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133.どうして

「……チッ」


 リィザの表情から本気であることを感じ取ったクロアが、剣を強く握り、力をためるように腰を落とした。


「フー……」


 リィザが体の中にある澱をさらうように、ゆっくりと肺の中の空気を吐き出す。そして、


「……いくぞ」


 静かに、しかし強い意志を込めてつぶやき、僕は言葉に合わせてリィザを送り出すように、その背中をそっと押した。


「ふっ」


 リィザが床を蹴り、疾風のごとく駆ける。祝福の魔法のおかげだろう、動きがこれまでとは段違いに速い。


「ヤァァァッ!」


 リィザがクロアの胸目がけてレイピアを突き入れた。


「チィッ」


 クロアが一歩下がってそれを剣で捌く。

 レイピアが今度は足を狙う。

 クロアがまた一歩下がり、剣でレイピアをはじく。

 レイピアが手を狙う。

 クロアが一歩下がって手を引いてかわす。


 反撃の隙を与えず、リィザのレイピアがクロアに襲いかかり、クロアは下がりながらなんとかレイピアの刃を防ぐ。

 そんな攻防がしばらく続く。


「クロア! 抵抗はよせ!」


「うるさい!」


 剣を交えながら言葉を交わす二人。


「今の私にお前はかなわん!」


「黙れ! うおっ」


 レイピアがクロアの頬をかすめた。

 リィザの動きがどんどん早く鋭くなっているように見える。

 体が祝福を受けた状態に慣れてきたのかもしれない。


「観念しろ!」


「黙れと言ってぐあっ!」


 今度はクロアの左肩の肉を裂き、


「ハァッ!」


「があっ!?」


 ついには、剣を持つ右手の手首をレイピアが貫いた。


「ぐあぁぁぁぁぁっ」


 苦悶の表情を浮かべ、剣を落とすクロア。

 手首を左手で押さえて、剣の上にうずくまるようにして倒れた。


「その腕では、まともに戦うこともできないだろう」


 リィザがクロアへ剣先を向けた。


「お、おのれぇ……私の剣が使えれば……」


 顔を上げたクロアが悔しさを隠さずに唇を噛む。

 クロアの剣は聖女様に刺さったままだ。


「立て、クロア。床の上に這いつくばったままのお前を斬るのは、あまりに忍びない」


 クロアをいつでも突ける体勢で構えるリィザ。


「くっ……」


 しかし、クロアは従わず、手首から黒い血が流れ出ている右腕を上げて、


「ま、待て」


 リィザの前で手を広げた。


「……何だ?」


 油断することなくリィザはレイピアをクロアへ向けている。

 そのリィザを見上げ、クロアは、


「て、提案を、飲む」


 よくわからないことを口にした。


「提案?」


 意味を図りかねてリィザが問い返した。


「に、人間に戻る、というやつだ」


「え!?」


 リィザが驚き目を見開いた。


「クロア!?」


「ディノ!?」


 僕と聖女様もクロアのいきなりの心変わりに、驚きを露わにした。


「ほ、本当に!?」


 と確認するリィザだが、早くもクロアを信じたようで、どこか嬉しそうな響きを含んだ声色だ。しかし、


「リィザさん! そんなのウソですよ!」


「そうです! あなたを騙そうとしているに違いありません!」


 僕と聖女様は、まったく信用していなかった。


「え、で、でも」


 リィザが僕と聖女様を交互に見る。するとクロアが、


「う、疑う気持ちはわかる。だ、だから、これが証拠だ」


 自分の下に落ちていた剣を拾い、遠くへ放り投げた。


 ブーメランのように回転しながら、壁際まで飛んで行った剣が、薄暗い物陰に甲高い音を立てて落ちた。

 今何か、おかしかったような……。


「クロア……」


 安心した表情でつぶやき、クロアへ優しい目を向けるリィザ。


「わ、わかってくれたか?」


「う、うん」


「……ならば、レイピアを下ろしてくれ」


「あ、そ、そうだな」


 言われてリィザが構えを解いた。


「リィザさん! 油断してはいけません!」


 聖女様が当然のように注意を促す。

 僕もクロアの動きに気を払いながら、今投げた剣へ目を向けた。

 暗くて剣が良く見えない。


「……ひとまず、ラララに刺した剣を抜いてやりたいのだが?」


「……わかった」


 クロアを見たまま少し考えた後、首を縦に振るリィザ。


「あ! 読めました! アナタの狙いはこの剣ですね!? 私に刺さった剣を抜くと同時にリィザさんに襲いかかるつもりですね!?」


 僕もそんな気がする。

 さっき、「私の剣が使えれば」って言ってたし。

 でも、また裏切るつもりだったとしても、行動が先読みできれば対処のしようはある。

 聖女様が魔法をぶっ放すとか。


 三人のやり取りを横目に見ながら、クロアが投げた剣に目を凝らす。


「ん~……」


 やはりよく見えない。

 だったら、近くへ行って何が気になったのか確かめよう。と思ったが、


「あ、そうだ」


 ズボンのポケットに手を入れ、返してもらった懐中電灯を取り出した。

 これで照らせば……。


「大丈夫ですよ、ラララ様。ようやくクロアも心を入れ替える気になったんです。それに、剣を抜くときは、クロアでなく私が」


「リィザさん!」


 不安がる聖女様を説き伏せるように話しかけているリィザへ向けて、腹の底から声を出し、


「剣が半分で折れてる! 半分から先がない! 多分クロアが隠し持ってる!」


 懐中電灯のライトの先に見えた剣の状態と、そのありかの予想を伝えた。


「え?」


「チッ、またあいつ!」


 リィザの前にしゃがんでいたクロアが、足の下に隠していた折れた刀身を素手のまま左手に握った。

 そして、素早く立ち上がりながら、


「くたばれぇっ!」


 リィザへと襲いかかった。


「お前はぁっ!」


 折れた剣をナイフのように持ち、体ごとぶつかってきたクロアの前に、リィザがとっさに左腕を出した。


「うがぁっ」


 剣がリィザの前腕部を貫く。

 クロアの狙いは、油断したリィザを剣で刺すことだったんだ。

 うずくまった時にでも剣を折ってたんだろう。


「クソッ」


 悪態を吐いたクロアがリィザから剣を引き抜こうとした。

 しかし、剣は抜けず、クロアの指が刃の上を滑り、剣を手放してしまった。


「ぐっ、こいつ、筋肉で……!」


 指を切り、小さくうめいたクロアが、赤く染まってゆく白いコートに包まれた腕の向こう側、リィザへ黒い目を向けた。


「くっ……ぐすっ……うぅ……」


 リィザは、怒るでなく、痛がるでもなく、眉を下げ泣いていた。


「ぐすっ……ど、どうして……」


「チィッ!」


 涙を流すリィザにかまうことなく、クロアがこちらへ向かって駆けてきた。

 僕を人質にしてこの状況を打破するつもりか?

 しかし、そんなクロアに対し、リィザは、


「……何で」


 ゆっくりとクロアへ泣き顔を向け、


「……どうして」


 ふらりと倒れるようにリィザの体が(かし)いだかと思うと、


「クロアのバカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 その姿を目で追えないほどの速度でクロアの背に迫り、勢いそのままに背後から、


「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 固く握り締めたレイピアで、クロアの心臓を刺し貫いた。


「ギィィィッ」


 クロアの口から、金属同士がこすれたような声が漏れ出た。


 まなじりが裂けそうなほど見開かれた目。

 生に執着する亡者のような形相。

 消える命を掴もうとするように伸ばされた手。

 クロアの散り際を、目に焼き付け、記憶してしまうほどの、世界が静止したような時間が流れた後、


「……がはっ」


 クロアの口から真っ黒な血が大量に吐き出された。

 リィザがクロアの血が伝うレイピアを引き抜く。

 すると、クロアは床に両膝をつき、ゆっくりと前のめりに倒れていった。

 下に敷かれている赤い絨毯を、クロアの血が黒く黒く染めていく。


「うぅ……バカ……」


 涙声のリィザは、クロアの血がついたレイピアを床へ落とし、うつぶせに倒れている、信頼を寄せ、ずっと追い続けたその背に顔を伏せ、


「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」


 声を上げて泣き叫んだ。

 しばし広い聖室を、リィザの哀しみの声だけが満たした。

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