131.祝福の光
「……はて? 気のせいでしょうか?」
聖女様にも聞こえたようで、訝るようにひとり呟いたが、
「がぁぁぁっ……き、気のせいではない」
今度ははっきりと、光の中からクロアの声が響いてきた。
「ようやく光を受け入れ、体が楽になってきたようですね」
「ぐっ……フ、フハハハ、や、やはり、ぐぅっ、こ、この浄化魔法を、つ、使ったな」
「……どういう意味です?」
「ククク……私の勝ちだ」
「へ?」
聖女様の気の抜けた声の後、空中にある光の球体から、拘束の解けたクロアが落下してきた。
「ディノ!? ど、どうして!? その体は!?」
絨毯の上を転がるクロアを見て、驚愕の声をあげる聖女様。
中から出てきたのは、クロアはクロアでも魔人のクロアではなく、水色の髪に同色の瞳、白い肌に細身の体の、僕たちがよく知る人間状態のクロアだった。
「な、何でクロアが元に戻ってるんスか?」
隣のリィザに解説を求めるが、
「わ、わかんない」
とのこと。
「……でも、良い予感はしない」
僕も。
「ど、どういうことですか……」
驚きの冷めない聖女様が、組み合わせていた手を解き、胸の前に伸ばしていた腕を下ろすと、青い光の球体が一瞬で消滅し、漆黒の刀身を持つクロアの剣がゴトリと重そうな音を立て、絨毯の上に落ちてきた。
それをクロアが両手で拾い上げ、
「ハァァァァァァァァァァッ!」
体中の血管が浮き出るほど、全身に力を込めると、髪が白髪に、眼球が黒に、肌が藍色にと瞬く間に魔人へ戻っていった。
「な、何が……」
再び魔人の姿を取り戻したクロアが、黒い剣をやり投げの投擲スタイルで持ち、呆けている聖女様へ狙いを定めた。
「はっ!? あ、あなた剣を! 『天上の糸を用いて光の盾を」
クロアの次の行動を読み、聖女様が魔法の呪文を紡ぐ。しかし、
「遅い! セヤァァァァァッ!」
気合一閃。
クロアが聖女様へ向け剣を投げた。
「織り上げる神の名はルシぐふっ」
線を引くように真っすぐ飛んでいったクロアの剣は、詠唱途中の聖女様の胸に突き刺さり、背後にあった神様の石像へその体を縫い付けた。
「がっ」
石像に背中をぶつけ、痛打の吐息を漏らす聖女様。
剣は、根元まで深々と胸に刺さり、磔にされたような格好で聖女様がだらりと手足を下げた。
「ラララ様っ!?」
リィザが即座に駆け寄ろうとしたが、
「動くなぁぁぁっ!」
「ッ!?」
クロアの轟雷のごとき大音声と射殺すような視線に体を硬直させてしまった。
「そこにいろ」
僕達を牽制した後、クロアが聖女様に歩み寄る。
「フッ、ラララ、残念だったな」
「デ、ディノ!」
聖女様が震える手でクロアの剣の柄を掴み、
「ふん~っ、ん~っ」
なんとか抜こうと試みるが、一ミリも動かない。
「無駄だ。お前はもともと非力なうえに、今は骨と皮だけなんだ。抜けるものではない」
「ん~っ、あ、あなた、い、一体どうやって」
「なに、単純な話だ。人間に戻り体が細くなったことで、光の布の拘束が緩み抜け出せた。そして、あの魔法は魔の体を持つ者だけを閉じ込め消滅させる。ただの人間を縛る力はない。だから脱出できた」
「そ、それはわかります。そうではなく、一体どうやって人間の体に戻ることができたのですか?」
「魔人の力を一旦私の剣に移したのだ」
「移した!?」
「ああ。私の剣は、私の魂を削って作った、言わば分身のようなもの。故に、力の移行も可能というわけだ」
「そ、そんなことが……」
「もっとも、あのままお前が魔法の檻を消さなければ、私の剣は消滅していただろうが……焦りから解いてしまうよな、ククク」
「わ、私としたことが……。ふぬ~っ」
「お前なら私を気遣い、苦しみを感じない、あのお前オリジナルの魔法を使ってくると踏んでいたが、大当たりだったよ」
「ぐぬぬぬ……ディノ! この剣を抜きなさい!」
「……いいだろう」
「え!? ……自分で言っといてなんですけど、抜くんですか?」
「ああ、抜いてやる。……お前の魔力をな」
「魔力!?」
「我が剣よ! こいつの魔力を喰らい尽くせ!」
「ま、待ちな、がっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
クロアが剣に命じると、刀身が刺さった胸の辺りが微かに白く光り、聖女様が四肢を震わせ始めた。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ、デ、ディノォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
「……ふむ。魔力を喰らい尽くすまで当分かかるな。相変わらず魔力量の多いやつだ。さすがは聖女様だな。ククク」
「あ、あなたという人は! ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「言ったろう? 私に勝てると思うなと。だが、お前は動けずとも、その魔法は危険だ。このまま魔力がゼロになるのを待って確実に始末してやる。その間に……」
クロアの黒一色の目玉がリィザ、そして僕へ向けられた。
「う」
「げ」
「貴様等を片付けるとしよう」
言って、クロアがこちらへ走り出した。
「ぐっ、うぅっ、さ、させません! 『光を束ね敵を滅ぼす剣を生む神の名はヘリオス』!」
それを見た聖女様が数多の光る魔法の剣を生み出し、クロアの背へ向けて一斉に放った。だが、
「し、しまった」
光の剣は、クロアへ届く前に光の塵となり、全て消えてしまった。
「クハハハハハッ! 貴様は自分の魔法の有効射程距離も憶えていないのか!」
「あ、あなたもしかして、私とあの二人を引き離すために逃げるようなマネを!?」
「フハハハハハハハハハハッ」
クロアは答えず走りながら、神様の石像が持っていた銀色の剣を奪った。
やはりクロアが逃げたのは形だけだったようだ。
聖女様も言ったように、僕達を離すことが目的だったんだ。
聖女様がいる場所は聖室ど真ん中と出口の中間くらい。
合流はさせてもらえないだろう。
これは、もしかしなくてもかなりピンチなのでは?
「あわわわわわ、あ、ああ姐さん、どどどどうしましょう?」
「……お前、さっきまで威勢のいいこと言ってたくせに」
それは、聖女様がいたからで。
「とりあえず私の後ろへ来い」
「ははっ」
言われた通り後ろへ。
「して、この後は?」
「私が戦う」
リィザがレイピアを抜いた。
「それから?」
「……がんばる」
「そ、それから?」
「……もっとがんばる」
「そ、それから?」
「……お前もがんばれよ」
「もうダメだぁっ!」
どうしようもない状況に、ただただ慌てふためいていると、
「はっ! そ、そうです! リィザさーん!」
聖女様の呼ぶ声が。
「ラララ様! 申し訳ありません! お助けしようにもそちらへは」
「いえ、うっ、よ、良いのです! そ、それよりも、ぐっ、せ、聖印は、身につけてらっしゃいますか!?」
聖印?
「はい! ここに!」
リィザが服の上から胸を押さえた。
「ぐうっ、そ、そのまま、持っていて下さい!」
「フハハハハハッ! あがいてみせろ!」
迫るクロアの向こう側で、聖女様が手を組み合わせ、呪文を唱え始めた。
「『強靭なる己が命の輝きにて戦士を照らす神の名はヒューリークロウ』!」
詠唱が終わると同時に、リィザの頭上へ黄金色の光がそそがれた。
「これは……祝福の光……?」
光は、そのままリィザの全身を包むようにして覆った。
光を身にまとい、正体を確認するように自身の手足を見つめるリィザ。
「何ですかそれ!? 何かいいことでもあるんですかってゆーかもうクロアが!」
目の前に。
「ハァッ!」
気を吐くクロアの剣がリィザの頭上から襲い来る。
ギィィィンッ
だがリィザは、振り下ろされた剣をレイピアで十の字に受け止めた。
「なるほどな。祝福の光ならばここまで届くことは届く。だが……」
クロアが力任せに剣を押し込む。
「多少身体を強化した程度で私にかなうものか!」
どうやら、聖女様の唱えた魔法は、身体機能を上げる効果があるようだ。
だが、それでもクロアの力のほうが勝るようで、剣にレイピアは弾かれ、刃がリィザを切り裂く
「リィザさん!」
かに見えたが、黄金色の光を纏ったリィザは、素早い身のこなしで体を半身に開いて剣を躱し、クロアのレバーに左の拳を叩き込んだ。
「ぐほっ」
身体を折り曲げ顔を歪めるクロア。
しかし痛みを堪え、今度はリィザの左わき腹から斬り上げるようにして斬撃を繰り出した。
それをリィザは、慌てず一歩下がって受けずに流した。
再び躱されたクロアは、すぐさま一歩踏み込み、左薙ぎに右わき腹へ斬りかかる。が、リィザは瞬時にクロアとの間合いをつぶし、レイピアの柄で、
「ぐあっ」
クロアの手の甲を打ち据え、がら空きのアゴへ、
「がふっ」
掌底を食らわせた。
クロアが足をふらつかせ数歩後ろへ下がり、絨毯に片膝をついた。




