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14.敬語使えよ

「フフフ……笑わせてくれる」


「アリさんにとっては笑えないけどね」


「……わけのわからんことを言うな。貴様が人間? フフ、そんなわけあるか」


「へ?」


 何を言うやらこのイケメン。


「……どういうことだ?」


 リィザのフリーズが解けた。


「今朝こいつは、ブレスでクイーンモスキートを倒しただろ。ブレスを吐く人間などいない。見た目は頭の悪そうな人間だが、間違いなく擬態したバハムートだ」


 頭が悪そうと言ったことについては後でキッチリ仕返しをするとして、クイーンモスキートってのは朝の巨大蚊のことで、ブレスは殺虫剤のことを言ってるんだと思う。


「いやいや、あれはそんな得体のしれない吐息でなく、殺虫剤っていう」


「確かにそうだ。あんなこと人間には無理だ。お前はやはりバハムートだ」


 これまたあっさり信じちゃった。

 この人根が素直なのかもしれない。


「なぜ嘘をついた?」


 眉をひそめてリィザが僕を見る。


「嘘じゃないって」


「からかわれているんだよ」


 また余計なことを言うイケメン。


「何ぃっ!?」


 リィザの目つきが厳しいものに変わった。


「違う違う! からかってない!」


「なめられていると言ったほうがより正確か。最初から、主に対し礼儀も何もなかったしな」


「その通りだ。お前ぇ……」


 レイピアの柄に手を持っていくリィザ。


 否定してんのにこっちの言うこと全然聞いてくれない。

 イケメンはお仲間だろうから、そっちを信じるのは当然と言えば当然かもしれないけど。


「違うってば! イケメンの言うこと全く当たってないから!」


「そんなことはない。お前は最初から横柄な態度だった」


「そりゃいきなり喚ばれて何の説明もなくわけわからんもんと戦わされたら横柄にもなるよ! そっちの問題だっての!」


「それと……」


「……何?」


「お前は私の何だ?」


「赤の他人」


「従者だ」


 そうなの?


「で?」


「敬語使えよ」


「……」


 普段やってることはルールもへったくれもないのになぜか上下関係だけははっきりさせようとするヤンキーみたいなことを言いだした。


「……突然何?」


「突然ではない。ずっと気になっていたことだ。お前は召喚獣で私はお前の主。お前が敬語を使うのは当然だろ」


「だから僕は召喚獣でなくたまたま喚ばれた人間だっての。何でこれがわかって」


 カチッ、スラー


「下さらぬのでございまするか。この世は摩訶不思議でおじゃる」


「……以後気をつけるように」


 数秒間、僕の前に刀身をさらしてから、レイピアを鞘へ収めた。

 ホッと胸をなでおろす僕。

 にやけた顔で僕たちのやり取りを見ているイケメン。


「……何?」


「フッ、『何』ねぇ」


「……」


 ホント何こいつ?


「バハムート、私はリィザ達のリーダーで、名はクロアだ。その鳥頭にしっかり叩き込んでおけ」


「わかった、水色」


 カチッ、スラー


「了解、クロア君」


「それと、リィザに敬語を使うのだから、リーダーである私にも敬語を使い敬意を払え」


「わかった、水色マン」


 カチッ、スラー


「了解ざんす、クロア殿」


「……ククク」


 リィザのレイピアの音に踊らされる僕を、水色改め水色マンが可笑しそうに見てくる。さっきからニヤついてるのはそういう理由ね。根暗なヤツ。


「バハムート、リーダーであるクロアには、私以上の敬意をもって接するように」


 正気とは思えないことを言うリィザ。

 なんで水色なんかがリーダーやってんだか。


「あと、クロアのことは『クロア様』と呼べ」


「はぁっ!? 様!? はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 カチッ、スラー


「ぁぁぁーーーーーーーーいわっかりましたぁ。クロア様バンザーイ。えへへ」


「ククク……私は心が広い。『様』でなく『さん』でいい」


「そうか? クロアは優しいな」


 どうして『様』が『さん』になったら心が広くて優しいんだ。

 アホかコイツら。


「しかし、私はクロアのように優しくはないぞ。二度とふざけた真似ができないようしっかり躾けてやる。どこへ出しても恥ずかしくない立派な召喚獣にしてやるからな」


 ペットじゃないんだから。


「あのね、同じこと繰り返すけど、僕は」


「敬語」


「あのですね、同じこと繰り返しますけど、僕はバハムートじゃなくてですね、クロアの言ってた」


「さん」


「あのですね、同じこと繰り返しますけど、僕はバハムートじゃなくてですね、クロアさんの言ってたブレスってのは」


「ただいまー」


「おかえりー。あのですね、同じこと繰り返しますけど、僕はバハムートじゃなくてですね」


「あ、やっぱそうなの?」


「そうなの。だからクロワッサンの言ってたブレスってのは殺虫ざ…………あれ?」


 今、わかってもらえた?

 でも、リィザとクロアの声じゃない。

 子供のような甲高い声がしたほうへ顔を向けた。


「なんかおかしいなぁとは思ってたのよ。本人が言うならやっぱ違うってことよね。あースッキリした」


 白銀羽織娘だった。


 こちらへ歩いてくる娘っ子は、羽織の前側の裾を両手で持って布の器を作り、そこに薪や枯れ葉を入れていた。めくりあげた羽織の下に見える、白いお腹とおへそが可愛らしい。


「……あのさ、白銀娘は気付いてたの? 僕が人間だって?」


「白銀娘て……アタシはククっていうの」


 そのククは、僕の疑問には答えず、クロアのそばまで来ると羽織の裾から手を放して薪や枯れ葉を降ろし、服をパンパンと払って、


「こいつ人間よ」


 僕を指差してハッキリと言った。


「……間違いないのか?」


 クロアが片眉だけを器用に上げてククに尋ねた。


「うん。本人も言ってるしね」


「……そうだったのか」


 あっさり受け入れた様子のクロア。


 何だこいつ?

 さっきみたく、「こいつが人間? 笑わせるなブヒブヒ」って言うと思ったのに。


「な、なぁ……」


 おずおずとククに声をかけるリィザ。


「何?」


「……その……本当に? 勘違いとかじゃ……」


「ないわよ。確かにね、召喚陣が展開されてこいつが出てくるところを見てたし、召喚獣以外が召喚されるなんて話聞いたことないからバハムートなんだろうと考えるようにしてたけど、やっぱ違うもんは違うわ」


「……そんな……」


 リィザがショックを受けたように視線を下へ落とした。

 こちらも簡単に信じた。クロアが、こいつはバハムートだと言い出してからは、僕が何度違うって言っても全く信じてくれなかったってのに。


 どうして白銀娘が言うとすぐに受け入れるんだろう?

 そして、どうしてこの娘は僕がバハムートでないとわかってくれるんだろう?


「帰ったよー」


「ただいま戻りました」


 どことなく暗い空気が漂う中、赤髪ビキニと真っ黒ドレスも帰ってきた。


「ありゃ、全然準備してねーじゃん。よっと」


 赤髪さんは、両肩に担いでいた大人の男性一人分ほどの丸太を、ククが集めた薪の横に二本とも下ろすと、


「ん? どうした?」


 リィザに歩み寄り、俯いているその顔を下からのぞきこんだ。

 大剣を片手で持っていたことからなんとなくわかっていたが、赤髪さんはかなりの力持ちのようだ。


「あらあら、リィザさんどうされたのですか?」


 真っ黒ドレスさんも、右手に持っていた数本の木の枝を薪の横にポイッと放ってから、リィザのそばへ来た。この人あからさまにやる気ないな。


 その二人にククが、


「リィザが喚んだこいつ、バハムートじゃないってわかったから教えてあげたのよ。そしたらこうなっちゃった」


 簡単に状況を伝えた。


「え、そうなのか?」


「あら、そうだったのですか?」


 赤髪さんと真っ黒ドレスさんがこちらを見た。

 ということで、


「どうも。僕、羽場武刀って言います。人間です」


 自己紹介。


「え!? あんた自分でバハムートじゃないって言ってたじゃない!? どっちよ!?」


 ククが僕の名前を聞き違えて困惑している。


「いや、『バハムート』でなく『ハバムトウ』。ハバが名字で名前がムトウね」


「ハバ……」


「うん」


「ムーチョ」


「誰だよ」


 お菓子みたい。


「あんたら人間の名前って憶えにくいのよ」


 お前だって人間だろうに。そして憶えにくくない。


「ふーん。ククが言うならバハムートじゃないんだろうな」


「ククさんがおっしゃるなら違うのでしょうね」


 赤髪さんと真っ黒ドレスさんもククの言うことをすんなり受け入れた。

 加えて、僕が人間だろうがバハムートだろうがどちらでもよさそうだ。

 何でみんなククの言葉なら信用するんだろうか?


 その理由を、椅子に座っている自称リーダーのイケメンに聞こうと顔を向けた。すると、


「……役に立たんやつだ」


 クロアがぼそっとそんなことを呟いた。


 それを耳にしたリィザは、ビクリと肩を震わせ、俯いたまま小さな声で、


「ご、ごめんなさい……」


 親に叱られた子供のようにしょんぼりとした顔で謝った。

 しかしクロアは、


「フフ、なぜリィザが謝る? 今のは、そこの召喚獣もどきのことを言ったんだ」


 優しい声音で言いながらリィザへ笑顔を向けた。


「え? あ、あぁ、そ、そうだったのか。その、てっきり私は自分が言われたものだと……ハ、ハハハ……」


 リィザが顔を上げて照れたように笑うが、その表情はどこか硬い。


「ハハ、何言ってんだリィザ。クロアがアタシらに役立たずとか言うわけないだろ」


「そうよ。何ビクついてんのよ」


「クロアさんはイケメンなのですから」


 赤髪さんとククと真っ黒ドレスさんはクロアの言ったことを気にした様子はない。みんなクロアに対して良い印象を持ってるんだな。


「……」


 確かに、言葉としてはバハムートでなかった僕に言ったように聞こえた。

 しかし、女子四人はクロアが「役に立たん」と言った時本人を見ていなかった。でも、僕は見ていた。


 クロアの視線がリィザへ向けられていたのを見ていた。


 バハムートだと思っていたのに、喚ばれたのが僕という人間だったので、僕を喚んだリィザをクロアは、役に立たんと言ったのだろうか。

 リィザを見ながら僕に役に立たんと言った可能性もあるけれど。


 この五人のことや二人の関係について、ほぼ何も知らないので口を挟むつもりはないが、もしもリィザに言ったのだとしたら、何とも胸クソ悪いものを見てしまった。


 それは仲間にかける言葉ではないだろうに。

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