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139.怪しい

 ふむふむ。

 今のクロアは魔力がないままなのか。

 しかも、剣も体の中に入って消えてなくなっちゃったし、体も魔人モードでなく、色白細身の普通のニイちゃんで……。


「……ホラ吹き聖女様」


「聖女はホラなど吹きません。何ですか?」


「魔力がないってことは、クロアは魔人になれないんですか?」


「ええ」


「もしかして、今のクロアって弱いんスか?」


「弱いという言葉すら生ぬるいほど弱いですね」


「へぇ~……(チラリ)」


「……」


「……ねぇねぇ、クロさん」


「……何だ?」


「コレ見て、僕の靴」


「……」


「今日ね、たくさん歩いたからね、チョー汚れてんの。わかるでしょ? ね?」


「……それが?」


「お前の舌でキレイにしろよ」


「……」


「ほら、早く。それとも僕に逆らうの?」


「……」


「だったら勝負してやんよ! かかってこいや! お前のそのキレイなお顔、僕がもっと男前にしてやんよ! 歴戦の猛者みたく、キズだらけのおっとこ前なツギハギ面になぁっ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


「……クロアが弱いとわかったとたん、なんて容赦のない……」


「素敵なお仲間ですね」


「どうした、かかってこないのかよ!? だったらさっさと僕の靴を舐めるんだよ! 昨日一昨日と連続で踏んだ犬のウ◯コが今日のお前のメインディッぶべらっ」


 リィザにビンタされた。


「もうやめとけ」


「アタタタ、やめないっスよ! この水色、僕の首絞めて殺そうとしたんスよ! それに比べたら食糞なんて立食パーティーっスよ!」


「全然違う。確かにバハムートを殺そうとしたが、最終的にクロアは命を落としたんだ。……まぁ、私が奪ったんだけど……」


 気まずそうに、クロアを横目で見るリィザ。


「……フンッ」


 クロアは、リィザと目が合うと、すぐさまそっぽを向いてしまった。

 生き返ったとはいえ自分を殺したリィザにどんな感情を持っているのか。

 その表情からは読み取れない。


「……とにかく罰は受けた……というか、与えたんだから許してやれ」


「え~……なんか甘くない?」


「何が?」


「クロアに対して甘くない?」


「……」


「さっきも、クロアが咳したら心配そうにしてたし」


「……」


「クロアは姐さんにもひどいことしたんスよ? 忘れたんスか? もうこいつは敵なんスよ?」


「……ハァ~」


 リィザが疲れたように大きくため息を吐いた。


「……忘れてないし、わかってる」


「だったら」


「ただ……」


「ただ?」


「……戦ってる時のクロアは、魔人の状態だったろ?」


「ええ」


「でも今は、私達のよく知っている姿だ」


「そうっスね」


「どちらもクロアだとはわかってるんだけど、よく知った姿のクロアを見ていると、戦っていた時の魔人のクロアに対する感情をうまく重ねられないというかだな……」


 ああ。


「同一人物と考えられないってことっスか?」


「そこまでではない……かな? 頭と心が理解してるけど、目が理解してくれない……みたいな」


 自分でもうまく説明できないようだ。

 しかし、言わんとしていることは伝わってくる。

 今の普通のクロアと、肌が藍色で体がゴツくなる魔人のクロアとでは、ほぼ別人だもんな。

 リィザの中の意識できない部分が、クロアと魔人のクロアを同一視してないのかもしれない。


「なるほどです。なんとなくわかりました」


「うん。お前も、見慣れた姿のクロアを突然敵として見ろと言われても難しいだろ?」


「ほぇ?」


「いや、お前はできるな。敵敵いってるし、ウ◯コ食べさせようとしてたし」


 なんなら親の仇レベルで憎める。


「でも、私には難しいんだ」


 ふむ。

 リィザは、クロアとの付き合いが僕より長いし、色んな事情もあるし、人が良くて優しい女の子でもある。

 今すぐ切り替えろ、というのは酷な話だ。


「そんなわけで、クロアのことはほっとこう。考えると頭痛い」


「オス」


「もっとも、ほっとくと言ってもクロアはこれから……」


 リィザが聖女様へそっと目を向けた。

 リィザは言葉の語尾を濁したが、言いたいことはわかる。

 聖女様は、クロアを倒そうと考えているから、リィザはそのことを気にしているんだろう。


「……ラララ様」


 不安そうなリィザの声。


「はい?」


「……クロアのこと、どうされますか? やはり、その、ここで……」


「う〜ん……そうですね〜……」


 みなまで聞かずともリィザの言いたいことを理解し、頬に手を当てて考え始める聖女様。

 リィザは、判決を待つ被告人親族のように緊張した面持ちで聖女様を見ている。

 で、判決を言い渡される本人は、他人事のように明後日のほうへ顔を向けていた。気になんないのかね?


「うむむむ………………うん、決めました」


「どうされるのですか?」


「もう一度封印を施しましょう」


「封印……そうですか」


 あからさまにホッとした表情のリィザ。

 クロアは敵だって言ってるのに。


「生き返った命を奪うというのも何ですし、再び生を得たならそれは、『お生きなさい』という神の思し召しでしょう。私もディノに生きる機会を与えたいと思います」


 なるほど。

 聖女様が下した判決ならば、僕達はそれを受け入れるのみだ。


「チッ」


 それを聞いたクロアは、そっぽを向いたまま舌打ち。

 また封印生活が始まるのが不満なんだろう。

 命が助かっただけでもめっけもんだってのに。


「クロちゃんさぁ、助けてくれてありがとうございますの一言もないの?」


「黙れカス」


「……」


 美女ぞろいの騎士団の前でズボンずり下げて、チ◯コ丸出しの刑にしちゃる。


「それで、封印を施した後、私をどうするつもりだ? また荒野へ放りだすのか?」


「いえ、あなたの身柄は大聖教様に預けます」


「グリネオと同じというわけか」


「そういうことです。大聖教様の下でしっかりと心を入れ替えなさい」


「……」


 心底イヤそうな顔のクロア。

 真人間になるまで何年かかることやら。


「んじゃあ、さっそく封印しときます?」


「ですね。それでは色々と準備するものがあるので」


「しかし、アレだな」


 クロアが突っ立ったまま、誰にともなく口を開いた。


「ん? 何です?」


 それに聖女様が反応した。


「あー……私を大聖教に預けるというなら、三百年前もそうすればよかったのではないか?」


「何を言い出すかと思えば……。言ったでしょう? 何の力も持たない身で世界中を歩いて、土地に触れ、物に触れ、人に触れ、悪魔のいない世界の素晴らしさを実感しなさいと」


「ああ、そうだったな……ならば、お前が私に付きっ切りで、その世界の素晴らしさとやらを教えながら旅をすればよかったのではないか?」


「ンマァーーーーーーーーーーッ! つ、つ、付きっ切りで、お、お、教え!? だ、男女の素晴らしい世界を教えながら旅を!?」


「そんなことは言ってない」


「な、なんと! なんと見事な助平狂!」


「それはお前だ」


「私があなたに付き添わなかったのは、あなたが私にホの字で」


「違う」


「あなたのようなイケメンに封印を解いてくれと言われたら解いちゃいそうだからとか、世界を見て回るはずがいつの間にか私だけを見てになっちゃいそうだからとか、ただのハネムーンになっちゃいそうだからとかそんな理由じゃないんですからね! 勘違いしないでくださいよね!」


「……そうか」


「まったく、この究極のイケメンは! あなたは昔からそうです! 周りに女性がいるとそうやって」


 話が長くなりそう。


「聖女様聖女様」


「マジ半端ないイケメンで……はい? どうされました?」


「イケメンとのお話は封印の後にしてはいかがかと」


「あ、あらあら、そうですね。私ってばつい、オホホホ。えーと、それではですね、お二人は燭台からロウソクを持ってきてもらえますか? 十本ほどお願いします」


「オス」


「了解です」


 僕とリィザが返事して歩き出そうとすると、


「リィザ」


 クロアがリィザを呼び止めた。

 あれだけ酷いことやらかしといてよく声かけれるな。

 しかも、自分を殺した相手でもあるのに。


「……何だ?」


 リィザも無視すりゃいいのに。


「あー……お前と出会って、もう一年半くらいか」


「は?」


 キョトーンな顔のリィザ。

 そりゃそうだ。

 リィザと出会った頃のことなんてどうでもいいみたいなこと言ってたくせに。

 作業に移ろうとした聖女様やリィザに、無理に話題を振って邪魔をしているように見えるクロア。

 こいつ、あからさまに怪しいな。


「もしや、私を懐柔し、逃がしてもらおうと考えているのか?」


「フッ、そんなわけ」


「それとも、刻を稼ごうとしているのか?」


「……」


 クロアが口をつぐむ。

 まぁ、そういうことだろう。

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