134.レア
◇◆
リィザのそばへ歩み寄り、泣いている姿を見守ることおよそ十分。
泣き声がだんだんとかすれていき、聞こえなくなった。
「……リィザさん?」
「……うん」
返事をしたリィザがムクリと頭を上げ、コートの袖でゴシゴシと顔を拭った。
「あ……」
視線を下げて小さく驚くリィザ。
クロアの体は、リィザが泣いている間に水色の髪で白い肌の、人間の容姿に戻っていたのだった。
どうやら今気づいたようだ。
「立てるっスか?」
「……ん」
リィザが腕をこちらへ伸ばしてきた。
立つから手を貸してくれってことだろう。
要求通り手を掴み、引っ張って
「いでででででででででで」
「あ、ごめん」
祝福の魔法がまだかかってる状態でガッチリ握られたので、めちゃくちゃ痛かった。
力を緩めた手を握り返し、引っ張って立たせてあげた。
「これどうぞ」
あらかじめ拾っておいたレイピアをリィザへ渡す。
「……うん」
リィザが、剣が刺さっていない右側の手でそれを受け取り鞘へ納めた。
「腕大丈夫っスか? 痛いっスよね?」
「……ああ、そういえば」
そういえばって……。
「痛いような、痛くないような……よくわかんない」
感覚が麻痺してるのかもな。
幸いにも血はあまり出ていない。
抜くと血が出るって話を聞くし、このままにしておいて、聖女様に治してもらう時に取ればいいだろう。
「……」
リィザが改めて動かなくなったクロアを泣き腫らした目で見下ろした。
その隣で僕もクロアを見つめる。
黒い血だまりの中、うつぶせた状態で顔を横に向けて倒れており、薄く開いたまぶたから見える空色の瞳は、完全に光が消えていた。
死んだんだな……。
なんとなく、らしくないという言葉が浮かんできた。
「……動きませんね」
「……うん」
「……最期は、あっけなかったですね」
「……死とは、そういうものだ」
「……そう、なんでしょうね」
動いて当たり前だったものが突然動かなくなるというのは、たとえ相手が誰であろうと、虚無感を覚えるものなのだろう。
「リィザさん、よくやってくれました」
今まで黙ってこちらへ顔を向けていた聖女様が口を開いた。
「ラララ様……はい」
「お二人の間には、複雑な事情があったようですね。元とはいえ、仲間を斬ることは辛いというのに、想像以上に苦しい思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
リィザの心情を慮っていることが伝わってくる優しい声音だ。
「……いえ。自分でクロアにトドメを刺せて良かったと思います。ラララ様、今剣を抜きます。少々お待ちください」
そう言って、リィザは祭壇近くに落ちていたクロアのローブを拾いに行き、戻り、床に倒れている持ち主にかぶせ、
「クロア……ディノ・クライハーツの魂の安らかならんことを」
祈りの言葉をつぶやいてから、様々な想いを振り払うように、聖女様の元へと全速力で走って行った。
僕もクロアに両手を合わせ、
「リィザさんを恨んだりするなよ。……それじゃあな」
別れを告げてリィザの後を追った。
リィザは早くも聖女様が磔状態になっている石像に登り、聖女様の胸に突き刺さっているクロアの剣を掴み、引き抜こうとしていた。
「ではいきます」
「バッチコイ」
「せーのっ」
リィザが力を込めて剣を引くと、石像と聖女様から刀身が抜け、聖女様は人形のように力なく床へと落っこちた。
「あ! ラララ様! 大丈夫ですか!?」
「ええ、へいちゃらです。急激に魔力をたくさん抜かれたので、体が疲れてるだけですので」
「そうですか」
石像から降りたリィザがホッと胸を撫で下ろし、持っていたクロアの剣を石像の台座に立てかけた。それと同時に、
「あ……」
リィザを包んでいた金色の魔法の光が、少しづつ色を薄くしていき消えた。
「ラララ様、魔力切れですか?」
「いえ、もう必要ないと思い、祝福の効果を切っただけです。さ、リィザさんの腕のケガを治しましょう」
「はい」
膝をついたリィザが、左前腕を聖女様の前に出した。
「『傷つき倒れる子らの傷を癒し再び立ち上がらせんと力を与える神の名はフラウサーシャ』」
聖女様が手の平を患部へ向け呪文を唱えると、折れた剣が抜け落ちた。
「おお~……」
感動したように声を上げるリィザ。
コートで肌は見えないが、リィザの様子からして無事治療ができているのだろう。
少しして、
「はい、もう大丈夫です」
言って聖女様が手を下ろし、リィザが袖を捲り上げると、血は付いているが傷は見当たらなかった。
何度見てもすごい魔法だ。
「良かったっスね、姐さん」
ようやく二人の元へ到着し、リィザの腕を眺め、心から完治を喜んだ。
「うむ。ラララ様、ありがとうございます」
「オホホ、良いのですよ」
優雅に笑う聖女様。
クロア倒すの余裕とか言って負けてたけど、やはりたいしたお人だ。
「ん」
そのたいしたお人が、僕へ両手を伸ばしてきた。
「何です?」
「ん」
「治療ですか? 僕、ケガしてないっスよ?」
「……リィザさんは、引っ張って立たせてあげたくせに」
あー、そういう。
「ま、イケメンじゃないからいいんですけど」
普通に失礼だな。
「よっこい召喚獣」
聖女様が親父ギャグを言って一人で立ち上がった。
「聖女様ってイケメン好きなんスか?」
「嫌いな人います?」
いないだろうけど。
「あらあら、汚れちゃいましたね」
服をパンパンと手で払う聖女様。
そのローブの心臓の位置と胸の真ん中には、剣で刺された穴が開いている。
「聖女様って胸と心臓刺されてますけど、死なないんスか?」
「……死んでほしいみたいな言い方ですね。私基本アレなんで」
「アレ?」
「コレ(ピラリ)」
「ギャアーーーーーーーーーーッ! ミイラーーーーーーーーーーッ!」
「美の化身と謳われた私に向かって失礼でしょう!」
「ミイラじゃないっスか!」
「ソレです」
「口で言って下さいよ」
ミイラだから死なないってことだろう。
それにしても、イケメン好きで、この喋り方で、今のやり取り。
行方不明中のうちのお仲間を思い出す。
「聖女様聖女様」
「はい?」
「聖女様は、レア何とか何とかカルーラって知ってます?」
「何ですそれ? 美味しい?」
「人っス」
「知りません」
知らないか……。
「知ってるわけないだろ」
リィザに呆れた顔をされた。
「ラララ様がお生まれになったのは、三百年以上も前なんだぞ」
「それはそうなんスけど」
言動の端々にレア臭がしたからお知り合いかと。
「しかし今さらですが、誰もここへ来ませんね」
聖女様が地下室の出入り口へ顔を向ける。
「外の状況はどうなっているのでしょうか?」
「そういえばまだお教えしてませんでした」
と言ってリィザが、
「実は――」
塔の内部と外で起きたことについて聖女様に話した。
「――というわけで、教会の方は街へ、騎士団は始まりの森へ行っているのです」
「そういうことでしたか」
リィザの説明を聞いて、誰も来ないことに納得した様子の聖女様。
結局、森から響いてきた雷が落ちたような音と光の正体は何だったのか、クロアに聞けずじまいだな。
「塔の中にいた方が無事で何よりです」
本当に。
「では、ディノのところへ戻って、それから外へ出ましょうか」
「クロアのとこへ? 何でですか?」
「ディノは死にましたが、悪魔はまだディノの中にいます。封印しなければなりませんので」
「え? 悪魔って死んでないんですか?」
「そりゃそうですよ」
てっきり悪魔も死んだのかと思った。
「じゃあ、封印せずに殺せばいいんじゃ?」
「……あなた、あまり物事を知らないようですね」
「と言いますと?」
「神や悪魔を人の手で殺すことはできません。あの者たちは高次元の存在です。あちらから我々に干渉することはできても、こちらからはできないんです」
「はあ……」
よくわからんけど、殺すことはできないと。
「だったら、悪魔を別の世界かどっかに追っ払えばいいんじゃないっスか? パルティア様は悪魔を一掃されたんスよね」
「ん? 悪魔の真名がわかるんですか?」
「マナ? 悪魔のマナーっスか?」
「……リィザさん、この人大丈夫ですか?」
「大丈夫な時は大丈夫です」
大丈夫じゃない時は?
「いいか、バハムート」
聖女様からリィザにバトンタッチ。
「悪魔を天界なり魔界なり別次元へ送るには、悪魔の本当の名前を知る必要がある」
マナーでなく真名ね。
「送るための魔法陣を描いても、そこに悪魔の真名を書き込めないと魔法陣が発動しないからな」
「ふむふむ」
「だからラララ様は、封印という手段を取られるのだ」
「なるほどです」
そんな事情があったのか。
「……で、ラララ様」
リィザが今度は聖女様へ顔を向けた。
「何でしょう?」
「ラララ様は……いえ、ラララ様達は、なぜ三百年前、世間に悪魔を封印したと言って、ディノ・クライハーツ様に魔人の封印を施した事実を隠したのですか?」
ああ、そうだった。
この世界の人達は、勇者様達が魔人を倒し、悪魔を封印したと教えられてるんだった。
リィザの口調は、ちょっと責めているようなニュアンスを含んでいる。
世界中の人達が危険にさらされるところだったわけだし、公表しておけば、何らかの対処法もあったかもしれないんだもんな。
「……ディノは、悪魔を身に宿すという愚かな行為をしでかしましたが、ともに苦難を乗り越え、グリネオを倒し、世界を救ったことは事実なんです。その功績を汚してあげたくはなかったのです。何の力も持たない体で世界を旅すれば、多くの人々のやさしさに触れ、悪魔のいない世界がいかに美しいものかということを再確認し、いつかきっと心を入れ替えてくれるだろうと信じていました。それになにより、ディノがどう思っていようと私達は……仲間ですからね」
聖女様もリィザと同じく仲間思いな方だ。
「……そう……ですよね。わかります……」
聖女様の真意を聞いたリィザは、神妙な顔で理解を示した。
「申し訳ありません、ラララ様。少し考えればわかることなのに、失礼極まりない質問をしてしまいました」
リィザが深々と聖女様へ頭を垂れた。
「ホホホ、お気になさらず。理由はどうあれ、黙っていた私達が悪いのですから。さ、顔をお上げなさい」
「……はい」
聖女様に肩を撫でられ、リィザが頭を上げた。
なるほどな。聖女様達には、ちゃんと深い考えと、仲間への思いやりがあって公表しなかったんだな。




