148.聖具
「ほぇ〜……最高の景色……」
トレアドールに入る前に見た、夕日に照らされる街もキレイだったが、朝日を浴びる街並みもこれまた極上の眺めだった。
「キレイですねぇ……」
「ああ、キレイだなぁ……」
「ええ、キレイです……キレイさっぱり光の塔がありません……」
……あえて気にしないようにしてたのに。
昨日見た街の景色と今見てる街の景色。
光の塔がないだけなのに、急激に街が寂れたように見えてしまう。
「……朝になったらまた建ってるかなぁなんて思ったんスけどね」
「そんなわけないだろ」
「朝勃ちじゃないんですから」
崩れた塔の裏手側、湖のそばには、朝日を受けてキラリと光る白銀色の甲冑を身につけた人達の姿が見える。
数は五十人ほど。
僕達が戻ってきた場合に備えているのか、はたまたこれから森へ入ろうとしているのか。
どちらにせよ見逃してくれそうにない。
街の様子はよくわからないが、光の塔や教会などがあるパルティア教の敷地を囲う柵の前の道は、黒い人だかりで溢れかえっていた。
リィザが、パルティア教の朝礼があるようなことを言っていたが、そのために来た人達というよりは、ほとんどが破壊された光の塔を見に来た野次馬だろう。
改めてとんでもないことになったなこりゃ。
そのまま、三人並んでボンヤリと眼前の光景を眺めていると、
「あれま」
聖女様が驚いたような声を上げた。
「どうされました?」
「もしかして、騎士団の人が近くにいるとか?」
リィザと僕が聖女様へ注目する。
「いえいえ、コレ」
聖女様が手を顔の横に上げて、ニギニギ動かした。
「あ」
「透けてる」
聖女様の手が、白い手袋も含めてちょびっと透明になっていた。
「これってもしかして……」
と、目で問うリィザに、
「そろそろあちらへ行かねばならないようです」
聖女様が答えた。
そっか……。
朝日が昇るころには行くって言ってたもんな。
ついにお別れか。
「そう、ですか……」
リィザが寂しげに俯いた。
「まだ会ったばっかりなのに……」
僕もリィザと同じ気持ちだ。
「すでに決まっていたことですからね……。リィザさん、聖印は今も身につけてらっしゃいますか?」
「あ、はい」
聖女様からのいきなりの質問にリィザが顔を上げ、四つの金の輪が串団子のようにくっついたパルティア教の聖印を、服の胸元から出して見せた。
「その聖印に少々細工をしてもよろしいでしょうか?」
「細工……ですか?」
リィザの聖印は、リィザの家に代々受け継がれてきた大切なものだ。
断るかな?
と思ったが、
「かまいません」
ためらいなくリィザは頷いた。
どんな細工をするのか聞いてもいないってのに。
それだけ聖女様への信頼は厚いってことだ。
「では、動かないで下さいね」
「……はい」
リィザが緊張の面持ちで聖女様を見つめる。
聖女様は、リィザの正面に移動し、向き合い、リィザの胸にある聖印に透けている右手を当てた。
「あなたにこれを捧げます」
そう言うと、聖女様の右手が黄金色に光り出した。
「え、え……な、何が……?」
リィザが戸惑いの声を漏らす中、聖女様の手はさらに明るさを増し、朝日の陽光に負けないほど強く強く輝いてから、フッと萎むようにして光が消えた。
いや、消えたというより、リィザの聖印に光が吸い込まれたように見えた。
「ラ、ラララ様、今のは一体……?」
「あなたの聖印に、私が紡いだ『祝福』の魔法を込めました」
聖女様がリィザの胸から手を離し説明する。
祝福の魔法。
一度はクロアを倒した、身体を強化する魔法のことだろう。
「祝福の魔法を……そのようなことができるのですか?」
「ええ。加えて、『聖具』に造り変えさせてもらいました」
「聖具に!?」
目を真ん丸にして、びっくり仰天なリィザ。
せーぐって地下にいる時も聞いたな。
「せーぐって何スか?」
「お前聖具を知らないのか!?」
もひとつおまけにリィザがびっくり。
「聖具は、聖人や賢人など、神に近しい方々が造られた、主に聖なる力の込められた道具のことだ」
「ほえ〜」
聖具ね。
性の道具でなく。
聖女様って神様に近いくらいの人だったのか。
「で、祝福が込められて聖具になった聖印は、これまでと何か違うんスか?」
「聖印に祈ることにより、ディノを倒した時以上の祝福の魔法をご自身にかけることができます」
「あれ以上!?」
「ホントっスか!?」
「ホントっス。リィザさんのご先祖様方の祈りの力、そして私の残る生命力を使って、祝福の効果をさらに強化しましたので」
ご先祖様方の祈りの力は、もともとリィザの聖印の中にあったもの。
それを使って祝福を強化し、クロアを一度は倒した。
それをさらに、聖女様の生命力もプラスしてより強力にするとは。
「あ! ラ、ラララ様! お、お体が!?」
リィザの驚く声に聖女様へ目を向けると、体が半透明になっており、向こう側が透けて見えていた。
「生命力を聖印に込めましたからね」
それで一気に薄くなったと。
「ラ、ラララ様……光の聖女ラララ・トレアドール様。怪我の治療をしていただき、地下聖室でクロアを倒す力を貸していただき、またこのような力を授けていただき、私はなんとお礼を申し上げれば良いのか……」
地面に膝をつこうとするリィザ。
それを聖女様がそっと手を伸ばして止めた。
「お礼など結構ですよ。私は自分のやるべきことをしたまでです。この聖具も、あなた達に必要だから力を与えただけのこと。そう畏まらないでください」
「……はい……ぐすっ、ありがとうございます。心より、ずずっ、ありがとうございます」
リィザは、折りかけた膝を伸ばし、涙ぐみながら深々と頭を下げ、感謝の言葉を口にした。
「聖女様、色々とありがとうございました」
リィザの隣で僕も、心を込めてお礼を言ってお辞儀をした。
「オホホ、お気になさらず」
聖女様が優しく微笑む。
よくよく考えてみれば、もし聖女様がいなかったら、今頃僕達は地下で物言わぬ死体となっていただろう。
感謝してもしきれないってもんだ。
「でもこれで大丈夫っスね!」
頭を上げて、リィザへ興奮気味に話しかけた。
「ん?」
リィザも頭を上げ、コートの袖でごしごしと涙を拭いた。
「だって、地下で祝福の魔法をかけてもらった時もクロアを倒せたっスけど、あれよりさらに強力な祝福を受けられるんなら、次クロアに会っても片手でけちょんけちょんにできますよ。なんならブランと二人まとめて」
「うむ! 勇者リィザの誕生は近いぞ!」
「姐さん姐さん! 勇者になったら何か下さい!」
「何が欲しい?」
「土地が欲しいです!」
「国をやる」
「世界はリィザさんのものだぁっ!」
「フハハハハハハハハハハッ!」
「……あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「来年には一国一城の主だ!」
「おいおい、来年なんてそんな……十日もあれば十分だ。フハハハハハハハハハハッ!」
「いや、無理でしょ。あのですね、聖印の力だけでディノは倒せませんよ?」
「ハハハハハ……へ?」
「ハハハハハ……え?」
「聖室でも言いましたけど、ディノは魔人の力を扱いきれていないんです。もしあの時、ディノが魔人の力を我がものにしていて、魔力も残っていて、ディノの剣も持っていたら、私達は余裕で負けてました」
「……そ、そうなのですか?」
「そうなのです」
「し、しかし、地下の時より聖印に込めた祝福の力は上がったと仰いませんでしたか?」
「ええ、上がっています。でも、ディノが完全な魔人になったら、ワンパンで死ぬと思います」
「ワ、ワンパンで……」
「あ、姐さん……」
「……」
「僕の、ユナイテッド・ステイツ・オブ・バハムートは、どうなりますか?」
「……建国は、先になりそうだ」
「自由のバハムート像が……」
「……あと、勇者になっても国とか上げられませんからね。今のディノは、魂を一度殺されて力の大部分を失っています。魔力が回復しても大した力は持たないでしょう。ですのでディノ自身は、しばらく魂の回復のためにおとなしくしていると思います」
「で、では、今の内に」
「ですが、居場所がわかりませんし、それに傍にはブランがいます。ブランも聖印の力だけでは勝てないでしょうね」
「……ということは、クロアを倒そうと思えば、私自身がもっと努力して強くなる必要があるのですね」
「そうです。聖印の祝福は、使い慣れてくればあなたの力を何倍、何十倍にしてくれます。地下では私がリィザさんに魔力を供給していましたが、今後はリィザさん自身の魔力を使うことになります。地力を上げ、持てる魔力量を増やせば祝福も長く使用できますよ」
「はい」
「そして、ディノの魂が完全に回復する前に、リィザさんは強さを手に入れ、ディノの居場所を見つけ、勝負を挑むことをお勧めします。魂が回復したら、魔人の力を使いに使って、すぐに扱い方を理解するでしょうからね。ディノはあれでも大賢人と呼ばれた人ですから。そうなると、グリネオより厄介かもしれません」
「そ、そんなにですか」
「とは言え、できれば……」
「……できれば?」
「……ディノの退治は、別のもっとお強い方にお任せするのが一番なんですが」
「それはできません!」
「ですよねぇ」
「クロアが魔人になった責任は取ります!」
「ええ、リィザさん、真面目さんですもんねぇ」
「そして勇者になって有名人になります!」
「欲望にも忠実ですし。……バハムートさん」
「はい?」
「『もっと簡単に倒せると思ったのに大変そうだなぁ、メンドーだなぁ、ダリ~』って顔してないで、御主人様が頑張る以上、あなたも頑張るのですよ」
バレてたか。
「でも僕、何も取り柄ないですもん」
「ですよねぇ」
「……」
「では、世界各地にある様々な武器や道具を集めてみてはいかがでしょう」
武器や道具……。
「それって、伝説の剣や防具的なものですか?」
「ええ」
「ほほーう……」
そんなワクワクするものがあるのか。




