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136.剣がある

「では、クロアのところへ行きましょうか」


 リィザが先頭に立って歩き出す。が、


「あ、そうだ。バハムート」


 いったん立ち止まり、こっちを見た。


「クロアの剣を持っててくれ」


「剣スか?」


「うむ。教会の人にここであったことを説明するとき、その剣はクロアが魔人だったという重要な証拠品になるからな。しっかり持ってるんだぞ」


「オス」


 別に置いといても誰も盗らないと思うけど、御主人様が持ってろというならそれも吝かではない。

 倒れている黒い剣の柄を握り、持ち上げた。


「……」


 重。


「姉御」


「何だ?」


「これ、重い」


「それが?」


「置いといていい?」


「ダメ」


「こんなん持って歩けない」


「……お前、不平不満は言わないって言ったばっかなのに」


「明日から。明日から言わない。これホント」


「……お前の未来が視えるような一言だな」


「明るい?」


「昏い」


「ハハ」


 ないない。


「まぁまぁ、ここに置いたままでもよろしいんじゃありませんか?」


 聖女様が味方してくれた。


「バハムートさん、もやしですし」


 ひどい言い草だけど。


「外へ出る時に持っていけばいいでしょう。なくなることもないでしょうから」


「ラララ様がそう仰るのであれば。バハムート、剣は置いといていいぞ」


「オス」


 助かった。


「さ、参りましょう」


「はい」


 歩き出す聖女様とリィザ。

 僕も持っていた剣を石の台に立てかけて二人の後について行った。


「ラララ様は、外へ出た後どうされるのですか?」


 聖女様は、魔力をいきなり大量に抜かれた影響か、ゆっくりと歩いている。

 そんな聖女様に歩調を合わせながら、リィザが尋ねた。


「ディノの件を報告した後は、そうですねぇ……街の様子が見たいですね」


 おいくつの時に眠りに着いたのかは知らないが、おそらく二百数十年ぶりだろうからな。


「で、朝日が昇るころに、あちらへ行くことになると思います」


 聖女様が人差し指を上へ向けた。


「あれ? 聖女様、天国へ帰っちゃうんですか?」


 ずっとここにいるんだと思った。


「それは少し違いますね」


「え……地獄?」


「……バハムートさんに呪いあれ」


 呪われた。


「そういうことではありません。私は、この肉体に死が迫った時、生命の活動を一旦停止させ、魂を肉体の中に眠らせたんですよ。ですから、まだ死後の世界には行ってないんです」


 ああ、なるほど。


「なので、まずは天上界へ行き、そこで一応の裁きを受けます。天国へ行くのはその後ですね」


 裁きを受けてないけど、天国行きは決まってるんだな。


「フェイントで地獄って言われたら笑えますね」


「笑えません」


 そうか、天国へ行っちゃうのか。


「寂しい、ですね」


 リィザがしょんぼり目を伏せた。


「もともと、目を覚ましてディノの様子を確認したら天上界へ行くと、生命神ゼーリアと約束を交わしてましたからね。こればかりはどうすることもできません」


「はい……」


「しかし、悲しむことはありません。また会えますよ」


「会えるのですか?」


「リィザさんが死んだその時にね(ニッコリ)」


「……ハハ」


 リィザ苦笑い。そりゃそうなるわ。


「ふぅ……よいしょっと」


 左肩に担いでいたものを右肩へ移した。


「む? 何だバハムート、結局それ持ってきたのか?」


 それ?


「重いから置いといていいと言いましたのに」


 重い?

 後ろを歩く僕へ顔を向けてくる二人。

 リィザも、そして多分聖女様も、僕の右肩を見てる。

 なんじゃらほいと思いつつ首を右へ動かすと、


「………………クロアの剣がある」


 黒い剣の柄を両手で持ち、右肩に担いでいた。


「剣があるって……お前が持ってきたんだろう」


「え? いや、僕は………………あれ〜?」


 そうだっけ?

 確か置いてきたような気がするんだけど……でも持ってるし…………あれ? あれあれ? 持ってきたんだっけ? ………………そうだな。そうだよな、うん。そうだそうだ。結局持ってきたんだ。やっぱり持って行こうと思ったんだよ、僕が。


「そうそう。持って行くことにしたんだった。僕が自らの意思で持って行こうと判断したんだった。そうだったそうだった」


「何だその独り言?」


「相当お疲れのようですね」


 疲れか……。

 確かに疲れている。

 きっとそのせいで、置いてきたと勘違いしたんだろう。


「では、私は荷物を拾ってきます」


 散らばる荷物の近くまできたところで、リィザが一足先に走って行く。


「あ、僕も」


 リィザを手伝うべく後を追う。

 視線の先には、殺虫剤が落ちている。

 まずはアレから拾うとしよう。


「ん? おっとっとっ、ぶぎゃっ」


 なにもないところで転んでしまった。


「何やってんだお前?」


 変な人を見るような目でリィザ。


「いやはや、お恥ずかしいところを」


「疲れが足にきてるんじゃないか?」


 そうなんだろうか?

 いきなり剣が重くなったようにも感じたんだけど。


「ここは私が拾うから、お前はおとなしくしてろ」


「オス。すまんこってす」


 リィザのありがたいお言葉に甘え、立ち上がって、御主人様が荷物を集める様子を眺める。

 ……自分でもよくわからないが、殺虫剤に近づきたくない気分なので助かった。


「姐さん」


「ん〜?」


 テキパキと、でも大雑把に荷袋へと落ちている物を放り込みながら返事をするリィザ。


「僕が再召喚された時、クロアが目を押さえて悶えてましたけど、何があったんスか?」


 僕が還る前は、クロアがリィザに襲いかかるところだったのに、戻ってくるとクロアが苦しんでいたのだった。何でだろ?


「お前を還してすぐに、荷物の中身を外へ出して、近づいてきたクロアにサッチュウザイのブレスを噴きかけたんだ」


「殺虫剤っスか?」


「うむ。私はお前から、サッチュウザイのブレスは目に入ると超しみると聞いていたが、クロアは知らないし魔人になって調子に乗ってたから避けないだろうと思ったら、案の定まともにくらって、『それは虫を殺す物だ。私に効果など……ぐっ!? な、何だこれは!? ぐわぁぁぁぁぁっ』って苦しみ出したんだ。その隙にお前を召喚した」


「ははぁ、なるほどなるほど、そんなことがあったんスね。策士っスね」


「ふっふーん。だろ?」


 あと、モノマネすごい似てた。


「サッチュウザイって何です?」


 こちらに顔を向けて聖女様。


「僕の世界のもので、虫退治の道具です」


「ほうほう。ディノは、それを顔面にぶっかけられて悶えてたと?」


「表現があれっスけどそんな感じっス」


「これで良しっと。お待たせ致しました」


 荷物を集め終えたリィザがこちらへやってきた。


「ではでは」


 それを見て聖女様が歩き出し、僕とリィザも続いた。


「……」


「……」


「……」


 祭壇前のクロアが倒れている場所に近づくにつれ、先ほどまでとはうってかわってみんなが無言で歩を進める。


 そして、目的の場所の二、三歩手前、


「ディノ……」


 聖女様が足を止めて、仲間だった男の名前を口にした。

 僕とリィザも、クロアを囲むようにして立ち止まった。

 目の前の絨毯の上には、この場を離れる前とほぼ変わらず、黒い血だまりの中、うつぶせの状態でローブをかけられ、物言わぬ存在となったクロアの遺体がある。

 ひとつ違うところと言えば、白かったローブがクロアの血を吸って黒く染まっていることくらいだ。


「……結局は、こうなってしまいましたね」


 聖女様の悲哀のこもった声がクロアへとかけられる。


 こうなってしまったとは、三百年前、クロアを倒すのではなく、改心することを信じて逃がしたにもかかわらず、時が経ち、倒すことになってしまったことを言っているのだろう。


「……」


 リィザも、首に提げた聖印を服の上からきつく握り、暗い影を落とす眼差しをクロアへ向けていた。

 僕も、クロアとは何だかんだといがみ合ったけれど、それでも寂しい気持ちを感じながら、遺体を見つめ……何とはなしに違和感を覚え、肩に担いでいるクロアの剣を見た。


「せっかく、正しく生きる機会があったというのに……」


 聖女様が、もう言葉を返すことのないクロアへ語りかける。


「その機会を有効に使わず、魔人の力を取り戻し、魔人として死ぬなんて……」


 そう、クロアは死んだ。


「魔人の力を正しいことに使おうと、一度も思わなかったのですか?」


 魔人の力。

 それは、クロアが死んだ今、失われたはず。


「世のため人のために剣を振るおうとは考えなかったのですか?」


 剣。

 だったらこの剣が黒いままなのはおかしくないだろうか。

 クロアは死んだ後、目や肌や髪の色が元に戻った。

 この剣だって元々は鋼色で、クロアが何かをして黒くなった。だったら剣の色も元に戻ってないとおかしいのでは?


「……死後の世界で、答えを聞くことができるかもしれませんね。後ほどお会いしましょう」


 最後に聖女様が手を組み合わせ、無言の祈りをクロアへ捧げた。

 リィザも聖女様に習い、目を閉じ、手を組み祈った。

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