137.待て待て待て!
しばらくして、二人が祈りのために組んでいた手を解いた。
それを見て僕は、今気づいたことを話すため声をかけた。
「姐さん、聖女様、ちょっといいですか?」
「どうした?」
「どうかされました?」
「あのですね、少し気になったんですけど……よいしょ」
肩から剣を下ろし、右手に持った。
「このクロアの剣、見ての通り黒いですよね? これが黒いって……黒いって……………………黒いですよね?」
「は?」
「へ?」
リィザと聖女様が同時に首を傾げた。
「ん?」
僕も傾げた。
「なぜお前が不思議そうな顔をするんだ?」
「何が言いたいのかさっぱりなんですが?」
僕も。
「あれ? えーとですね、クロアのが……黒くて……硬くて……長くて……たくましくて…………何の話?」
「知らん」
「イチモツの話?」
「どうして僕がイチモツの話を?」
「(無視)」
「憧れですかね」
あれ~?
クロアの剣は黒いから……黒いから……
「黒い剣はクロアの剣なり。なんのこっちゃ」
「自分で言ったんだろ」
「一人ツッコミですね」
「……でも、クロアの剣だもんな……色は黒くて当たり前って考えるべきだよな。だって、黒い剣を持ってたし、使ってたんだから。……そうそう、何も疑問の余地なんてないじゃないか。僕の持ってる剣は黒くていいんだよ。全く心配なんていらないさ。クロアの剣は、黒い黒い……フフ、フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
「……お前、ホントにどうしちゃったんだ?」
「私より先に、あの世の扉を叩くんじゃありません?」
叩かない。
「すみません。スッキリしないけど、きっと大丈夫ですから」
「……本当か?」
「……本当ですか?」
「ええ、本当です。それじゃあまずは、このローブをどけますね」
「ローブ?」
「どける?」
クロアの遺体にかけられている、血で黒く染まったローブを、
「それっ」
勢いよく捲り上げた。
「お、おいっ!?」
「バハムートさん!?」
そして、クロアの体の下に左手を入れ、仰向けに……片手だと難しいな。
クロアの剣を置いとくか。
……いや、置いちゃダメダメ。
メンドーだけど剣は持ったままじゃないと。
力が弱くなっちゃう気がするもんな。
よし、せーのっ、
「ふんっ」
「ストーーーップ! ち、ちょっとあなた何を……リィザさん! リィザさん!」
「……」
「リィザさん! 呆けてないで、このおバカムートさんを止めて下さい!」
「……え? ……あっ! お、お前っ、何やってるんだ!?」
聖女様とリィザが、僕の腕を掴んでくる。だが、
「心配ご無用! 一人でひっくり返せますから!」
「ひっくり返すって何ですか!?」
「やめろバカムート! さっさと手を――うわっ」
「んしょっと」
クロアの体が黒い血だまりをはねさせ、仰向けにゴロンっと転がった。
「ふぅ~。ね?」
「……」
「……」
鉄さびの味がする汗を拭い良い笑顔を向けるが、二人は気味の悪いものから距離を取るように一歩下がった。
なんだか頭の中にあった妄想と違うな。
もっとこう、「一人でできて偉いぞ!」とか、「次世代の聖者はあなたで決まりです!」って喜んでもらえる気がしたんだけど。
……でも、そんなアホみたいなセリフ言うわけないか。
何で言われると思ったんだろ?
「……バハムート、お前何でクロアの体をひっくり返したんだ?」
リィザが瞬きもせずに僕を見ている。
「何でって、それは………………あ、そうそう。クロアにキッチリトドメを刺しておこうと思って」
「トドメを?」
「魔人って呼ばれるくらいだから、胸を刺したくらいじゃ不安なんで……えーと……仰向けにして喉を刺す? いや、首をちょん切って確実にトドメを、と思ったんです」
「……あなたに首チョンパなんてグロいことができるとは思えませんが」
と聖女様。
「それに、トドメも何も、ディノはすでに息絶えています。死者に剣を振るうなど冒涜の極み。おやめなさい」
叱られてしまった。
「ごめんなさい」
「わかっていただけましたか?」
「はい」
「では、剣をお渡しなさい」
「クロアを斬ったあと、必ず」
「わかってないじゃないですか」
「しかしご安心を。首を斬ると死んでしまうので、リィザさんの作った刺し傷をなぞるように剣を突き立てます」
「……あなた、自分の言ってることが支離滅裂だってわかってます?」
「はい」
「では、剣をお渡しなさい」
「クロアを斬ったあかつきには、必ず」
「わかってないじゃないですか」
「ラララ様」
リィザが聖女様の耳もとへ口を寄せた。
「バハムートのやつ、普段からおかしいですが、いつものおかしいがおかしくないくらいおかしいです」
「つまりおかしいのですね」
「ラララ様が呪いあれと言ってましたけど、それが原因じゃ?」
「まだ呪ってません」
「とすると、こいつ、さっきから剣がどうのこうの言ってますけど……」
「ええ。もしかすると、ディノの剣が何らかの影響を……」
こっちを見てボソボソと話し合う二人。
距離が近いのでほぼ聞こえてる。
これは急いだほうがいい、という考えが頭の中に湧いてきた。
くるりと二人に背を向け、両手でしっかりと剣の柄を逆手に持ち、クロアの胸の傷に狙いを定めて剣先を
「待て待て待て!」
「お待ちなさいお待ちなさいお待ちなさい!」
また二人が僕の腕にしがみついてきた。
「ちょっ、何すんですか!?」
「それはこっちのセリフだ!」
「あなたこそ何をするおつもりですか!?」
「だから言ってるじゃないですか! クロアにトドメを刺すって!」
「私達もやめろと言ってるだろ!」
「とにかく剣をお離しなさい!」
「離しませんよ! こいつで短足魔人クロアの首を斬り……え? ああ、わかってるわかってる……こいつで足長魔人黒光りマンの胸を刺すんでやんす!」
「お前絶対おかしい! 絶対おかしいからな!」
「さっさと剣をお離しなさいと……あぁもう! こうなったら仕方がありません!」
「な、何スか!? ま、まさか魔法を使うつもりじゃ」
「『聖女の現在』!(ピラリ)」
「ギャーーーーーーーーーーッ! ミイラーーーーーーーーーーッ!」
「美の化身と謳われた私に向かって失礼でしょう!」
「自分で見せたんでしょうが!」
「後でハチミツパン買ってやるから離せ!」
「いらないっスよそんなもん!」
「ハチミツパン様を愚弄するかぁっ!」
「ホギャーーーーーーーーーーッ! 指じゃなくて爪を剥がそうとしないで!」
「さぁっ、お離しなさい!」
「ギャーーーーーーーーーーッ! 半生ミイラーーーーーーーーーーッ!」
「もう少しで剥がれそうだ!」
「オンギャーーーーーーーーーーッ! それ爪! 今剥がれかけてんの爪だってば!」
くそっ。
なんてメチャクチャな人達だ。
こうなったらどっかから流れ込んでくる謎の力を全開にして。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「わ!? こ、こいつ、力が!?」
「け、剣が下がって!?」
「ん~~~~~~~~~~っ!」
「や、やめろ~~~~~~~~~~っ!」
「お、おやめなさい~~~~~~~~~~っ!」
「ベロベロベロ」
「キャーーーーーーーーーーッ! 手ぇ舐めたぁーーーーーーーーーーっ!」
「リ、リィザさん! 今手を離しては」
「あ、ハンサム」
「え、どこです?」
「ラ、ラララ様まで手を離したら!」
「ふんがっ!」
ずっぷしと、クロアの胸の傷をなぞるように剣を突き刺した。次の瞬間、
「うおっ!?」
「わわっ!?」
「ハンサムは?」
漆黒の剣から黒い霧が溢れ出し、たちまちのうちにクロアの体を覆ってしまった。
「うわっ! 何だコレ!? こっち来んな! フーッ! フーッ!」
霧は、剣を握っている僕の体にも、這うようにして近づいてくる。
「バハムート! 剣から手を離せ!」
「あ、はい」
すぐさま離した。
「なぜ離す!?」
離せっつったでしょ。
「バハムートさん!」
「はい?」
「『聖女の嘆き』!(ピラリ)」
「ギャーーーーーーーーーーッ! ミイラーーーーーーーーーーッ!」
「美の化身と謳われた私に向かって失礼でしょう!」
「自分から見せたんじゃないっスか!」
「お二人とも下がりますよ!」
聖女様がクロアから距離を取り、リィザも僕の襟首を引っ掴んで、
「ぐえっ」
僕の首が締まるのも構わず聖女様のあとを追った。
ある程度まで走ったところで、リィザが僕を放り投げるようにして解放した。




