ルベールを打ち倒したのだ!」


「すっげぇぇぇぇぇっ! カッケェェェェェッ! 勇者様達超カッケェェェェェェェェッ!」


「こうして再びこの世に平和がもたらされたのであった。おしまい」


「バンザーーーイ! バンザーーーイ! 勇者様バンザーーーーーイ!」


「フフフ……お前、話しがいがあるな」


「あざース!」


「ククなんて、話しても反応薄いからつまんない」


「ポメは人類の歴史なんて興味が無いのでは?」


 ガブッ


「あだっ」


 スネを噛まれた。


「ポメって言うな。誰でも知ってる話なんだから反応薄くて当たり前でしょ」


 誰でもか。

 やはり勇者の物語は、世界が変われど人気があるんだな。こっちでは、史実なわけだしなおさらか。


「しかもアタシ、百回以上聞かされてるし」


「私、何度聞いても楽しめるのに。バハムートもそうだろ?」


「百回はどうスかね」


 カチッ、スラー


「無限に聞けます」


「さすがは我が僕。これからもたっぷりと聞かせてやるぞ。今のはだいぶ端折って話したから、今度はもっと詳しくな」


「オス」


「三泊四日でな」


「……オス」


 なげぇ……。


「あの、話を聞くのは楽しみなんですけど、僕にも自分の世界での生活があるんで、お泊まりは無理なんですよ」


「ふむ。お前、普段は何をやってるんだ?」


「学生です。学校に通ってます」


「……学校?」


「そうっス。学校知りません?」


「いや、知ってるけど……」


「リィザさんは、学校行ってないの?」


「うん……」


 毎日セイヴィアやってるってことか。

 リィザは勉強できそうなのに。

 それとも十七で働くのは、こっちでは普通なんだろうか?


「……お前、本当に学校行ってるの?」


「はい」


「召喚獣なのに?」


「人間だからっス」


「……冗談じゃなく?」


「なくっス」


「……」


「というわけで、昼間は学校があるんで召喚は夕方以降を希望します」


「……へー」


「できれば、深夜早朝もシフト入れないでください」


「……ふーん」


 どうしてだか気の入ってない返事。

 ちゃんと聞いてるのかな?


「あ、でもこっちと僕の世界の時間の流れがどれくらい違うか調べてから」


「ブハハハハハッ、お、お前が学校!? 冗談だろ!? アハハハハハハハハッ」


 ミラが突然大爆笑。理由はわからない。


「バハムートさんってお貴族さん? もしくは実家がお金持ち?」


 と、首を傾げながらレア。


「ううん、普通の家庭」


「でしょうね。服、ぺらっぺらですもんね」


 僕の格好は、無地の半袖Tシャツに青いジャージのズボン。

 確かに、ぺらぺらといえばぺらぺら。


「では、どなたかから学費の援助が受けられるほどオツムがよろしいので?」


「まぁ……普通のオツム」


「ならばなぜ学校へ?」


「……もしかしてこっちの人って、貴族やお金持ちの家の子や、選ばれた人しか学校に行ってないの?」


「もしかしなくてもそうですよ。あなたの国では違うのですか?」


「僕のとこは、十五歳まではみんな学校に通ってるし、それ以降も大体の人が通ってる」


「…………あらー」


 リィザと同じく気の抜けた返事。

 信じてもらえてないからこんな反応なのかも。


「アハハハハハハハハッ」


 まだ笑ってる赤髪さん。

 つまりこの笑いは、『貴族にもお金持ちにも、ましてや頭が良さそうにも見えないお前が学校に行ってるなんて冗談だろ?』という笑いなわけだ。

 失礼な人。


「アハハハハハッ、は、腹いてー。学校って……ブフッ、お、おい、クロアも黙ってねぇで何とか言ってやれよ……って、クロアは?」


「さっき向こうに歩いてったわよ」


 暗闇へ目を向けるクク。

 僕も見ていた。

 リィザがグリネオのことを話し出してすぐくらいに、どこかへ歩いて行くのを。


「何だよ。せっかくバハムートがおもしれー話してるってのに」


 してない。


「すぐに戻ってくるだろう。では食事の後かたずけをするか」


 リィザが言って晩御飯タイム終了。


「バハムートも、早く食べちゃえ」


「オス」


 器に残っていたスープをあわてて口の中へかき込んだ。

 黒パンも食べたかったが、パンが載っていたお皿の上はすでに空だったので、次回のお楽しみにするとしよう。


「モグモグモグ、ゴックン。ふぅ、満足満足。ごちそうさまでした」


「バハムート、みんなが使った食器を集めてくれ」


「了解っス」


 お腹を撫でて丸太椅子から腰を上げ、全員の器とスプーン、黒パンが載っていた木皿を回収していく。

 ミラの分を受け取るとき、


「プッ、ククク……」


 また笑われた。が、相手にせず、全部の食器を回収してリィザのところへ持って行った。


「どうぞ」


「うむ」


「それ、今から洗うんスか?」


「うん」


「だったら僕が洗ってきますよ。食事の準備まったく手伝ってなかったし」


「そうか? では頼む」


「オス。で、どこで洗うんです? 食器洗う洗剤とスポンジは? 布巾は?」


「あっちに井戸があるからそこで洗え」


 リィザが指で示す方向は、真っ暗で何も見えない。

 行けばわかるだろ。


「センザイとスポンジってのはわからない。布巾はあるけど、そんなの持って行ってどうするんだ?」


「いえ、ないならいいっス。布巾もやっぱいいっス」


 洗剤とスポンジは存在しなくて、洗った食器を拭く習慣はないってことだろう。

 文化が違うというやつだ。

 いや、世界か。


「では、行って来ます」


「うむ。あ、鍋とお玉とナイフもな」


「オス」


 焚き火のそばに置いてあるお玉が入った鍋に、持っていた食器を入れ、


「レアポペポ、ナイフある?」


「ヘンテコな名前で呼ばないで下さい。どうぞ」


 普通のナイフとパンを切っていたギザギザナイフを鍋に入れてもらい、


「バハムート、井戸の横にロープが置いてあるからそれ使って水を汲みなさい」


「わかった」


 ポメラニアンの指示を受けて、井戸へ向かった。

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