141.ハロー
「聖女様、このハンサムさん知ってるんですか?」
「……ええ。私の中では、十本の指に入るほどの男です」
「そんなに強いんですか!?」
「つおい? 私が言ったのはイケメ……強いですよ」
「今何か違うこと」
「強いですよ」
「イケメ」
「強いですよ」
「……ですか」
「です」
なるほど。
イケメンランキングトップテンに入るほどの強敵か。
「私のことを知っている? 聖女様?」
銀髪さんが眉間にしわを寄せ、聖女様を見つめる。
「ディノ様、あの者は一体?」
「ラララ・トレアドールだ」
「な!?」
聖女様と同じく驚きをあらわにする銀髪さん。
「ま、真にございますか!?」
「ああ、腹立たしいことにな」
「なんと……」
驚いた顔のまま、銀髪さんが変な生き物でも観察するように、聖女様をじっくりと眺めた。
「……ディノ様のお力をあまり感じられないのは、眠りから覚めたラララ・トレアドールと戦われたからだったのですね?」
「……そんなところだ」
ばつの悪そうな顔で答えるクロア。
「何があったので?」
「……後で話す」
リィザに一回殺されたってちゃんと話すのかね。
聖女様の祝福のおかげではあるけど。
「正直に教えてあげなよ」
「うるさい!」
「プププ」
怒ってる怒ってる。
「ププ……ん?」
「……」
銀髪さんが、突き刺さりそうな視線を僕へ向けていた。
「ハ、ハロー」
ビビりながら手を上げた。
「……」
何の反応も返さず、銀髪さんは聖女様へ視線を移した。
怖……。
「お久しぶりです、ラララ・トレアドール」
銀髪のヤバい人は、意外にも礼儀正しく聖女様へ挨拶した。
「ええ、お久しぶりですね、ブラン・コマーシュ」
「ブラン・コマーシュ!?」
リィザがまん丸にした目を銀髪のヤバい人、ブラン・コマーシュさんとやらへ向けた。
「知ってる人?」
「当たり前だ! ブラン・コマーシュといえば、グリネオの側近で、帝国の盾と呼ばれていた男だ」
グリネオの側近。
帝国の盾。
とんでもなくヤバそうなやつが出てきたな。
「グリネオ倒して三百年以上経ってますけど、この人寿命とかないんスか?」
「寿命はあるが、ブラン・コマーシュは竜人族らしいからな」
「竜人……」
よくわからないが、その族は長寿なんだろう。
「竜人族ってメチャクチャ強そうな響きっスね」
「お前、竜人族知らない?」
「知らない」
「竜人族というのは、皆が強靭な肉体と優秀な頭脳を持った長命な種族だ。ブラン・コマーシュは、その中でも飛び抜けて優れた存在だったと聞いている」
「……」
聞かなきゃ良かった。
本当にとんでもないやつが出てきてしまった。
「しかし、ブラン・コマーシュは、勇者様達によって倒されたと本に書いてあったのに」
「この者は、ディノが一人で倒したのです」
リィザの疑問に聖女様が答えた。
「ですが私は、ディノに話を聞いただけでその場にいませんでした。ディノ、なぜ倒したはずのブランがここにいるのです? どうして今は、あなたの部下になっているのですか?」
「クックックッ」
だが、クロアは答えず、片方の口端を吊り上げて笑い、
「それよりも」
自分は一歩下がって、
「もう一戦交えるとするか」
ブラン・コマーシュを前へ出した。
「くっ、強力な味方を得たとたん強気になるなんて、バハムートさんのようなマネを」
「……」
何も言えねぇ。
「二人は私の後ろへ」
こちらはリィザが前に出た。
「ラララ様、祝福の魔法は使えますか?」
「使えることは使えますが、魔力が残り少ないので長くはもたないかと」
「そうですか……」
リィザの頬を冷や汗が伝う。
となるとこの状況は、
「形勢逆転だな」
クロアの言う通りで、
「ブラン! こいつらをかたずけろ!」
地下室に響く声を聞いて、万事休すという言葉が頭に浮かんだ。
「……」
が、ブラン・コマーシュは返事をせず、動くこともなかった。
なんなら、意識もどこか別のところへ向いているように見える。
「……ふむ」
その様子に気づいたクロアは、なぜか納得顔。
どういうことだ?
「わざわざ地面を掘ってやってきたことを不思議に思っていたが、やはり……」
クロアが僕達の後方にある出入り口へ目を向けた。
すると、
「急ぎなさい! 侵入者は聖室にいます!」
遠くから、女性オペラ歌手のような、高く美しく良く通る声が耳に届いてきた。
やっとこさ誰かが塔の中へ入ってきたんだろう。
「この声、もしや……」
リィザにも聞こえたみたいで、しかも聞き覚えがあるようだ。
「姐さん、誰だかわかるんですか?」
「ああ。多分、リヴィエラ・ララ・キルビラージュ様だ」
「リヴィエラ様!?」
てことは、騎士団が戻ってきたんだ。
超絶美女は、声まで超絶綺麗なんだな。
「誰です?」
聖女様がこちらを向いて首を捻る。
「聖杖騎士団の団長様です」
「おおっ、ようやく騎士達が帰ってきましたか!」
「すっごく強くてすっごく綺麗な人なんで、聖女様の生まれ変わりとか言われてるそうです」
「……へー」
「ブラン」
「は」
「お前がここへ着いた時には、すでに騎士団の連中が塔の前に集まりつつあった。そういうことだな?」
「仰る通りです」
クロアの推測に肯定を返すブラン。
クロアは、ブランが天井からやってきたのを見て、おおよその状況を理解していたようだ。
しかし、ブランが動かなかった理由はわからない。
目の前の僕達と、やって来るだろう騎士団を倒さないと、ここからは出られないだろうに。
「ディノ、騎士団が来たからには、あなたの命運もここまでです。観念なさい」
聖女様が現状を突きつける。
「騎士団が出てきたとなると厄介だ。……仕方がない、引くぞ」
「かしこまりました」
しかし、二人とも気にした様子はない。
引く?
逃げるつもりか?
出口は一つしかないのに。
「ラララ様、後ろ以外にも出入りできるところがあるのですか?」
と、リィザ。その可能性があった。
「いえ、他にはありません」
ならば、クロア達はここから逃げられないんじゃないか?
「……フッ」
だがクロアは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、直径一メートルほどの天井に空いた穴を見上げた。
「……え? まさかお前、あそこから逃げるの?」
「言うまでもないだろう」
「でも、どうやって?」
天井の高さは十メートル強。
こんなのどうやって……
「あ! わかった! ブランさんが空飛べるから運んでもらうんだ!」
「ブランは空を飛べないはずです」
聖女様が教えてくれた。
「ディノも飛べません」
魔力がないもんな。
「私は飛べます」
知ってる。
「じゃあ、どうやって? ロープも上から垂れてないっスよ?」
「おそらくですね……」
聖女様がブランへ顔を向け、
「ブラン」
クロアが部下の名を呼ぶと、ブランは黒い外套の懐辺りを探り、
「こちらに」
二枚の、薄緑色で丸く平べったい、CDサイズのガラスのようなものを取り出した。
「やはり持っていましたか……」
聖女様がため息混じりに呟いた。
「アレって何です?」
「昇竜の鱗です」
「昇竜の鱗?」
「おお、あれが……」
リィザは知っているようだ。
声には驚きの色が混じっている。
「何に使うんですか?」
「用途は様々ですが、わかりやすいところでは、空を飛べるようになります」
「飛ぶ!? 本当ですか!?」
「ええ」
「ぼ、僕も昇竜の鱗を使えば飛べるんですか!?」
「飛べます」
「大空を鳥さん達と一緒に飛べると!?」
「鳥さんは普通に逃げていくと思いますけど、飛べます」
そんな素晴らしい道具があったなんて。
「僕も欲しい! 僕も欲しいです! リィザさんっ、僕らも買いましょう!」
「無理。高い」
「おいくらくらいなんスか!?」
「サン金貨十万枚くらい」
えーと、金貨一枚約十万円だから……………………百億円くらい。飛行機買えるな。
「……鳥になるのは諦めます」
「鳥にはなれないけどな」
「意外とロマンチストですね」
「名前だけなら飛べそうだがな、ククク」
クロアに上手いこと言われた。
「クロさんや、ものは相談なんだけど」
「やらん。ブラン、そろそろ行くぞ」
「はっ」
ブランが右手に持っていた昇竜の鱗に左拳を打ちつける。
すると、昇竜の鱗が淡く緑色に発光し始めた。
「どうぞ」
「うむ」
それをクロアが受け取る。
「あれってなにやってんです?」
「鱗は、竜から剥がれ落ちると、持っている能力をすんなりと発揮してくれなくなります。ですから、ああやって衝撃を与えて使えるようにするんです」
「なるほど」
壊れかけの家電を叩いて治すようなもんか。
「では、先に行く」
「お気をつけて」
クロアが、昇竜の鱗を頭上に掲げるようにして持つと、クロアの体が地面からフワリと浮かび上がった。
「うわ! すっげぇっ! 本当に浮いてる! クロアのくせに生意気だぞ!」
「死ね。ではな」
短く別れの言葉を言ったクロアがどんどん上昇していき、天井の穴へと吸い込まれるようにして消えていった。




