147.ギャップ
枝葉の間からわずかに射し込む星月の灯りを頼りに、新緑の香り漂う静かな森の中を歩いていると、遠くどこからか狼の遠吠えが聞こえてきた。
本当にいるし。
入ってくんなと言われているようでおっかない。
辺りをキョロキョロ見渡すが、暗くて遠くの様子はまったくわからない。
「あ、姐さん」
「ん?」
「か、懐中電灯点けていい?」
「ダメ」
だよね。
リィザも時折周りを気にしてはいるが、堂々とした歩き姿だ。
オドオドしてる僕とは大違い。
「ラララ様、このまま森を一晩中歩き続けるのですか?」
リィザが横目にこちらを見てから、前を行く聖女様に尋ねた。
もしかして、心配された?
頼もしいやら、自分が情けないやら。
今日こっちに喚ばれた頃は、まだひどい扱いだったってのに、ちょっとしたことで心配してもらえるとは、随分と変わったもんだ。
いや、リィザは元々優しい女の子だった。
戻ったって言ったほうが正しいのかな。
「いえ、私の隠れ家に行こうと思います」
「おお! 隠れ家!」
「しー。バハムートさん、大きな声を出してはいけませんよ」
「おっと、こりゃすみません」
なんともワクワクする響きに、つい興奮してしまった。
「バハムートさんの気持ちは、わからないでもないですけどね。オホホ」
「早く行きましょうよ、聖女様」
「まぁまぁ、慌てずとも森の隠れ家はなくなったりしませんよ」
「……ラララ様」
「どうしました、リィザさん?」
「森の奥に大木が一本立っていて、その近くの崖下に洞窟があるんです」
「……」
「まさか、そこじゃ……?」
聖女様の歩みがだんだんと遅くなり、ついには止まってしまった。
「……なぜそれを?」
当たってたようだ。
「数年前、光の聖女ラララ・トレアドール様の森の隠れ家発見、という話題が世間を賑わせたんです」
「……その洞窟は、今どうなっているのですか?」
「えっと、今は立ち入り禁止になっているとか……」
「……中にあった物の行方はご存じで?」
「教会の方々が、聖女ラララ様の貴重な品々ということで、全て運び出したと聞きました」
「……ガクリ」
聖女様が擬音付きで草の上に膝をついてしまった。
「ラララ様!?」
「大丈夫ですか!?」
リィザと僕が側へ駆け寄る。
「まさか……そんなアホな……ヨヨヨ」
「……聖女様」
「私の森の隠れ家が……」
「……隠れ家、なくなったりしちゃいましたね」
「……これがホントの隠れ家、ですね」
「……あんまし上手くないっスね」
「……いっそ死にたい」
「……朝までお待ちを」
「……フゥ」
ため息を一つ吐いて、聖女様がフラフラと立ち上がった。
「せっかく集めた私のお宝が……」
お宝……。
「一体何が置いてあったんですか?」
「私の魂です」
「……聖女様って、今どうやって動いてんです?」
「その魂ではありません。言うなれば、心の魂……ソウルです!」
「こ、心の魂! ソウル! ……特に違いはないのに、この胸に響く言葉は一体……?」
「きっと、あなたも持っているのでしょう」
「僕も……」
「ベッドの下とかに」
そういうのね。
「第一中隊はここで待機! 第二中隊は東! 第三中隊は西の森を捜しなさい!」
リヴィエラ様のきびきびとした声が聞こえてきた。
夜の森で、真っ暗なうえに距離もある。
見つかることも追いつかれることもないだろう。
「ラララ様、とりあえず森の中を進みましょう」
後ろを気にしつつ声をかけるリィザ。
「そっスよ」
僕達のいる西側の森にも騎士団の人達が入って来るみたいだし。
「……リィザさん、見つかった隠れ家はソコだけですか?」
しかし聖女様は動かず、そんなことを聞いてきた。
「おそらく」
「……ならば、もう一つのほうは無事かも」
まだエロ本持ってんのか。
「リィザさん! バハムートさん! 小さいほうの隠れ家に向かいます! 私についてきて下さい!」
言うや否や聖女様は駆け出した。
「あっ、走ると危ないですよ!?」
「そんなに急がなくても!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 神よ! マジで頼んます! どうか我がソウルをお救い」
「リヴィエラ様! 西の森から声が!」
バレた。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 私としたことがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「北西の方角から聞こえます!」
方角もバレた。
「なんとぉっ!? デキますね!」
と言うデキない聖女様。
「お二人ともっ、お早く!」
仕方なく急いで逃げることに。
「……昔、家の近くにデッカイ池があったんだ」
リィザが走りながら、唐突に語り出した。
「何の話っスか?」
「そこには、ヌシ様って呼ばれてる、すっごくおっきい魚がいるって噂があってな」
あー、ウチの近所の池にもそういうのあったわ。
「ある日、フラリと現れた釣り名人がヌシ様を釣り上げたって話を聞いて、見に行ったんだ」
「デカかったっスか?」
「……ちっさかった」
「なら、ヌシ様じゃなかったんじゃないっスか?」
「『ワシをヌシ様と知っての狼藉か!』って超怒ってた」
喋っちゃったか。
「で、何でその話を?」
「……思い出しただけ」
と言うリィザの目は、前を走る聖女様へ向けられている。
理想と現実のギャップってすごいよね。
僕も、異世界ってもっとのんびり楽しめると思ってたもん。
それなのに、悪魔だ魔人だ聖女だミイラだと出てきて、起こることは問題ばっかだし。
何でこんなことになるのやら。
「……」
顔を上げると夜空には、地球で見るものと同じ色と形をした満月が。
みんな今頃何してるのかな?
お父さん、お母さん、優ちゃんはもう寝てるかな。誠もサクも小早川さんも。
僕の代わりに日本へ還ったククも、美味いもんたらふく食って、ベッドでおねむだろう。
明日ククが戻った時、今日のことを話したら、白目むいてひっくり返るかもな。
そんなククの愉快な姿を想像しつつ、聖女様の、
「……あれ? こっち? ……いや、こっち…………あれ? …………………………ここどこ?」
聞きたくなかった言葉を耳にしながら、僕達は夜の森を走り続けた。
◇◆
翌朝。
朝日が昇る前の薄暗い時間帯。
僕とリィザと聖女様は、丘の頂上目指して夏草の生い茂る坂を上っていた。
「はぁ、はぁ、こんな早朝から、こんな坂上るなんて、はぁ、はぁ、メチャクチャだよ、はぁ、ひぃ」
「お前は体力がないなぁ」
「だらしないですよ、バハムートさん」
「はぁ、はぁ、そりゃ、リィザさんは、毎日野山を駆けまわってるし、はぁ、はぁ、聖女様は、魔法で、はぁ、ふぅ、幽霊みたく浮いてるから、いいでしょうけど」
「人を野生児みたいに……」
「あなたそんな風に思ってたんですか……」
僕と違って悠々と先へ進んでいく二人になんとかついて行く。
あの後、結局隠れ家は見つからず、森の奥へ逃げ、適当な場所で仮眠をとり、少しして起き、迷子になったお詫びに見張りをすると言ってたのにベールの上から鼻ちょうちんを膨らませてしっかり寝ていた聖女様を起こし、歩いて森を北側へ抜け、街と森と湖を囲む小高い丘を、えっちらおっちらと登っているところだった。
「ほら、もうすぐてっぺんだからがんばれ」
リィザが背中を押してくれた。
それでかなり楽になり、一気に上まで登りきった。
「はぁ、はぁ、はぁ、つ、疲れた」
膝に手をつき呼吸を整える。
「おお、トレアドールが一望できるぞ」
「ちょうど朝日も昇ってきましたね」
リィザと聖女様の声に顔を上げ、今上ってきた方向へ体を向けた。




