145.未来の勇者
「そのようなことあり得ません!」
ヘコむ聖女様を見て、リィザが強く否定した。
「聖女様はグリネオを倒し、さらには魔人となったクロアの力も封印し、三百年の平穏な時代を我々に与えて下さいました! 感謝こそすれど恨む者など誰一人としていはしません!」
「でも結局、ディノは魔人に戻って逃げちゃいましたし」
「大丈夫です。聖女様のこれまでの功績がかすむことはありません。皆、聖女様を心より尊敬し続けます」
「故郷が襲われても?」
「え?」
「これからも私を敬い続けると言ってくれた人の故郷が、ディノが喚び戻した悪魔に襲われても、その方は三百年前の私達の行いを許してくれますか? 聖女様達がディノ・クライハーツを倒してくれていたら……って欠片も考えたりせず、許してくれますか?」
「……それは、ですね…………」
言葉に詰まるリィザ。
もしそんなことになったら、大なり小なり聖女様に対して負の感情を持ってしまうかもしれない。
「……あの…………バハムートはどう思う?」
「え!?」
いきなり話を振られた。
自分が答えにくいからって。
「えっと~…………許してくれない、かな?」
「オロローーーーーンッ! やっぱりみんな許してくれないんです! もう私いらないコなんです! オロローーーーーンッ! オロローーーーーンッ!」
死霊の叫びのような声を上げ、泣き出してしまった。
「で、でもですね、あの、きっと大丈夫ですよ!」
「……なぜです?」
「なんか……こう……大丈夫かなぁ、と」
「あなた慰めるの下手くそですね」
「みんなあなたを恨むでしょうね」
「オロローーーーーンッ! オロローーーーーンッ!」
「コラッ、聖女様を泣かせるな!」
おーよしよしと、聖女様の背中をなでなでしてあげるなでなでリィザ。
自分だって似たようなこと思ってるくせに。
「大丈夫ですよ、聖女様。必ずみんなわかってくれます」
「……本当に?」
「はい」
「リィザさんの故郷が襲われても?」
「…………………………もちろんです」
「オロローーーーーンッ! 間があった! オロローーーーーンッ! オロロロローーーーーーーーーーンッ!」
リィザも泣かせてるし。
「だったら、クロア……ディノ・クライハーツ様は元仲間だから、改心を期待して逃がしたって話をすれば、みんな許してくれるんじゃないっスか?」
「オロ? でもそれなら、改心しなかったんだから仲間のケツ拭けよって言われそうです」
さもありなん。
「このままこちらの世界に残ることができれば、それもできるんですけどね。私がディノを血祭りにあげ……て…………」
「……ラララ様?」
「……どうしたんスか?」
何事かを考えるように、黙ったまま顔を上向けている。
「何か気になることでも?」
「誰もいない場所をじーっと見てる動物みたいで怖いんですけど」
「『ミイラの口の中』(ピラリ)」
「ギャアーーーーーーーーーーッ! ミイラの口の中ーーーーーーーーーーッ!」
「美の化身と謳われた私に向かって失礼でしょう!」
「自分でやったんじゃないっスか!」
「もしまだアレが動いているなら……」
「何の話っスか?」
「しかし、アレが側にいたならこのようなことにはなってないでしょうし、やはりもう動いては……」
「?」
首を傾げてリィザを見た。
「?」
リィザも首を傾げてこっちを見た。
「……やはり、こちらに残るのは無理ですかねぇ」
「どうかされたのですか、ラララ様?」
リィザが独り言をつぶやいている聖女様へ、心配そうに声をかけた。
「いえいえ、どうもしません。大丈夫ですよ」
本当かね?
よくよく考えてみれば、聖女様の年齢って三百歳以上ってことになるんだよな……。
「聖女様」
「何か?」
「自分の名前と住所言えます?」
「なぜそのようなことを?」
「特に理由は」
「バハムートさんに天罰が下りますように」
「なぜ?」
「特に理由は」
「天罰ってどんなの?」
「あなたは百年後死にます」
「十分長生きっスね」
「童貞のまま」
「残酷すぎやしません?」
「私の名前は、ラララ・トレアドール。住所は」
聖女様が歩く足を止め、
「ここです」
目の前の、瓦礫の山と変わった光の塔へ顔を向けた。
僕とリィザも瓦礫の前で立ち止まり、眼前の光景を眺めた。
「わかっちゃいたけど、こりゃひどい……」
「現実味がないな……」
「悪い夢を見ているようです……」
そこにあるのは大小様々な石、折れた木材、布や陶器なども少し見える。
ここに、白く輝く立派な塔があったなんて信じられない惨状だ。
瓦礫の中には、精緻な模様の彫られた石などもある。
……ふむ。
こういうのって見る人が見たら光の塔ってわかるかもな。てことは、これを持って帰って……。
崩れた塔の向こう側からは、ワイワイガヤガヤと人々の喧騒が聞こえてくるが、未だ瓦礫の山から出ている砂埃とポツポツと見られる火の煙が、湖のほうから吹いてくる風によってそちら側へ流されているので、はっきりと様子を確認することができない。
そのまま、時間にして一分ほど、誰も口を開かず光の塔の亡き骸をただただ見ていたが、
「……こうしていても仕方ないな」
リィザが気分を切り替えるように言った後、
パンッパンッ
取り組み前の力士のように自分で自分の両頬をはたき、
「向こう側へ行こう」
覚悟を決めたように力強く言った。
「何でそんなに力んでるんスか?」
聖杖騎士団と戦うわけでなし。
「今からこうなった経緯を話しに行く」
「経緯を?」
「うむ。私達のせいで、魔人が再び生まれてしまったことを説明しに行く」
歩き出すリィザ。
「待った」
手を掴んで止めた。
「何?」
と聞いてくるリィザはひとまず置いといて、
「聖女様」
「はい?」
「ふと思ったんですけど、僕達が魔人を生み出す一因となったって聖杖騎士団の人に話したら、僕達ってどんな扱いを受けます?」
「罪人の扱いでしょうね」
「……ですって」
「覚悟の上だ」
リィザ歩き出す。
「待った」
止める。
「何?」
「ララララ様」
「ラがひとつ多いです」
「僕達の罪って重いですか?」
「何も知らなかったわけですから、それ程でもないかと」
「軽めですか」
「リィザさんは」
「僕は?」
「せっかく倒したディノを生き返らせちゃいましたからね。重めかと」
「な、何されるんスか?」
「最悪、一生牢屋とか」
「……僕、女体を知らないのに?」
「さっきの天罰ですかね」
「……て、天罰ですって、リィジャしゃん」
「覚悟を決めろ」
「ム、ムリ」
「……だが、安心しろ」
「ど、どうやって?」
「お前の主人として、罪の半分は私が背負ってやる」
「リ、リィザお姉様……」
なんて慈悲に溢れたお方だろうか。
「……まぁ結局、人の罪を背負うなんてできないので一生ブタ箱でしょうけど」
なんて慈悲のない聖女様だろうか。
「せ、聖女様、お助け下され」
「残念ながらできないかと」
「な、なぜに?」
「私もディノのこと黙ってましたから。重い罰が下るでしょう」
「ど、どのような?」
「最悪、一生牢屋とか」
「あ、あなた朝には死ぬじゃないですか」
「バレたら罰を変えられるんで、しーですよ」
信じられんミイラ様だ。
「リ、リィザさん、行かないで」
「それはできん」
「じゃあ、エロいことさせて」
「死ねムート」
マジか……どうしよう……え〜と、え〜と…………
「……我が主、リィザよ」
「何でここにきて威厳ある召喚獣風?」
「あなた様は、僕達のせいで魔人が誕生してしまったとお話になるおつもりですね?」
「そう言ったろ」
「しかし、それにどのような意味が?」
「たくさんある」
「過ぎたことを話したとて、最早どうなるものでもありますまい。我々が今やるべきは、魔人となったクロアを倒すことです」
「だから、いきさつを説明してクロアを倒すのに役立て」
「今話せば! ……僕達は捕まります。犯罪者です。牢屋行きです。そのような罪人の言うことは、何一つ信じてもらえず、聞き入れてももらえず、もちろんクロアを倒しに行くこともできません」
「それでも話さねばならんのだ。……というか、話したら捕まるのに、私達の言うことを信じてもらえないっておかし」
「しかーーーし! 僕達がクロアを倒した後に今日の出来事を話せばあら不思議! そういうことだったのかと、皆が僕達のことを好意的に受け入れてくれるでしょう!」
「自分で蒔いた種を自分で刈り取っただけって」
「もーーーーーし! もし今話せば僕達は捕まりクロちゃんを倒しに行けない! しかしクロちゃんを倒した後ならば話しても捕まらない! むしろ世界中から称賛される! 英雄になれる! こんな簡単な問題考えるまでもありません! さぁ、どっちを選ぶ!? ただの犯罪者か!? 未来の勇者か!?」
「未来の……勇者……」
「そうですよ、勇者リィザ・ライン・ハイエス様」
「勇者、リィザ……」
「今日のことを話さないんじゃない。いつか、絶・対・に話すんですから、何も気にする必要はございやせんぜ、勇者様」
「………………………………………………だな」
よし。
「フフフ……サインは小さい頃に考えたやつを使うか……」
リィザは、自分の世界にトリップしてしまった。
ふぃ〜。一安心一安心。
「……憐れリィザさん。ディノの次は、バハムートさんにだまされて……」
人聞きの悪い。




