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132.手

「リ、リリリリィジャしゃんっ、しゅごかーーーーーっ!」


 クロアを圧倒する動きにもうビックリ。


「うむ。私も自分に驚いてる」


 本人もビックリ。


「ど、どういうことだ? た、たかが祝福の光を受けただけでこんな……」


 クロアも僕達と同じ反応を返しながら、剣を杖代わりにして立ち上がった。


「聖印を利用させてもらいましたー」


 磔状態の聖女様が、大きな声で答えてくれた。


「聖印だと?」


「聖印っスか?」


「聖印……」


 クロアと僕がリィザの胸のあたりに目を向け、リィザがシャツの胸元からネックレスを持って聖印を取り出すと、金色の光に包まれているリィザ以上に、聖印は眩しい同色の光を周囲へ放っていた。


「これは……」


 リィザの指が、そっと聖印の表面を撫でた。


「その聖印は、長い年月多くの方がご自分の子を思い、孫を思い祈りを捧げてきた物なのでしょー? 聖具並みの力が宿ってますー」


 せーぐ?

 よくわからないが、優れた物ってことだろう。

 さすが、ご先祖様から何代にもわたって受け継がれてきただけのことはある。


「その聖印を利用すればあら不思議、通常の祝福でも効果を何倍にも大きくできるってわけですー。ご先祖様に感謝なさーい」


「はい……」


 リィザは、聖印を一度強く握りしめ、


「ありがとうございます……」


 ご先祖様へ感謝の言葉を捧げてから服の中へと戻した。


「ところで聖女様ー」


「何ですー? 女性に守られてるバハムートさーん?」


 弱いんだから仕方ないでしょ。


「グッタリしてますけど大丈夫ですかー?」


 手足がだらーんと垂れ下がり、顔もぐったり俯けている。

 処刑後放置されたままの死体が喋ってるみたいだ。


「暴れると苦しいんで力を抜いてるだけですー。お気になさらずー」


「なるへそー」


「リィザさーん」


「はいー?」


「祝福の魔法は、私が魔力を供給し続けることで使えますー。私の魔力がなくなるまでが勝負ですよー」


「……心得てます」


 リィザが右手にレイピアを持ち、右足を前に出して構えた。

 あとどれくらい祝福の力がもつのかわからないが、早く決着をつけたほうがいいだろう。


「まさか、力を取り戻すきっかけになった聖印が、私に対抗するための道具になるとはな」


 クロアもリィザに合わせ、右手に剣をだらりと持ったままではあるが、腰を落とし、リィザを正面から見据えた。


「……」


「……」


 静寂の中で対峙する二人、


「……フッ」


 しかし、緊張が高まる中、不意にクロアが体から力を抜いた。


「え?」


「ディノ?」


 呆気にとられる僕と聖女様。

 何やってんだこいつ?

 よくわからないが、これってチャンスでしょう? 

 と思ったが、


「……」


 リィザに動く気配はない。

 こっちもこっちで何やってんだ?


「姐さん、今ならクロアを簡単にやっつけられるんじゃ?」


「無駄だ」


 答えたのはクロア。


「無駄って何が?」


「リィザに私を倒すことはできん」


「は? いやいや、今余裕で殴られてたじゃん」


「そういう意味ではない。長い間私に懐いていたリィザが私を斬ることなど心が受け入れない、という意味だ」


「……」


 言われてみればそうかもしれない。


「で、でも、攻撃はできてたんだから斬ることだって……斬ること……」


 ……できてたよな。

 クロアを殴って攻撃するなら、斬って攻撃することだってできてたはずだ。

 だが、斬っていない。


 てことは、本当にクロアの言う通りなのか?

 後ろからリィザに近づき、その顔を覗き込んでみた。

 アゴから滴るほど、額にびっしょりと汗をかいていた。


「リィザさん……」


「……」


 リィザは応えない。

 表情を強張らせ、クロアをじっと見ている。


「とはいえ、私に手を出しただけでも驚きではあるがな」


「あっ、そうだ! クロアを捕まえればいいんだ! それで後は聖女様に任せれば」


「その場合、間接的にリィザが私を殺したことになるわけだ」


「うっ」


 リィザの肩が小さく震えた。

 それもできそうにない……。


「フフ。そういうわけで、私は祝福の魔法が切れるのをのんびりと待たせてもらうとしよう。それともバハムート、貴様が私の相手になるか?」


 クロアが完全に舐め切った目を僕へ向けてくる。

 悔しいが、やってやると言う度胸はない。


「リィザさん! 倒すなら今しかありません! ディノを斬って下さい! できないなら取り押さえるのです!」


 話を聞いていた聖女様が叫ぶが、


「……」


 それでもリィザは動かない。


「フハハハハハッ、できるものか! ずっと懐いていた駄犬が主人を斬るなど不可能なんだよ!」


 地下に響く腹立たしいクロアの声。


「リィザさん! 斬って下さい!」


 聖女様がもう一度言うも、やはりリィザは動かない。

 リィザがクロアのことを慕っていて、慕っている理由も聞いた僕としては、何と声をかけていいのかわからず、


「リィザさん……」


 代わりに、光る背中にそっと手を触れた。

 リィザはピクっと体を揺らし、強張ったままの顔を僕へ向けた。


「……心配するな」


 すると、声は固いながらも、表情が微笑みに変わった。


「心配するなって言われても」


「ただ少し……少しだけ、覚悟を決める準備が欲しかったんだ」


「覚悟っスか?」


「ああ。そのまま……背中の手はそのままにしておいてくれ」


「はい」


「……うん」


 リィザは目をつむり、背中にある僕の手の感触を確認するように頷き、ゆっくり息を吸い込み、吐き出し、まぶたを開けた。


「クロア」


「何だ?」


「お前は先程、自身の剣に魔人の力を移し、人間に戻ることができていたな」


「ああ」


「人間として生きるつもりはないか?」


「ない」


「戻るというなら、またみんなで色々な場所に」


「ない。しつこいぞ」


 考えるつもりもないようで、即答だ。


「……そうか」


 自分の提案を受け入れてもらえなかったリィザは、ハの字眉毛で口元を笑ませている。悲しみながらも笑っているような表情。

 断られたことは悲しいが、クロアらしいと思っているのかもしれない。


「……旅、楽しかったな」


「……は?」


「湖の中にある遺跡の石碑をミラが持ち帰ろうとしてるのをみんなで止めたり、ククが鳥を追いかけて高い木に登って降りられなくなったのを半日かけてみんなで助けたり、レアがエルフの村に住むと言い出したのをみんなで強引に連れ帰ったり、クロアが酒場で女性に道を尋ねただけなのに口説いてると勘違いした旦那とその仲間にケンカをふっかけられてみんなで大暴れしたり……思い出がいっぱいだ」


「……」


 話すリィザは、懐かしそうに目を細めているが、聞いているクロアの表情に変化はない。


「もう興味もないか? 最近のお前は、私が話しかけてもずっと今みたいな顔をしてたよな」


「言っただろう、それは」


「わかってた。なんとなくわかってたんだ。私はクロアに鬱陶しいと思われてるんだろうなって」


「……フンッ」


「だけど気づかないふりをしてた。たまにかけてくれる言葉が嬉しかったから。また前のように、笑って話せると思ってたんだ。クロアのことをずっとずっと信頼してたんだ。……でも、お前は私を裏切った」


 背中に触れている手から、リィザの悲しみが伝わってきた。


「裏切る裏切らないの話ではない」


「ああ、お前は言ったよな。自分を信じた私がバカだと」


「事実そうだろう」


「だが、バハムートはこう言ってくれた。例え周りに何と言われようと、とことん仲間を信じ抜く私のことが大好きだと」


 思い出すと照れ臭い。


「しかも私が、『お前なんか仲間じゃない』なんて、最低のセリフを吐いてしまった後にだ」


 そういえば、そんなことも言われた。


「バハムートは、クロアから逃げるために私の手を引いてくれた。私を守るために右手を犠牲にしてくれた。お前に殺されそうになっても私のそばにいると言ってくれた」


 リィザの背中から心地よい温もりを感じる。


「……まだ心は、お前を斬ることをためらっている。クロアを信じたいと思っている。だが」


 温もりが徐々に熱を上げていく。


「お前はバハムートを殺そうとしている。ならば、私はバハムートを守るため、クロアに執着するこの心ごと……今この場で貴様を斬る! バハムートは殺らせん! 絶対にだ!」


 温もりは、滾るような熱さへと変わり、闘志を宿した碧い瞳がクロアを正面から真っすぐに見つめていた。

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