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144.行っちゃいましたね

「な、何!? どうしたの!?」


「いいから!」


 脇目も振らず草原の下り坂を駆けるリィザ。

 理由もわからぬまま引っ張られるままに足を動かしていると、


「もう来ますよ!」


 夜空へ顔を向けていた聖女様が、焦った様子で言ってきた。

 ただ事ではない聖女様の声に僕も顔を上向ければ、気づかぬ間に、星灯りを遮る分厚い雲がこの辺り一帯の空に立ち込めており、ゴロゴロ……と不安を煽る音が響き、雲間で光が瞬いたかと思うと、


 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ


「どわぁぁぁぁぁっ」


「キャァァァァァッ」


「ひゃぁぁぁぁぁっ」


 目を眩ませる光、耳をつんざく轟音と共に、空から大口を開けた巨大な竜の首の形をした青白い雷が、長い光の尾をひきながら光の塔へ喰らいつくようにして落ちてきた。

 直撃を受けた、三百年近い歴史を誇る塔は、一瞬にしてその白い姿を崩壊させ、周囲に石の欠片を飛び散らせた。

 雷が落ちたと同時に、僕達は草の上に倒れるようにして顔を伏せ、頭部を腕で抱え込み、降ってくる塔の破片から身を守った。

 じっとその体勢のまま身を固くしていると、やがて石の雨は止み、辺りが静かになっていった。

 それを耳と肌で感じ取り、そろりと顔を上げた。


「うぇっ、げほっ、げほっ、砂埃が……」


 粉塵が舞っていて、周りの様子がわからない。

 しかし湖から吹いてきた風が、それらをさらうように街のほうへ運んでいくと、少しずつ視界が開けてきた。

 立ち上がって服に着いた埃と草を手で払い、雷の落ちた場所へ目をやると、


「うわ〜……何もない……」


 瓦礫と、所々でくすぶる火と煙、砂埃。

 見えるのはそれくらいだった。

 真っすぐに立つピサの斜塔のようだった光の塔は、見事なまでに粉々になっていた。

 とんでもない魔法だな……。


「光の塔が……」


「私ん家が……」


 遅れて立ち上がったリィザと聖女様も、光の塔があった場所へ顔を向けて呆然とつぶやいた。


「リィザさん」


「……ん?」


「僕のこと引っ張って逃げたってことは、今の魔法のこと知ってたんスね」


「超有名だからな」


 超か。


「何スか今の? ドラゴンでも召喚したんスか? ドラゴンが出るのちょっと遅かったですけど」


「攻撃魔法と召喚魔法をかけ合わせたブランのオリジナル魔法で、発動までに少し間があるんだ」


 すぐに出ない魔法なんてあるんだな。


「もしかして聖女様って、ブランがこの魔法を使う可能性があるって気づいて、急いで逃げたんですか?」


「ええ。あなたが始まりの森にブランが何かしたんじゃないかと言ったので、思い出したんです。昔も、アレで潰されたお城がいくつかありましてね」


 城も潰すとは、改めて凄まじい魔法だ。

 服屋から出た後に見た光と聞いた音は、きっとこの魔法だったんだな。


「でもですね、やるんじゃないかとは思いましたけどね、まさか本当にやるなんて……」


 聖女様の白い手袋に包まれた拳が、怒りでプルプル震えている。


「あんのイケメンは~……コラーーーーーッ! なんてことするんですかーーーーーッ! 降りてらっしゃーーーーーいっ! このチ◯コロがーーーーーーーーーーっ!」


 両拳を振り上げて、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねながら汚い言葉を吐く光の聖女様。


 吐かれたブランは、聞こえているだろうがこちらを見向きもせず、その後方にいるクロアは、見下ろしていた光の塔の残骸から顔を上げ、


「……フフ、ハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


 こりゃ傑作だってくらい口を大きく開けて笑い、


「世界中に広めよ! 再び魔人が生まれたことを! フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 笑い声を響かせながら、ブランと共に、月が輝く雲の晴れた夜空へと飛んで行った。


「……行っちゃいましたね」


「……うん」


 クロアが去っていった空をぼんやりと見つめながらリィザが頷いた。


「アホーーーーーッ! アホーーーーーッ!」


 まだやってる聖女様。


「皆さんっ、呆けている場合ではありませんよ!」


 瓦礫となった塔の向こう側から、オペラ歌手顔負けの美しく良く通る声が聞こえてきた。この声は、


「リヴィエラ様だな」


「ですね」


 リィザに同意。

 無事に塔から脱出できたようだ。


「負傷者の有無と同時に状況の確認を! 街にも人を向かわせなさい!」


 テキパキと指示を出していくリヴィエラ様。

 光の塔が崩壊したってのに落ち着いてる。

 さすがは騎士団の団長様だ。


「リヴィエラ様は、クロア達を追わないんですかね?」


「空を飛んで逃げたからな。騎士団員の中の何人が空を飛ぶ術を持っているのかわからないが、そう多くはないだろう。少人数で魔人とブランに戦いを挑むなんて無謀だ」


 ふむふむ。


「でも、クロアがディノ・クライハーツ様で魔人って話、みんな信じますかね? 今ってただの水色イケメンなのに」


「ディノ・クライハーツ様かどうかは、はっきりとわからないだろうが、魔人の力を手に入れたことはわかると思う。今は封印が解けているから、見る人が見れば、クロアの中にある悪魔の存在を感じられるだろうし」


「見る人が見ればってどんな人っスか?」


「悪魔祓いの心得のある人とか、厳しい修業を積んだ徳の高い人とかだな」


 だったらリヴィエラ様の周りにもわかる人がいるかな。


「ひとまず光の塔へ……光の塔があった場所へ行くか」


 言い直してリィザが前を向いた。


「そっスね」


 クロアも行っちゃったことだし。


「あな恨めしやぁぁぁぁぁっ! あな恨めしやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「聖女様聖女様。そんな地縛霊みたいなこと言ってないで塔の跡地に行きましょう」


「え? あ、あらあら、聖女としたことがお恥ずかしいところを。オホホホ」


「いえいえ」


 今さらだし。


「ではでは、行きましょう」


 聖女様も異論はないようで、僕達は光の塔の欠片が散らばる草の上を歩き出した。


「ハァ~~~~~~~~~~……」


 ようやくおとなしくなったと思ったら、今度は盛大なため息を吐く聖女様。

 感情のふり幅が激しい人だ。

 ため息を吐きたくなる気持ちもわかるけど。

 マイホームがぶっ壊されたわけだし。


「まぁまぁ聖女様、そう気を落とさずに」


「ええ……」


「聖女様の気持ちは痛いほどわかります」


「ヤマモトさん……」


「バハムートですよ。光の塔なら、きっとパルティア教会の人達が建て直してくれますって」


「建て直す?」


「ええ。寄付という名目で巻き上げた汚いお金がたんまりぶべらっ」


「普通に集めた寄付金などで、我々パルティア教徒が全力でもって再建してみせます。ですので、どうかお気を安らかに」


 リィザが真摯な眼差しを聖女様へ向ける。


「ありがとうございます。しかし、塔の再建はなさらずとも結構ですよ」


「え? しかし」


「教会のお金は恵まれない方達のためにこそ使われるべきですからね」


「ラ、ラララ様……」


 感動に打ち震えるリィザ。……当たり前のことを言っただけな気がするけど。


「そもそも、私がいたの地下で、塔の部分は実用性なかったですし」


 それは確かに思ってた。


「じゃあ、何で建てたんスか?」


「見栄や意地や象徴やと、大人の事情があるんですよ」


「はあ」


 色々ね。


「ともかく、形あるものはいつか壊れます。未練はありません」


 だとしても、ここまで木端微塵になることはなかなかないと思う。


「未練がないならどうしてため息を?」


「……三百年前のこと、バラされちゃいましたから」


 そっちのことを気にしてたのか。


「さぞかし皆さん、私を恨むでしょうねぇ……」


 はふぅ~~~、ともういっちょうため息を吐いて肩を落とし、トボトボ歩きになってしまった。

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