128.ヨヨヨ
「おのれ……まさか本当に目覚めるとはな……」
腹立たしそうに、聖女様を睨め付けるクロア。対する聖女様は、
「……」
光のカーテンが消えても、腕を上げたまま固まっていた。
「久しぶりだな、ラララ。およそ三百年ぶりだ」
「……」
「挨拶もなしか? それとも、私の顔を忘れたか?」
「……あ、あなた、な、なぜここに……い、いいえ、それよりも、その姿は一体……?」
クロアの異様な姿を見て声を震わせる聖女様。
「私がどうかしたか?」
一方のクロアは、聖女様の反応を楽しむようにおどけた調子で聞き返す。
会話から判断するに、この二人が知り合いなのは間違いない。
ならばクロアは、自分でも言ったように本物のディノ・クライハーツ様?
「ど、どうしたも何も、私が目覚めたならば、あなたは改心したと……ま、まさか!?」
聖女様が手を服の胸部分に当て、何かを探すように指を這わせた。
そしてすぐに、心臓の位置にあるクロアが剣を突き立ててできた穴を見つけた。
「……もう一つの封印を解く方法を知り、それを試したのですね?」
「フッ、そういうことだ」
「……バハムートさんの黒い手を見た時、もしやとは思いましたが……」
察するに、聖女様が治療前に僕の体のどこかを気にしてたけど、あれは黒くなった右手だったようだ。
つーか、聖女様って心臓に穴開いてるけど大丈夫なんだろうか?
「しかし、力を封じられていたあなたが、どうして私に剣を突き立てることができたのですか?」
「そんなことはどうでもいい。それより」
クロアがこちらを見た。
「バハムート! 貴様、なぜ明星のランプの光でラララが目覚めるとわかった!?」
今度は僕を睨みつけてきた。
「教えん」
断った。
「ぐぅっ……こ、このアホがっ……」
苛立って歯をギリギリ鳴らすクロア。
いい気味。
「あなたが私を目覚めさせたのですか?」
こちらへ顔を向け、聖女様が尋ねてきた。
「僕が、と言いますか、そこにある明星のランプの光を当てたら起きるんじゃないかなぁと思って試したら成功しました」
「説明がアホみたいですが、そうですか……」
聖女様が棺の中で光っている明星のランプを持ち上げた。
「これで私は……」
聖女様は、しげしげとランプを眺め、ヘタのようなフタ部分を開け、
「ん? 何でしょうか?」
中から懐中電灯を取り出した。それと同時に、明星のランプの光が消た。
「あら? ……もしかして、この銀の棒を光源にして、明星のランプを光らせていたのですか?」
「そうです」
「ふむふむ。で、これ何です?」
「懐中電灯っていう光を出す道具で、僕のです」
「へ〜。便利な物ができたんですねぇ」
こっちの世界にはないと思うけど。
「もひとつありますね」
聖女様が今度はリィザの聖印付きネックレスを取り出した。
「あらまぁ。これは立派な聖印ですこと」
ネックレスを指に掛け、顔の高さまで持ち上げた聖印を見て、驚いたように言ってくる聖女様。
ククも相当な代物だと言ってたけど、聖女様が言うなら本当の本当に大した逸品なのだろう。
「それ、私のです」
リィザが控えめに手を挙げた。
「我が家に代々受け継がれてきた物なんです」
「そうなのですか。これほど立派な聖印は、なかなかお目にかかれるものではありません。これからも大切になさって下さいね」
「は、はい!」
聖印を褒められて笑顔で頷くリィザ。
「私が触ったのでさらに値打ちが出ますよ」
「……は、はい」
値打ちと言われて微妙な顔で頷くリィザ。
「では、これはお二人にお返ししますね」
僕が懐中電灯を受け取ってスイッチを切ってズボンのポケットにしまい、リィザが聖印付きネックレスを受け取り首にかけ、
「……」
悲しそうに目を伏せ、今までかけていたクロアの聖印を外し、コートのポケットにしまった。
見ていて切ない。
「とりあえずですね、私状況がまったくわからないので、どなたか説明していただけます?」
「では、バハムートが」
聖女様への説明役としてリィザに推薦された。
「自分っスか?」
「私は、何で聖女様が目を覚ましたのかわかんないし」
それもそうだ。
「ではバハムートさん、お願いします。ディノが私に剣を突き立てることができた理由をご存知ならそれも。そもそも、お二人とディノは、どういったご関係で?」
ディノか……。
「……あの、その前にお聞きしてもいいですか?」
「趣味は食べ歩きです」
「そうではなくですね、今、ディノって仰いましたけど、クロアって本当に」
「クロアって誰です?」
「そこにいる藍色のやつです」
「あなた、クロアって名乗ってたんですか(笑)」
「うるさい」
「で、そのクロアが、本当に、本物のディノ・クライハーツ様なんですか?」
「……残念ながら、モノホンです」
モノホンか……。
「じゃあ、悪魔が封印された宝玉をパクったって話も……」
「マジバナです……」
マジバナか……。
聖女様が言うならもう疑う余地がない。
クロアは本当に、星の大賢人ディノ・クライハーツ様なんだ。
今の話を聞いていたリィザは、複雑そうな顔でクロアを見ている。
その胸中を推し測ることはできない。
「やれやれ、まだ信じていなかったのか」
クロアはうんざりした顔で、やれやれ言いながらヤレヤレポーズを決めている。
自分は大賢人だったなんて話、簡単に信じられるかっての。
「すでにディノから話を聞いていたのですね」
「……はい」
半信半疑な部分もあったけれど、聖女様に言われて真実だったんだと理解できた。
「では、状況の説明をお願いしてもよろしいですか?」
「あ、はい。えっとですね、僕たちはもともと仲間で……」
僕は、まず初めに、クロアの持つ魔人の力を封印してから三百年が経っていること、それからクロアが突然姿を消したこと、トレアドールへ来てクロアを発見したこと、クロアが封印を解いた方法、魔人となってディノ・クライハーツ様だと名乗ったこと、その後戦ったことなどを大まかに話し、最後に明星のランプが聖女様を目覚めさせると考えた理由も説明した。
「……て感じで聖女様を目覚めさせることに成功し、今に至る。おしまい」
「おお! 見事だぞっ、バハムート!」
話を聞き、背中をバシバシしばいてくるリィザ。
背中痛い。
「壊しておけば……」
悔しそうに、聖女様が持っている明星のランプを見つめるクロア。
「……」
ボーっと立ってるようにしか見えない聖女様。
レアと同じで顔が隠れてると何考えてるかわからない。
「……もしかして、今の私って……」
聖女様がボソっと呟いた後、僕たちに背を向けて、明星のランプを顔の前に持ち上げ、
ピラリ
とベールをめくった。
「ギャーーーーーーーーーーッ! ミイラーーーーーーーーーーッ!」
ガラスに映った自分の顔を見て驚き、ランプを落とす聖女様。何がしたいんだろ?
「聖女様、何やってるんですか? 一人お化け屋敷?」
「殺しますよ。なんだか体調がおかしいので確認してたんです」
「ミイラの完成度を?」
「殺しますよ。明星のランプでディノの封印が半端に解けたように、私の目覚めも半端なのでは? と思ったら、その通りだったんですよ」
「半端なんですか?」
「殺しますよ」
「なぜ?」
「はぁ〜……バハムートさんが仰られたように、二百数十年前、私はディノから放たれる聖なる光を浴びて目覚めるよう、自身に魔法をかけて眠りにつきました。ディノの光は、屋内だろうが、水の中だろうが、地下だろうが、世界中を照らす予定だったのです」
……ふむ。
ディノの光は屋内も水中も地下も照らすってことは、服の中も照らすのだろう。
もしかすると、最初にランプの光を当てた時目覚めなかったのは、光が予定と違うもので、服が邪魔をして光が届かなかったからかもしれない。
そのあと、クロアの剣風でベールがめくれて顔に光が当たり、それを受けて聖女様は復活したってことかな。
「その光を浴びて目覚めれば、私は若かりし頃の美の化身と謳われた容姿で目を覚ますはずでしたのに、それがこんな体で……ヨヨヨ」
服の袖で、ベールの上から目を押さえ泣き崩れる聖女様。
フラついた理由は、自分がミイラだと気づかず普通に行動してたから。
驚いたのは、自分がやっとこさミイラだと気づいたからってところだろう。
「まぁまぁ聖女様、そんなに気を落とさないで下さい」
背中にポムポムと優しく手を当てた。……感触が完全にミイラだな。
「でもあなたもご存じでしょ? お肉がついてる私は、超美人で超モテたし、街を歩けば老若男女問わず仕事の手を止めて私に見惚れてましたし、毎日恋文が山のように届けられ、世界中の王侯貴族からも求婚されてたんですよ。あ、こんなこともありました。私をめぐってイケメンのみが出場できる聖女様争奪杯なるトーナメントが開かれましてですね」
過去の自慢話をするおばちゃんみたくなってきた。
「聖女様聖女様、とにかく見た目なんて気にすることないですって。人間中身っスよ」
「もちろんみなさん性格も最高のイケメンで」
「イケメントーナメントの話でなく、聖女様は中身がお綺麗だから何も問題ないですよ」
「あらまぁ、お上手ですこと。オホホホホ」
「ですから泣かないで下さい」
「ありがとうございます。あなたも中身はなかなかのイケメンですね」
「へへ、お褒め頂きあり……中身はって」
「ぁどっこいしょう」
畑仕事終わりのおばあちゃんみたいな声を出して聖女様が立ち上がった。
当初、僕の中にあった聖女様のイメージが、音を立てて崩れていってる。




