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2.増えた

「そうだよ! コレ! コレがあった!」


 枕元に置いてあったのを手に取り持っていたのだが、金髪さんに背中を蹴られコケた時にだろう、落としてしまっていた。


 拾い上げたモノを確認する。

 ……うん、大丈夫。

 壊れてないし、中身もたっぷりある。


 よしよし、コレさえあれば……右手に持ったモノをしっかりと握りしめ、使うべき対象へ目をやると、


「……あ。また来る」


 ホバリングしていた巨大蚊がゆっくり下降し地に脚をつけた。


 今度は頭部を左右に振った後に、うるさいくらいに羽音を大きく鳴らし、立ち合いの相撲取りのように前のめりの体勢になり、


 フッ


 と姿を消したかと思うと、砲弾のようなスピードでこちらへ飛んできた。

 先程よりも少し高い、頭のあたりめがけて突っ込んできた巨大蚊。その攻撃を、


「うおっとぉっ!」


 今度は上体をそらしてかわした。

 しかし、かわす勢いが余って、そのまま仰向けにゴロリと倒れてしまった。


 前髪を少しかすったが、


「ギ、ギリギリセーフ」


 紙一重。

 また助かった。


 と、思ったのも一瞬で、


「ん? ……おわぁっ!」


 たった今後ろへ飛んで行ったはずの巨大蚊が、視界の左端からニョッキリ現れ、大の字になって倒れている僕の左腕に脚を乗せ止まった。


「え!? え!? もう戻ってきたの!?」


 瞬間移動でもしたような蚊の動きの素早さにビックリしつつも、


「こんにゃろっ!」


 右手に握っているモノを巨大蚊へ向けるため、腕を動かそうとした。そこへ、


「……あれ?」


 今度は右腕に何かが乗っかる感触が。

 嫌な予感に、おそるおそるそちらへ目をやる。


「ほわぁっ!」


 これまた巨大蚊が、今度は僕の右腕に止まっていた。


「増えた!?」


 わけがわからず二匹を交互に見ていると、頭の上からプゥ~ンという音が聞こえ、さらにもう一匹姿を現した。


「また増えた!?」


 三匹目は、そのまま僕の上半身を通り過ぎ、足の上でクルリと百八十度方向転換して、僕の両足を押さえるように上に乗っかった。


「三匹いたってことですか……」


 完全に手足の自由を奪われてしまった。

 まさか他にもこんなにデッカイ蚊がいたとは……。


 足に止まっている巨大蚊は、飛んできたタイミングからして今まで相対していたやつだと思うが、左右の二匹はいつの間に僕に近づいたんだろう?

 プゥ~ンという音がまったく聞こえなかった。


 ……いや、二回目の攻撃の時巨大蚊は、森に響き渡るくらい大きく羽音を鳴らしていた。

 その音に紛れて近づいたってことか。

 突っ込んでくる前に左右に頭部を振っていたのは、二匹へ合図でも送っていたのかもしれない。


 三匹いたのなら初めから同時に襲ってくればよかったんじゃないか、とは思うがそこはよくわからない。

 でも何か理由がありそう。


 だってコイツ等普通の蚊と違って頭が良さそうだし。

 今だってそれぞれ顔を見合わせてから、「それではいただきましょうか」って具合に頭をコックリ動かし、僕へ向かってぶっとい口針をゆっくりと近づけ……


「ってヤベェェェッ! こんちくしょうっ! 素直にいただきますされてたまるかっ!」


 さっき拾い上げたモノの感触を右手に確認する。

 よし、ちゃんと握ってる。


 腕は巨大蚊が乗っかっていて動かせないが問題ない。

 だってコレ、ジェット式だから。

 手首をひねって噴射口を調整。

 そして、噴射ボタンに置いた指にグッと力を込め、


「くらえぇぇぇーーーーーっ!」


 蚊にとって猛毒である『殺虫剤』を、勢いよく吹きかけてやった。


 もともと、部屋にいた蚊を退治するため手に取った殺虫剤だったが、まさかこんな巨大な蚊に使うことになるとは。

 それとも部屋に出た蚊がこの巨大な蚊だったのか。


 ……いやいや、こんなデッカイ蚊いるわけないし。

 そもそもここって現実じゃないし。

 じゃあ何でここに殺虫剤があるんだって話で……それは夢か幻の中で取ったからここにあって……でも殺虫剤を取った時は意識がはっきりしてたような……だから……えーと…………よくわからん。

 今はこいつらを倒すことに集中しよう。


 僕は、自分の上に乗っかっている三匹の巨大蚊の、頭部から胸部から腹部から、羽から脚から口針から、とにかく隅から隅までたっぷり、た~っぷりと殺虫剤をかけまくった。


 巨大蚊達は、突き刺そうとしていた口針を途中で止め、されるがままだ。


「フッフッフッ。毒霧をかけられて、早くも体に変調をきたしているんだろう」


 それでも確実に倒すため、殺虫剤を使い切るくらいの気持ちで吹きかけ続けた。


 かけてかけてかけまくって、巨大蚊達の体から殺虫剤の液体が滴るほどになったところで、


「ふぅ、これだけかければ十分だろ、ゲホッ、ゲホッ」


 噴射ボタンを押していた指から力を抜いた。


 殺虫剤が軽い霧レベルで三匹と僕を包んでいる。

 僕としてもかなり苦しいが、呼吸を抑えて、目を薄く開け、巨大蚊達がコテンとひっくり返るのを待った。しかし、


「……何で?」


 巨大蚊達は、倒れるどころか苦しむ様子もなく、殺虫剤の霧が晴れてくると、顔を見合って頭部を傾げていた。


「ウソ……全然? 全然効いてないの? そんなびちょびちょなのに?」


 三匹は「何だったのかわかんないけどとりあえず食事にするか」って具合にまた頷きあって、キラリと光る口針を近づけてきた。


「待って待って待って! 何で!? 何でなの!? もしかして体がデッカイからもっとかけないとダメとか!? クソッ、だったらもう一回!」


 殺虫剤をかけるため噴射ボタンを強く押す


「(ぺんっ)」


 寸前、巨大蚊の脚に手を払われ、スプレー缶が手から落ち、コロコロコロ~と地面を転がった。


「あ! あ~……」


 はい、試合終了。

 もうどうしようもない。

 蚊に血を吸われて死ぬ日が来るなんて夢にも思わなかった。


「……」


 ……そうだった。

 これって夢もしくは幻なんだった。

 でも、もし現実だとしたら確実に助からないな……。


 巨大蚊の、よく見ると気色悪い口針がどんどん近づいてくる。

 逃れようのない状況に、チェリーボーイのまま死ぬことを半ば覚悟した――直後、


「ピギュルルルロロォォォォォッッッ、オッ、オエッ、オエエエェェェェェ~~~~~ッ」


 右腕に乗っていた巨大蚊が、上司に無理矢理お酒を飲まされてえずく新入社員みたいな、音のような声を出して苦しそうに悶え始めた。続いて、


「ゲキョォォォォォーーーーーッ、ブヂョォォォォォーーーーーーーッ」


 左腕に乗っていた巨大蚊も、働きすぎて変なテンションになってしまった新入社員のような苦し気な声を吐き出し、


「ンキョォーーーーーッ、アバババババババババッ、ボ、ボ、ボヂュゥゥゥォォォォォ~~~~~ッ」


 足に乗っかっていた巨大蚊も、アニメ制作会社に入って尊敬する漫画家さんに出会えたフランス人新入社員のような声を漏らして、激しく体を揺らしだした。


「お、おぉ~。こ、これって殺虫剤が効いてるってこと?」


 おそらくそういうことなんだろう。

 時間差はあったものの巨大蚊にも効果はあったようだ。

 少し大きめの害虫には効き目が遅いのと同じ様なことだったのかも。


 そのまま、三匹の断末魔の叫びじみた声はあたりに響き続け、しばらくするとその声も徐々にかすれていき、やがて静かになった右腕に乗っている巨大蚊がフラつき始め、ドシーンッと横倒しにくずれた。


 あとに続くように左腕と足にいる巨大蚊も大きな音をたてて倒れ、ようやく決着&解放。

 かなり危なかったが、無事やっつけることができた。


「た、助かった……」


 まだ他にも蚊がいた場合に備えるため、さっさと立ち上がった。


「ふぅ~。……よくこんなの倒せたな」


 まだ体をピクピク動かしている巨大蚊を見下ろし、自分で自分にビックリ。


 何なんだこのデカさは。

 政府が秘密裏に開発してた生物兵器か何かか?

 はたまた環境汚染の影響を受けて巨大化したとか?

 宇宙蚊とか?


 なんにせよ珍しいことに変わりはない。

 こんな蚊がいるなんて世間に知れたら、世界中パニックになるだろう。

 もちろん現実だったらって話ではあるけれど。


 バサッバサッ


「うわっ!?」


 さっきまで僕の両足に乗っていた巨大蚊が、突然羽を動かし体を起こした。


「マズイ! マズイ! まだコイツ元気が残って……ん? 何だ?」


 あわてて殺虫剤を拾おうとしたが巨大蚊は僕へ興味を示さず、プルプル震える二本の前脚を、それぞれ僕の右腕に乗っていた蚊、左腕に乗っていた蚊へと伸ばしていた。

 それに応えるように、倒れている二匹も力ない脚を一本、起き上がっている蚊へ懸命に伸ばしていた。


 何してんだろ?

 何か企んでるのかな?

 もっぺん殺虫剤かけとくか?

 と思ったがそうするまでもなく、


「……プギュゥ……」


 倒れている二匹は小さく鳴いて、伸ばした脚をパタリと土の上へ落とした。


 起き上がった蚊はその二匹の様子を見てか、落ち込んだように二本の前脚をだらりと下げ、


「グギュゥゥゥ……」 


 と弱々しく鳴いた後、巨体をそっと横たえピクリとも動かなくなった。


「……」


 三匹とも息絶えたのだろう。

 これで一安心……なのだが、最後に巨大蚊達は何をしようとしていたのかとても気になる。


「……ふむ」


 この三匹よくよく見比べてみると、一匹だけサイズが違う。

 僕の両足に乗っかってたやつ――つまり最初から僕を襲っていたやつは、残る二匹よりも一回り大きい。


 三匹の動きは、連携が取れていて仲が良さそうだった。

 友達だったのだろうか。

 いや、サイズから見てこの三匹、もしかすると……


「家族……とか?」


 血を吸う蚊は雌だけだと聞いたことがある。

 てことは、大きい蚊がお母さんで、小さい二匹が娘さんなのかも。


 最初、僕をお母さん一匹で攻撃してきたのは、僕の強さを探るためで、僕が弱くてコスプレイヤー達にも見放されているとわかって、娘さん達に「この人類チョロいからいらっしゃい」と合図を送って、三匹で襲ってきたのかもしれない。


 最期に脚を伸ばしていたのは、死ぬ前に親子で脚をつないでっていう……


「……」


 一度家族だと考えると、そうとしか見えなくなってきた。

 蚊に家族だ何だって意識があるのかなんて知らないけど、もし本当に家族だったんだとしたら、


「悪いことしちゃったな……」


 殺されそうになったとはいえさ……。


「……」


 巨大蚊達の脚を見る。

 伸ばしはすれど、繋がれることのなかった脚を。


 ……罪滅ぼしってわけじゃないけど、最期の願い叶えてあげるか。


「んじゃまずは、お母さんから」


 脚を持って、娘さん達のほうへ引っぱる。


「いよ~~~~~っ、ほ~~~~~っ、ん~~~~~~~~~~っ、あ、あれ? すっごく重いんだけど」


 サイズはプテラノドンだけど、見た目はその化石みたいにホネホネしているので簡単に動かせると思ったが、微動だにしない。


「えーと……うん、そうだな。まずは、一番最初に倒れた娘さんをお母さんのところまで引っぱろう。ではでは……んしょーーーーーっ、ふんーーーーーっ、そいやーーーーーっ、お、重……なにくそっ! せりゃーーーーーっ、ちょりゃーーーーーっ、ぷはぁっ、はぁっ、はぁっ、ふんがーーーーーっ、んにゃーーーーーっ、うごけ~~~~~っ、うごけ~~~~~~~~っ、う~ご~け~~~~~~~~~~~~~~っ、ぷはぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、ふぅ~~~…………………………………………………………………………」


 まぁいいや。

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